第29話 毬萌と階段

 ここまで、長い道のりだった。



 ついに週末、金曜日に迫った、今年度の部活動予算編成会議。

 本日は火曜日。

 思えば、ソフトボールを背中に喰らったり、てめぇでスケジュール厳しくする意味不明な縛りプレイをしたり、色々と苦難もあった。


 だが、乗り越えてきた。

 目の前には図書室。

 そうとも、最後の部活動視察の現場である。

 既に試算は済んでいる上に、運動部と違い、視察がスムーズに行く文化部であれば、もはや勝ったも同然。

 ふはははっ、なんだなんだ、最期は呆気ないものだな。

 部活動予算編成会議。

 ふっ。

 長ったらしい名前で威嚇して来た割に、達者なのは見た目だけではないか。


 なに? 死亡フラグ?

 はっ、言ってろ。

 事ここに至って、一体何が出来るというのだね?

 せいぜい順調な俺を見て吠え面でもかいていろ、ヘイ、ゴッド。



「お邪魔しまーすっ! 生徒会ですっ!」

 開口一番、図書室へご入来の毬萌。

「ばっ、お前、図書室だぞ、ここ! 静かにしろよ!!」

 マナー違反を指摘するのは俺の役目。

「えーっ? コウちゃんの方が声大きいよぉー」

「……ぐっ。確かに」


 なんて事をやっていると、文芸部の部長さんがやって来た。

「あらあら、すみません、わざわざ来ていただいてしまいまして。でも、お二人の睦まじい姿を見て、部員の士気も上がっているので、どうかそのまま、ありのままでお過ごしください」

「はあ……? なんかよく分かりませんが、お邪魔でないなら良かったです」

「はい。まあまあ、立ち話もなんですし、こちらへどうぞ」

「はーいっ! コウちゃん、行こっ」

 部長さんに促され、俺たちは図書室の一番奥の机へ移動する。

「ああ、申し遅れました。私、文芸部部長の辰巳たつみと申します」

「俺は副会長の」

「コウちゃん副会長様と、神野会長様ですね。存じ上げております」


 そんな存じ上げられ方ある!?


「あの、辰巳先輩。俺の事は桐島と呼んで頂けるとありがたいんですが」

 ちなみに、部長の辰巳さんは、三年生の女子である。

 新年度と共に部長も代替わりする花祭学園において、三年生が部長をしている部活動は結構珍しい。

「そうですか? それでは、桐島さん、神野さん。こちら、よろしければ」

「あっ、辰巳先輩、ここ図書室ですよ? ちょっと飲食物は……」

 おもてなし頂けるのはありがたいのだが、規則は順守せねば。

 すると辰巳先輩。

 微笑みながら、スッと流れるような手つきで机の上へ。

 よもやのおもてなし続行である。


「いや、マジで困りますよ、食い物も飲み物も、ここでは……!?」

 取り出したるは、手のひらに収まるパウチ型の物体。

 その名も、inゼリー!

 いつの間にか、気付いた時にはウィダーの冠が取れている、あのお馴染みのゼリー食品である!!

