第24話 花梨と昔話
休みの日ってステキ。
もう、ステキを追い越して、いっそセクシーだよね。
さっき起きたばかりだけど、時計の針は昼をとっくに過ぎているのに、誰憚ることなく部屋着のままベッドに転がってスマホをいじる。
部屋の真ん中にあるテーブルの上では、一平ちゃん夜店の焼きそば大盛りとコーラがスタンバイ。
学校の前にこんなもの食ったら、胃もたれに苛まれるかもしれないし、満腹で眠くなるかも知れない。
でも、休みの日ならオールオーケイ。
カップ焼きそばってたまに食べると、なんでこんなに美味しいんだろうね。
焼きそばじゃねぇじゃん、そもそも焼いてねぇじゃん、とか言う無粋なツッコミすらも優しくソースで包み込むのがカップ焼きそばの器の大きさ。
そして俺が今、夢中になってズルズルやってる一平ちゃんも大盛りで器が大きい。
はっはっは、こいつは奇遇だね!
ご覧のように、テンションだってフルスロットル。
疲れたのなら休めば良いし、誰も文句なんて言えやしない。
当然、お前もな、ヘイ、ゴッド。
食後にコーラをがぶ飲みして、下品にゲーップとやっていたら、スマホが震えた。
どうせ大した用事じゃないだろうと、怠慢精神ベタ踏みでダラダラしていたら、スマホは静かになった。
何だよ、えらい諦めが良いじゃないと着信履歴をポチリ。
どうせ毬萌か誰かだろ。もしくは高橋か。
冴木花梨と表示されていたスマホの画面。
——ひぃやぁぁぁぁぁぁっ!!
「彼女のお試し期間です!」と彼女が可愛く笑っていたのはいつの事か。
昨日の事である。
であれば、翌日に電話かけてくる事くらい予想できるだろう。
それを、俺は無視したのか?
それどころか、コーラ飲んでゲップしてたね、このバカは!!
俺は取り急ぎ正座し、両の頬を「ええええんっ!」と叩いて、すぐに折り返しの電話を掛けた。
コール音わずか2回で繋がる。
「あっ、先輩! すみません、お忙しかったですか?」
「いや、全然! ホント全然!! マジでごめん!」
「あははっ、そんなに謝らないで下さいよー。用事で電話に出られないことくらい、誰にだってあるじゃないですかー」
コーラ片手にアホ面を晒していました。すみません。
これを用事と呼ぶヤツは、今すぐコーラで満たされた樽に頭から叩き込んで厳重に蓋をするべきだと思います。
「うん。それに関しては本当にごめん!!」
俺は全てを話した。
嘘をついてはいかん。
わずかに残った平常時の高潔な精神が、俺を急き立てた。
それにしても、である。
最近、毬萌のアホの子よりも俺のクソバカが目立っているような気さえする。
たるんでいる。
緩み切っている。
「へぇー、公平先輩でもお休みの日ってそんな風になっちゃうんですか! すっごく見てみたいです! いつもの頼れる先輩の姿しか知らないので」
「ヤメといた方が良い。下手をすると、命を落とすかもしれん」
そう、俺が。
「ふふっ、やっぱり先輩とのお喋りはとっても楽しいです。あ、でもですね、先輩の顔を見たいって言うのは本当の事でしてー。実のところ、今日はそういう用事で連絡させていただいたと言いますか」
「うん? と言うと?」
「はい。先輩、明日とかってお暇ですか?」
「おう、何の予定もないけども」
ナルトの一気読みが予定には含まれない事くらいは俺だって知っている。
「よろしければ、明日、一緒にお出掛けしませんか?」
「うん?」
「あっ、もしかして、先輩気付いてないんですか? あたし、デートに誘ってるんですよ?」
「デート!?」
それって、あの、噂に聞く、男女の親睦を深めるために行うとか言う、噂にしか聞かない、あの、男女の親睦を深めると言う!? あれの事!?
