第26話 花梨とデート その2
お待たせした。
俺の登場である。
「いやー、悪ぃ、悪ぃ。待たせちまったな!」
俺は花梨とナンパ野郎の間に無理やり体ごと突っ込んだ。
「あっ、先輩!!」
そんな俺に気付いた彼女のホッとした表情。
毅然とした態度だったのに、やっぱり怖かったよな。
「ああー? なに? あんた、誰なワケ?」
突然の乱入者に一時は怯んだナンパ野郎だったが、それもつかの間。
今や元気ハツラツ。むしろテンションアップ。
理由など考えるまでもない。
かどわかそうとしていた美少女の連れが、軟弱者だったからに他ならない。
むしろ、「こいつを彼女の前でボコったらオレに惚れるんじゃね?」とすら考えていそうである。
もちろん、花梨がそんな愚か者に惹かれるはずもなく、そもそも最低限の礼節もないナンパをするような輩、世の中の女子の大半がお断りだろう。
「俺は彼女の連れだ」
ただ、少し困ったことがある。
「はーっはは! このひょろくせぇのが連れとか! くそウケる!」
ナンパ野郎の指摘は的を射ている
毎晩風呂に入る前、筋トレをかかさずしている俺。
それなのに、筋肉はお寝坊さんなのか、一向に目を覚まさない。
握力は20キロぴったりだし、腕力だって知れたもの。
この間なんか、鬼瓦くんと腕相撲をして負けた。
当たり前のように聞こえるが、彼は左腕。
対する俺は両腕で挙句全体重かけて挑んだのに瞬殺された。
そんな俺が仰々しく女子のピンチに現れ、「あいや待たれい!」と大見得切ったところで、待ってくれるのはジェントルマンかタクシーくらいのものである。
「なーなー、いいだろ? こんなモヤシ相手にしてねぇで、俺と遊ぼうぜぇ?」
そら見たことか、こいつはそのどちらでもない。
と言うか、俺を挟んでなおもナンパを続行するな。
せめて俺を倒してからにしろ。
失礼が過ぎるぞ、この野郎。
「あなたなんて、先輩に比べたら月とスッポン、いいえ、スッポンに申し訳ないくらいです! あたしはこの人の彼女なので! さっさとあっち行ってください!!」
そして俺なんかよりよっぽど威勢の良い啖呵を切る花梨さん。
勇ましい。
俺もこんな風に大きな声出せばよかった。
が、美少女に思わぬ罵声を浴びせられたのが頭に来たのか、ナンパ野郎が動く。
こともあろうに、花梨に向かって手を伸ばす。
そうはさせるか、この野郎。
どんなに腹が立ったって、女子に手をあげるヤツがあるか。
「どぅふっ。おー、痛ぇ。花梨に汚ぇ手で触んな。お前にゃ俺くらいが丁度良い」
咄嗟に格好よくナンパ野郎の腕を掴もうとしたものの空振りに終わった俺は、再び体を二人の間に差し込んだ。
結果、俺の鍛え抜かれた紙粘土のような腹筋にヤツの腕がヒット。
ちょっと当たっただけなのに、俺の口からは妙ちくりんな声がこんにちは。
まあ、花梨に危害が及ばず何よりである。
「てめぇ、スカしてんと、殺すぞ?」
やだ、怖い。
俺の胸ぐらを掴んで、本当に人を殺しそうな目で俺を見るナンパ野郎。
だが、いつまでも良いようにされていては、俺もいい加減格好がつかないし、何よりお気に入りのTシャツの襟がだるんだるんに伸びる。
「刑法208条、暴行罪」
「ああーん?」
「刑法222条、脅迫罪」
「何言ってんだぁ、お前? 頭いかれちゃったか? ひひひ」
「あとは、そうだな。刑法223条、強要罪もオマケしとこう」
俺は、昔の記憶をたどって、今のヤツに効果的であろう罪状を読み上げる。
さらに俺のターンは続く。
いや、ここからはずっと俺のターンだ。
「さっき、お前がうちの可愛い花梨に対して行った脅し文句つきのナンパ行為。そいつぁ、しっかりと俺がスマホに撮影済みだ。ついでに、ここに来た時からボイスレコーダーも起動させてある」
「はっ! ハッタリかましてんじゃねぇぞ?」
