第31話 花梨とお弁当 ところにより鬼瓦くん その2

 前回までの花梨さん。

 昼飯を食おうとウキウキで中庭に来たところ、鬼瓦くんと出くわす。

 そこで俺を含めて三人で食事する運びになるのだが、ここで良くないウッカリがこんにちは。

 俺が鬼瓦くんの手作り弁当をそこはかとなく褒めたところ、花梨の地雷を踏んだらしかった。

 逃走を謀ろうとするも、彼女の圧がかかった笑顔に阻止される。

 外部との通信が途絶された今、俺に逃げるすべはない。

 ——これは、昼休みに起きた出来事である。



「へぇー。鬼瓦くん、お菓子だけじゃなくて、料理も得意なんですかー? 先輩に褒められるなんて、すごいじゃないですかー?」

 『24』のパロディで俺が遊んでいる間も、花梨の禍々しいオーラは増大を続けていた。

「ひえぇぇぇっ!? せ、先輩、だずげでぐだざい!!」

「よせ、鬼瓦くん。怯えは判断を鈍らせるだけだ」

 俺は頼れる先輩の威厳を見せる。


「なあ、花梨。そろそろ俺たちも飯を食お」

「せーんぱい? あたし、今日のお弁当、自分で作って来たんです」

「そうか、そいつぁ偉いな! じゃあ、そろそろ飯を食お」

「見て下さいよ? 結構、頑張ったと思うんですけどー。まあ、鬼瓦くんのキャラ弁に比べたら? はいー、ちょっと見劣りするかもですけどー?」

 威厳ってなに? それ、美味しいの?