「昨年の生徒会長さんには許可を頂いていたのですけれど、ダメでしょうか?」

 むちゃくちゃ判断に困るものが登場した。

 確かに、これならよっぽど食い方が下手くそなうっかり屋さんでもなければ、本を汚すこともないと思われる。

「図書室からは学食や自動販売機も遠いですから、部員たちも助かっているのですが」

「まあ、そういう事なら。良いよな、毬萌?」

「んむんむっ」

「普通に飲んでんじゃねぇよ!」

「んんっ!? ……けほっけほ、コウちゃん、いまなり驚かさないでよー」

「辰巳先輩。ゼリー摂取時には極力会話を避ける、と部員にお伝えください。ほれ、毬萌、ハンカチ。口の周りにゼリー付いてんぞ」

 このうっかり屋さんが。

「あらあら、まあ。ふふふ、かしこまりました」

 辰巳先輩の生暖かい視線を感じながら、俺は確認作業に移ることにした。



「……なるほど。結構本格的な活動を今年もされる予定なんですね」

「はい。私は夏前に引退の予定ですけれど。あいにく、文芸部には二年生が所属しておりません。私の代で廃部かなと思っていたところ、一年生が五人も入部してくれまして」

「ってことは、その誰かに部長を引き継ぐんですね?」

「そうなりますね。その辺はしっかりと務めさせて頂きますので、ご安心を」


 部活動としての形態に問題はなし、と。


「今年も活動内容に変更はないですか?」

「ええ。年に三回の季刊誌を発行します。それとは別に、同人誌を作ろうという計画もあるんですよ? みんなが引退させてくれないんです。うふふ」

「精力的な姿勢っすね。結構なことだと思います」

 前年度より部員が一人増えて、活動も積極的な様子。

 鬼瓦くんの試算通り、文芸部の予算は微増で問題なさそうだな。

「お話分かりました」

 書類に必要事項を記入して、あとは生徒の長たる毬萌に確認させたらば、ミッションコンプリート。

 何と言う淀みのなさか。


「毬萌、確認を。……?」

 なんで生徒会長すぐいなくなってしまうん?


「だよねーっ。終わっちゃって残念だけど、わたしは奇麗な形で連載終了させたのってすっごく英断だったと思うんだーっ。ほら、ラブコメって、引き際が難しいからねー」

「あっ、超分かります! 会長って、すっごく話しやすい人なんですね!」

「そだよー? にははっ、気軽に声かけて欲しいなっ! ねねっ、あなたは誰推し?」

「あたしですかー? そうですねぇ、三玖ちゃんです! 会長の推しも教えて欲しいです!」

「んー、迷うなぁ。……二乃かなぁー」

 お前は四葉推さなきゃダメだろ!? キャラ的に!

 と言うか、文芸部女子と五等分の花嫁の話で盛り上がってんじゃないよ!

 なんで俺に仕事させといて、何なのお前、楽しそう!

 俺も混ぜろよ!

 なに? 俺の推し? もちろん、四葉だけど?

 いや、お前は話に入ってくんな、ヘイ、ゴッド。


「お邪魔しました。季刊誌、楽しみにしてるんで。出来たら絶対見ますから」

「あらあら、ありがとうございます」

 毬萌を捕獲して、俺たちは退室する運びとなった。

「じゃあねー、みんなーっ! また来るからねーっ!!」

「「「「はーい!!」」」」

 なんで全員と仲良くなってんの、毬萌さんよぉ。



 図書室は、実習棟の三階にある。

 生徒会室は同じ棟の一階にあり、場所が対角線上に位置している事から、移動が結構面倒である。

 階段を降りるのだって一苦労だ。

「おーい、早く来いよ」

 見ると、毬萌は通りかかった生徒の落とし物を拾ってあげていた。


 その刹那、毬萌の体が当該生徒と接触し、宙に押し出される形になる。


 反射的に察知する。優秀な俺の危機管理センサー。



 ——まずい、落ちるっ!!



 そんな時でも慌てないのがこの俺、桐島公平。

 もはや説明は不要であろう。

 毬萌の体は奇麗に落ちてくる。

 これならば、途中で階段に体を打ちつける事もない。

 問題は、毬萌は小柄だが、俺の腕力で受け止められるのか。

 そこだけが不安ではあるものの、やるしかない。


 だが、ここで俺に油断が生まれた。

 胸ポケットに刺していたボールペンが、コロりと落ちる。

 そして、大人しく落ちていれば良いものを、ボールペンのヤツは階段を転がり、俺が後ろ向きで足を踏み出す、丁度その場所で静止した。

 そこに気付けない俺の、手落ちであった。


「んみゃああっ!?」

「うおっ!? ぐあぁぁっ」


 毬萌はどうにかキャッチできた。

 思いっきり胸を触ったが、そこはまあ、許せ。

「にははっ、ごめんねー、コウちゃん」

「ぬっ……。お前、怪我してねぇか?」

「うんっ、平気っ! またコウちゃんに助けてもらっちゃったねー」



「……コウちゃん?」



 まさか、死亡フラグだけはしっかり回収するとは。

 この世にゃ神も仏もないなと思い、じっとりと汗をかいた手のひらを握る。

 さりとて、とりあえず、どうしたものか。

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