第25話 花梨とデート その1
ハロハロワールドは、俺たちの住む県の中心から少し離れた場所にある遊園地である。
開園からは既に20と数年経っているが、近隣唯一の遊園地であり、立地の良さも重なって、今でも休日はそれなりに賑わう。
「ちょっとぉー。30分遅刻とかありえないんですけどぉー」
それは確かにあり得ない。
俺なんて、約束の時間の1時間前なのに既にここに立っている。
「ああ? あんなワケ分からんキャラの耳なんていらねぇだろ!」
それは確かにいらない。
が、ワケ分からんキャラとは貴君、不勉強である。
あのネズミってぽいキャラクターは、ハロハロワールドのマスコットであるハロワ君だ。
裏声で喋るネズミと言うギリギリで生きているスタイルと、求職中の者からしたら聞きたくもない名前を前面に押し出す、今最も攻めたマスコットと言える。
「とりま写メるっしょ! はーい……って、バカ、チューしてくんなし!」
本当だよ。
公衆の面前で軽々しくチューしてくんなよ。
とりま写メってろ。
そして速やかに入場券を買って中に入れ。
それにしても、である。
カップルだらけ!!
思えばこの手の遊興施設へ休日に出かけようと思ったことすらなかった俺であるからして、その客層を知らぬのも無理からぬ話ではあるが、何これ。
カップルだらけ!!
もうね、正直言うと、すげぇ居心地悪い。
電車の座席で両サイドが同時にこっち向けて足を組み出した時に匹敵するとも劣らない。
約束の時間まであと50分。
……近くにコンビニあるかな?
「せんぱーい! 公平せんぱーい!!」
そんな俺を呼ぶ声が聞こえたので振り返ると、花梨が駆けてくるではないか。
「すみません、お待たせしちゃって!」
彼女はいつもと雰囲気が違った。
2つに縛った髪は普段とは違って活動的に見える。
服装もショートパンツに名前は知らんがヒラヒラっとした上着のコーディネートが、やはり見慣れた制服姿との違いを鮮明にする。
「あの、先輩? あたし、どこか変ですか?」
思わず凝視していた事に気付いて、急いで視線を逸らす。
急ぎ過ぎて350度くらい視線を逸らしたら、結局花梨が目の前にいた。
「いやー、いつもと違って、なんか良いなと思ってだな」
「ふふっ、先輩? こういう時は、普通に可愛いねって言ってくれたら、女の子はだいたい喜ぶものなんですよ?」
「あ、おう、なんつーか、すまん」
「いいですよー。先輩なりの、不器用な誉め言葉だと思って受け取っておきます! とっても嬉しいです!」
そして気が付く、驚愕の事実。
先ほどまで疎ましく思っていたカップルの群れに、俺も馴染んでいやしないか?
まさか、この俺が?
噂に聞く、パリピってヤツなんでしょう、これ?
「どうしたんですか?」
「おう、パリピがな。……違った。花梨、随分早かったな。まだ約束の時間までかなりあるのに」
「えへへ、楽しみでついつい早く家を出ちゃいまして……。って言うか、先輩はもっと早くないですか!? まさか、お待たせしちゃうなんて思いませんでしたよー」
「おう。情けない話なんだが、居ても立ってもいられなくなってな。気付いたら電車に乗ってた。起きてからそれまでの記憶がねぇんだ」
お互いに顔を見ると、ついはにかんでしまう。
そして、俺はデートとやらの第一歩を踏み出した。
「ようこそ、ハロハロワールドへ! ハハッ!」
のっけから、とんでもないヤツに出くわした。
「二人は恋人かな? 記念撮影はどうだい? ハハッ!」
当園マスコットのハロワ君に捕まった。
「記念撮影はどうだい? ハハッ!」
聞こえてるよ!
グイグイ来るなよ、鬱陶しいな。
なにより、お前のその裏声が既にアウトの判定なのに、「ハハッ」って笑うのはよせよ!
「記念撮影はどうだい!? ハハッ!」
なにこれ、強制イベントなの!?