 と、ここで鬼瓦くんが俺の制服をちょいちょいと引っ張る。

「もしかして、冴木さんは先輩に手作りのお弁当を褒めて欲しかったのではないでしょうか?」

 いつも声が大きい鬼瓦くん、渾身の囁きであった。

 同時に、実に有益な情報ももたらされた。


 俺が花梨の弁当の登場を待たずに鬼瓦くんのピカチュウに夢中になったのが元凶であったか。

 なるほど、合点がいく。

 なれば、取るべき行動だって見えてくる。

「い、いやぁー、よく見ると、アレだな、花梨の弁当も美味そうだなー」

「……えっ? 本当ですか!?」

「おう、本当だとも! ほら、そのご飯! ピンクのキャラが可愛いじゃねぇか!」

「あっ、分かります? 実は、ちょっと頑張ったところなんです! 桜でんぶで模様を作るのが大変で! なんだぁー、公平先輩、ちゃんと気付いてくれたんですね!」


 どうにか花梨の感情も回復傾向。

 プラスに転じたようである。

「おう! 可愛いタラコだな! あえてタラが原材料のでんぶを使ってタラコを表現する辺に、高いインテリジェンスを感じ」

「ハートです」

「ん?」

「ハートです」

「そう、ハートがな! いやぁー、もう見事としか言いようのないハート!」

 ………………。

 中庭に、突如として沈黙のとばりが降りてきた。


「せ、先輩ぃぃぃぃぃっ!! 何を言っておられるのですか!? どう見てもハートじゃないですか!? 普通に考えて、ご飯にタラコのキャラ描くと思いますか!?」

 鬼瓦くんの指摘は実に論理的であり、俺は頷く。

「確かに、そうかもしれん」

「いや、そうに決まってるじゃないですか! 足のついでに頭も打ったんですか!?」

「はっはっは。いやぁ、こいつぁ手厳しい」

「笑っていないで、早くフォローしてください!!」

 まったく、鬼瓦くんの的確な推測にはいつも助けられる。

 彼が一人いれば、万事解決するのではないかとすら思われる。


「あー、花梨。花梨さん。その、卵焼き、美味そうだなぁー? 色と言いつやと言い、見た目も完璧! さぞかし味も格別なんだろうなぁ?」

「……公平先輩、食べたいんですか?」

「食べたい! すげぇ食べたい!!」

「しかたのない人ですねー。じゃあ、食べさせてあげます!」

 半端ない下げに転じた花梨の感情指数をどうにか食い止める事に成功。

 俺は、花梨の差し出した弁当箱から卵焼きをひょいと掴み、口に入れる。

「どうですか? あの、先輩は卵焼き、甘いのと辛いのどちらが好みですか?」

「うん、美味しい! ちなみに俺ぁ、辛い方が好きなんだよなぁ。飯のおかずになるからさ」

「わぁー、あたしもなんです! えへへ、お揃いですね!」

「そうだな! いやいや、実によく出来た卵焼きだったよ」

 満足気に笑う花梨に一安心。


 ところで、世の中に啓発していきたいのだが、人が一安心した瞬間こそ、次の隙が生まれる最悪のタイミングでもあるのだ。

 ゆめゆめ油断なさらぬよう。

 これは俺の実体験に基づく情報であると付言しておく。


「……あれー? 鬼瓦くんのお弁当にも、ありますね? 卵焼きが」

 俺が姿勢を変えたせいで、再び見事な出来栄えの鬼瓦ズ・ランチボックスがお目見えして、花梨さんの瞳が光を失う。

「さ、さささ、冴木さん!? 僕の卵焼きは、甘いタイプのヤツだから、きっと先輩のお口には合わないと思うよ!?」

「先輩、あんな事言ってますよ? でも、一応食べ比べてもらわないと、あたしは納得できないって言うか。……せーんぱい?」

「鬼瓦くん、そいつを俺にくれ」

「……はい」

 鬼瓦くんの「先輩、分かってますよね? 絶対だめですよ? 絶対ですよ?」と念じる心の声が俺にバッチリ届いた。

 安心すると良い鬼瓦くん、俺は正直な男。

 君の要望にも応えて見せるさ。


「いただきま……うっま! なにこれ、すげぇ! 初めての食感なんだけど!! んんー? 分かった、ナッツだ! これ、ナッツ砕いて混ぜてあんだろ!? いやー、すげぇ発想! さっすが洋菓子屋の息子なだけあるわ! ——はっ」


 後ろを見たくない。怖いから。

 絶望したかい鬼瓦くん、俺は正直な男。

 でもね、君も悪いと思うんだ。

 こんな斬新な卵焼きをこの局面で出してくるんだもの。

 そりゃあ、君も悪いよ。うん。

「ぼ、僕、飲み物を買ってきます!!」

 なるほど。

 あとはてめぇでどうにかしろって事だな。

 うん、なるほど。



「花梨さん……?」

「なんですか?」

「怒ってらっしゃる?」

「別に、怒ってないです」

「正直な所は?」

「……ちょっと怒ってます」

「もしかして、今日、俺に弁当食わせてくれようとか思ってた?」

「やっと気付いたんですか? ……先輩の鈍感」

「すまん! 謝る! このとおり!」

「なんだか嘘くさいです」

「マジですまん! 花梨の言う事、何でも一つだけ聞くから!」

「……本当ですか?」

「本当だとも! 俺ってヤツは、どうにも女心が分からなくて」

「……知ってます」

「なあ、その弁当と、俺のパン、交換してくれねぇか?」

「無理しなくてもいいですよ」

「いや、マジで花梨が作った弁当の味が気になるんだって! なっ?」

「……もう。じゃあ、交換してあげます!」


 可愛らしい弁当箱を受け取ると、ガツガツと豪快に頂く俺。

「……美味しいですか?」

「おう、すっげぇ美味い!!」

「先輩、ズルいです。そんな笑顔見せられたら、拗ねてたあたしが子供みたいじゃないですか。……もぉー! あたしも焼きそばパン、食べちゃいます!!」

 紆余曲折あったが、花梨の弁当はしっかり美味かった。

 嘘偽りのない真実である。



 しばらくすると、鬼瓦くんが足音を立てずに帰ってきた。

 俺が親指を立てて見せると、彼も心底安心した表情で、再び狭い空間にカムバック。

「そう言えば、デザートにマカロンがあるのですが、お二人ともいかがですか?」

 花梨と目が合って、「ぷっ」と吹き出し、俺たちはご相伴に預かる。

「冴木さんのお弁当、美味しかったんですね?」


「おう、鬼瓦くんのも美味かったけど、花梨の弁当は絶品だっ……うっま! なにこのマカロン!? 外はサックサクなのに、中身はしっとりしてて、しかも甘さと酸味が、口の中で! これは、美味しさのオーケストラやで! ——はっ」


 振り向きたくない。怖いから。

「せーんぱーい?」



 人はどうして過ちを繰り返すのだろうか。

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