「別にお前がどう受け取ろうとも勝手だが、力のない俺は男らしさとかには興味がねぇ。証拠は完璧に揃っていて、なおかつ、ほれ、そこ見ろ。監視カメラがあるよな。ずーっと俺がこの位置から動いてねぇ理由、分からなかったか?」
「て、てめっ」
ナンパ野郎の腕の力が緩み、怒気はさらに緩んだ。
「花梨、ひとつ頼まれてくれるか? こいつにこれから最後通告すっから、それに従わねぇ場合は、即行で110番してくれ」
「は、はい! 分かりました!!」
花梨は黄色いスマホを取り出し、胸の前で祈る様にギュッと握りしめる。
「つーわけで、これがラストチャンスだ。俺の襟からとっとと手を離して、どっかに消えるならこの蛮行は不問にしてやる。まだ続けるなら、一緒に警察だな。気にすんな。俺ぁ気は長い方だから、どこまでも付き合ってやるよ」
「……ちっ。あーあ、しらけちまったよ。んなガキくせえ女、興味ねぇんだよ!!」
逃走を図ろうとするナンパ野郎。
そんなヤツのシャツを思いきり引っ張ってやる。
花梨を
「言い忘れたが、毎日歯は磨いてるか? お前の口は、臭くてかなわん」
後ろに倒れ込んだナンパ野郎に、俺が言われたらさぞかし傷つくであろう言葉をプレゼント。
「このボケが! 死ね、くそカップル!!」
ナンパ野郎が唾吐きながら去って行く。
やれやれ、どうにかなったか。
「すみません、あたしのせいで……。だ、大丈夫ですか!?」
「いやいや、俺こそごめんな。もっと早く来てやれねぇで。あーあー。あんにゃろう、思いっきり襟首掴みやがって」
「…………」
「ま、さすがの俺でもこの程度なんでもねぇから、気にすんな。それにしても、ひでぇこと言いやがる」
「先輩!!」
「おふぇっ」
花梨さんが俺の胸に飛び込んでいらっしゃった。
準備が出来ていないと、彼女の体すらも支えられず素っ頓狂な声を出す俺。
今度、鬼瓦くんに筋トレのメニューを相談しようと思った。
「実は、ですね、結構、あたし怖かったです。ちょっとだけ、こうしてても良いですか?」
「お、おう。俺で良ければ、喜んで」
正直、ナンパ野郎と対峙していた方がよっぽど心は穏やかだった。
俺の心音が彼女に伝わりはしないかと思うにつれ、さらに心臓は早鐘を打つ。
それから数分。
そろそろ手汗がヤバい事になって来たなと思っていたところ、花梨が「ふう」と息を吐いた。
「ありがとうございました。落ち着きました。先輩、やっぱりカッコいいです!」
「え? さっきのが!? 本当に君は変わった価値観を持ってるなあ」
「そんな事ないです! ……でも、あんな難しい事、よくご存じでしたね? さすがです!」
何のことやらと思ったが、そうか。
咄嗟に口走ったなんちゃって刑法についてか、と気付く。
「あー。あれな。昔、毬萌が教えてくれたんだよ。コウちゃんは喧嘩弱いんだから、相手を理詰めにして負かさないとダメだよーっ、とか言われてな。覚えるまで延々と連呼してくるもんだから、参ったぜ」
「そうなんですか……。やっぱり、公平先輩にとって毬萌先輩は特別なんですね」
「ん? ああ、まあな。幼馴染の腐れ縁ってヤツだ」
「むぅ……。そういう意味じゃないんですけど?」
膨れっ面の花梨さん。
なに、どの会話の選択肢ミスったの、俺は。
「ま、まあ、何にしても、だ。仕切り直そうぜ? デートなんだろ?」
弁解しながら花梨の頭を撫でてみた。
「また子ども扱いしてません!? ……でも、まあいいです。許します!」
花梨の表情は学校と違って、コロコロと変わる。
恋人としての精査にデートは打ってつけ、か。
「せんぱーい! 早く行きましょうよー!!」
「おう、分かってるって!」
なるほど、確かに、花梨の言う通りかもしれない。
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