ドラクエ5のレヌール城で断ってんのに雷のせいにして頑なにこっちの言い分聞かねぇNPCを想起させられるんだけど!?
あっち行ってくんない!?
「先輩! 撮ってもらいましょうよ! せっかくの機会ですし、これも恋人としての精査に役立つと思うんです! ねっ、ねっ?」
「お、おおう。まあ、花梨がそこまで言うなら」
はしゃいだ顔の花梨の顔を曇らせる訳にはいかん。
「じゃあ、撮るよ! はい、チーズケーキ! ハハッ!」
いや、お前が撮るんかい!
マスコット写真に入らねえの!?
「わー! 見て下さい、先輩の顔! 目が半開きですよ! あはははっ」
「……とんでもねぇ面してんな。撮り直すか。……あれ? おい、ネズミどこ行った!?」
「あ、いいですよ! これも大事な思い出ですから!」
「そうなの? 自分で言うのもなんだけど、俺、もうちょっとまともな顔してるよ?」
「ふふっ、これでいいんですよー。さあ、先輩、行きましょう!」
満足気な花梨。ならばもう、何も言うまい。
それから俺たちは、アトラクションに繰り出した。
「ぬおおおおおおっ! こ、これ、ペダルが重すぎるぞ!!」
「あははっ、先輩、頑張ってくださーい!」
空いているからと言う理由で、足漕ぎボートを最初にチョイスした愚行。
わざわざレールを敷いて、後戻りできぬよう退路を断つ設計に悪意を感じた。
「ああああああああああああああっ」
「ひゃああっ! 結構速いですねー!」
結構どころか俺の許容範囲を余裕でK点越えしてきたジェットコースター。
一人で叫び散らかして、しばらく呼吸がままならなかった。
「んあああああああああああああっ」
「わぁー! あっはは! すごいですねー!!」
ただ高いところから落ちるだけでは飽き足らず、捻じれながら地面との距離を高速で詰めるフリーフォール。
直前に水分を多量に摂取したことを
「せんぱーい! ふふっ、結構楽しいですよー」
「おう、見てるぞー」
絶叫マシンが大好物だと判明した花梨に「君が無邪気に乗っているところが見たいんだ」と、かつてないイケボで頼み込んだメリーゴーランド。
俺の体力回復に一役買った、素晴らしいアトラクションだった。
その後もあっちへこっちへと精力的に動き回った俺たちは、同時に空腹を覚えたらしく、実に自然な流れで昼食休憩と相成った。
「はー、楽しいです! 先輩と遊園地デート、夢みたいです!」
ホットドッグをモグモグしながら、花梨はご満悦の様子。
「それならいいけどよ。俺なんかが相手で良かったのか? 絶対、もっと気の利く男の方がエスコートだって上手だろうし」
そこまで言ったらば、花梨がジト目でこちらを見ている事に気付く。
「先輩? そんな風に自分を卑下するという事は、あたしが好きな人を貶すのと同じことなんですよ? あたしが好きな先輩の事を悪く言うのは、例え先輩でも見過ごせません!」
花梨の言う事には一本しっかりとした筋が通っており、なるほどと反省せざるを得なかった。
「それもそうだ。悪ぃ! 別に花梨の気を悪くさせようと思ったわけじゃないんだ」
「分かってくれればいいんです! 誰が何と言おうと、公平先輩はステキです!」
彼女のセリフに少しドキリとしたのは俺だけの秘密である。
「ちょっとお手洗いに行ってきますね」
「おう」
そう言って席を立った花梨。
10分経ち、15分経っても帰って来ない。
女子をトイレへ迎えに行くのも紳士としてどうかと思ったが、心配になり様子を見に行った。
「いい加減にしてください!」
そこで、花梨は見るからに軽薄そうな男と口論をしていた。
見るに、ナンパと思われる。
断っておくが、昭和の恋愛漫画の話ではない。
今は令和である。
とりあえず、俺の出番のようだ。
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