第27話 花梨とデート その3
トラブルもデートの醍醐味。
そう言わんばかりの花梨であった。
「さっきの公平先輩、ホントにカッコ良かったんですよ!? もう、すっごくキラキラしてました! 輝いてました!!」
「もう何回も聞いたよ」
「あんな風に助けてもらえるなんて、少女漫画のヒロインだけだと思ってました! 本当にステキな体験で……。もう一回くらいなら、ナンパされてもいいかもです!」
「こらこら、滅多な事言うんじゃない。花梨は可愛いんだから」
アイスコーヒー片手に興奮冷めやらぬ花梨さん。
まあ、さっきのナンパ事案が変にこじれてトラウマなんぞにならなかったのは良いのだが、もの凄く俺の評価が上がってしまっている。
そりゃあ俺だって男ですから?
可愛い後輩にべた褒めされて悪い気分な訳ないじゃない?
だが、過大評価されていると、現実と対峙した時の落胆が大きくなる。
これが彼女の恋ならば、いつかそれが冷める時。
その瞬間、嫌な気持ちで終えて欲しくはない。
「あっ、先輩、アイス溶けちゃいますよー」
「おっと、俺としたことが!」
ん? 俺は何飲んでるのかって?
クリームソーダだけど?
なに? なんか文句あんの?
男がクリームソーダ飲んじゃいかんのかと聞いているのだ、ヘイ、ゴッド。
「……本当に、嘘みたいです。初めてのデートのお相手が、公平先輩で」
「えっ!? 花梨、初デートだったの!?」
「そうですよ? なんですか、その驚きは。あー、また子ども扱いしてます?」
「違う、違う! 花梨みてぇに可愛い女子なら、デートの一つや二つくらいしてるもんなのかと勝手に思ってたから、つい驚いちまったんだって」
すると花梨はアイスコーヒーをゴクリとやって、強めにテーブルを叩いた。
しまった、怒らせたのかしら。
「せ、先輩!」
「はい、ごめんなさい!」
「なんで謝るんですか?」
「いや、花梨の顔が赤いから、怒ってんのかなって。可愛い顔してんだから、変化にゃすぐ気付くよ」
「……っ!! だから、先輩! そうやって、自然に可愛いを連呼しないでください! せ、先輩に言われる可愛いって、あたしにとっては特別なんですよ!?」
「お、おう。……やっぱりなんか、ごめんなさい」
花梨は「もうっ」とアイスコーヒーをグビグビやるも、中身がないらしくストローの空砲が響いた。
「なくなっちまったか。ほれ、俺ので良ければ」
「もぉー! だから、そういうところです!! なんでそんな自然に自分が飲んでるものを女の子に勧めるんですか!? それ、か、か、間接キスに……!!」
そうか、確かにこれは配慮が足りなかった。
「すまん、すまん。……おう?」
クリームソーダを引っ込めようとした俺の腕を、花梨がキャッチ。
それも、割とガッツリとしたホールドである。動けぬ。
「その、喉は乾いているので、い、いただきます」
「あれ? でも、間接キスになるの嫌なんじゃ?」
「べ、別に嫌とか言ってないじゃないですかぁ! もうっ、先輩は少し静かにしていてください!!」
また怒られてしまった。
でも、怒っている割にはなんだか楽しそうにも見える。
ああ、神様。俺に女心のいろはを教えて下さい。
ほんの触りで良いのです。
さっぱり分かりません。助けて下さい。
……何を見ている。お前は呼んじゃあいない、ヘイ、ゴッド。
「あああああっ!! ママー!」
うわっ、ビックリした。
鬼瓦くんの咆哮を最近聞いていないものだから、子供のギャン泣きに心底震えた。
見ると、風船が木の枝に引っ掛かっている。
なるほど、うっかり手放しちまったか。
「ははあ、こいつぁ、俺の出番だな」
「先輩?」
「今度は俺の正真正銘、カッコいいとこを見せてやるぜ?」
俺は、意気揚々と親子連れの前に躍り出て一言。
「まあ、ここは俺に任せな」と歯を見せると、すかさず大ジャンプ!