「あたしの彼女としての適性を見て頂くには、デートするのが早いと思うんです! 嫌、ですか?」
「そ、そんなことはない! 嫌なことあるか!!」
咄嗟の一言がここぞとばかりに飛び出した。
「じゃあ、決まりですね! えっと、お時間どうしましょうか? 先輩のご都合に合わせますよー」
そしてトントン拍子に話は進み、俺の人生初デートが決行される運びとなった。
「えへへ、楽しみにしてますね!」
「あー、待った、花梨!」
もうついでだから、聞いてしまおう。
歯の間にレタスの切れ端が挟まったがごとく、ずっと気になっていた事を。
「なあ、なんで君は、俺の事をそんなに好いてくれるんだ?」
「ええー? それ聞いちゃうんですか?」
と言いながらも、彼女は教えてくれた。
話は今年の冬。
俺がまだ1年、花梨が受験生だった頃。
花祭学園の入学試験日の事らしい。
「先輩は、あの日の事、覚えていますか?」
「ん? うーん。……ああ、雨が降ってたな、結構ひどく」
「そうなんです。それで、乗っていたバスが遅れちゃって、大慌てで会場に入ったんですよー、あたし」
「そりゃ災難だったなぁ」
なのに新入生総代なんだから、やっぱり花梨は優秀だとも思った。
「それで、帰ろうと思ったら、ないんです」
「何か落とし物か?」
「あー。ホントに覚えてないんですね」
えっ、この回想に俺が登場するの!?
マジで記憶にないんだけど!?
「おう、なんか、ごめん」
とりあえず謝っておこう。
「そもそも、どうして先輩は入試会場にいたんですか?」
「確か、毬萌に頼まれたんだったな。設営のスタッフやってくれって」
「じゃあ、毬萌先輩に感謝ですね。あたし、帰ろうとしたら、家の鍵をなくしてる事に気付いて……。その日はうち、親の帰りが遅かったので、このままじゃ夜まで家に入れない! って、すごくパニックになっちゃいまして」
「え? もしかして、そろそろ俺が出てくる?」
花梨は「もうっ」と少し怒って、「そうなんです」と続ける。
「多分、下駄箱の周りだと思って、その辺を探していたら、ちょっとぶっきらぼうな声がしたんです。おう、何か探し物か……って」
それ、俺の事かしら?
「それで、事情を話したらですね、ビックリですよ! もしかしたら、誰かが蹴飛ばして、すのこの下に入っちまったのかもな、って言ったと思ったら、その人、膝をついてすのこの下に手を入れて! 雨のせいで床もドロドロなのに!!」
電話の向こうの花梨の熱気が凄まじい。
「それでしばらくしたら。あったぞ! こいつか!? って、自分の落とし物見つけたみたいに喜んで。家の鍵をあたしに渡したら、じゃあ気を付けて帰れよって言って、すぐいなくなっちゃうんです! あたし、お礼もちゃんと言えなかったんですよ! もうっ!!」
「それは、なんだ。悪いヤツだなー、そいつも」
「ふふっ、本当にそうです! それで、入学式の時に先輩を見つけて! しかも生徒会の副会長で!! あたし、運命を感じちゃって!!」
興奮する彼女に、俺は言わなければならない事がある。
幻滅されるかもしれんが、これは言わなくてはならぬ。
「すまん! 俺、その話、全然覚えてねぇんだ! ……それ、本当に俺だった?」
素敵な思い出を汚されて、怒りの矛先を向けられても文句は言えないのに、花梨は笑いを堪えるように言うのである。
「ぷっ、ふふっ、ちゃんと公平先輩でした! 見間違うはずないです! それに——」
言葉を区切った花梨。
何かしらと呆け顔の俺。
「公平先輩の、そういう、誰かが困ってたら助けて当たり前だから記憶にも残らねぇぜ! っていうところが、あたしは大好きなんですよ?」
「そ、そうか」
気の利いた言葉が出てくるはずもなかった。
「あー! なんか恥ずかしいです! じゃあ先輩、あたし失礼しますね!」
通話が終わる。
情けない事に、脳内のシナプスが全部切れたんじゃないかと思う程、頭の中は真っ白だった。
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