「ほおぉぉぉぉぉぉうあっ」
渾身の大ジャンプ、風船には全然届かず。
おまけに背中を激しくつった。
気合の一声も聞き直せば酷すぎる。
「ああああああああんっ!! ママ―! ママぁー!!」
そりゃ、そうなるよ。
急に現れた馬の骨が、要らぬ期待抱かせて、奇声と共に崩れ落ちたんだから。
かくなる上は……。
「花梨、頼む!」
「えっ? えええええっ?」
俺は両手両足を路面に接地。
四つん這いである。
別に、尻を叩いてくれとか、そういう歪んだ欲求を突然あらわにした訳ではない。
ただ、「俺の上にお乗りなさいよ」と、そう言っただけである。
「だ、大丈夫ですか? 重くないですか?」
ぶっちゃけるとクソ重い。
背中の故障もあって、正直死にそう。
「へ、へーき、へーき。手は届きそうか?」
「はい、大丈夫でっす、やあっ! あっ、取れましたよー!」
こうして風船はちびっ子の手に戻った。
「ありがとう、お姉ちゃん!」
「いいんですよー。今度は気を付けて持って下さいねー」
そして、お母さんと手を繋いで、ニコニコ笑顔でちびっ子は去って行った。
……ねえ、ちびっ子。俺にお礼は?
「なんか、ごめんな、マジで」
すっかり茜色に空は染まり、俺たちは山の向こうに沈む太陽を眺めている。
「平気です! 最後にちゃんと観覧車に乗れましたから!」
さて、何にごめんなのかと言えば、俺が痛めた背中の具合が思ったよりもアレだったので、ちょっとばかり、具体的には3時間くらいベンチで休憩を取る必要が生まれた事に対してである。
そんな醜態晒しているのに、どうしてこの子はこんなに楽しそうなのか。
俺なら絶対ベンチに放置して帰るよ。
俺を放置して、俺は帰る。
とりあえず、何か良い感じのセリフを吐こう。
汚名を返上しよう。
「あー、そうだ。俺も初デートの相手が、花梨で良かったよ」
「……え?」
あれ、言葉選びをミスったかい?
汚名を挽回しちゃったかい?
「いい年して女子と出かけた事ないとか、キモくなーい?」的な、アレかい?
花梨は少し真剣な顔をして、俺と向き合う。
「先輩も、デート、初めてだったんですか!?」
「んあ? そうだけど?」
何を今さらと思うも、「そういえば、言ってなかったかしら」と俺。
「毬萌先輩と、お出掛けしたことないんですか!?」
「毬萌と? あー。小学生の頃、家族ぐるみでキャンプとか行ったっけか」
「そういうのはノーカウントで!」
圧がすごいぞ、花梨さん。
「そんなら、うん、ねぇよ? だって、毎日顔合わせてんのに、わざわざ出掛けたりしねぇだろ、普通」
「そうなんですか! へぇー、そうだったんですか!! じゃあ、あたしと先輩、お互いに今日が初めてのデートだったんですね!!」
「あー、そうなるな。うん」
「もぉー、早く言ってくださいよー。そうだったんですかぁー」
「おお、ちょうど夕日が奇麗だぞ、花梨」
「あ、はい。……えへへっ」
心ここにあらずの花梨。
観覧車の嘆きが聞こえた気がしたので、俺はしっかりと景色を堪能しておいた。
「じゃあ、先輩、あたしはこっちなので!」
「おう。本当に送ってかなくていいのか?」
「はい!」
「そうか、んじゃ、また学校でな!」
最寄り駅まで電車で揺られて、俺と花梨は「またね」と別れた。
一歩踏み出し、二歩目でなんとなく気配を感じ、ふと振り返る。
花梨がまだ、そこにいた。
「せんぱーい! あたし、お試し彼女、頑張りますから! ちゃんと見てて下さいねー?」
彼女から、親愛の情を感じる。
俺も今日を過ごして、そのくらいは分かる程度に成長をしたのかと思うにつけ、短く返事をする。
「おう! 了解だ!」
頬を撫でる五月の風は柔らかく、こんな休日も悪くはないなと思った。
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