第23話 花梨とお試し彼女
ついに、と言うか、実はもう既に始まっていたゴールデンウィーク。
今年は飛び石連休の形を成しており、本日は5月2日。
つまりは平日である。
朝から生徒諸君の負のオーラが漂っている。
では、俺もそうなのかと言えば、これが違うのだから生徒諸君には大変申し訳ない。
何度か言及しているが、連休が明けたらば部活動予算編成会議が執り行われる予定である。
そして、実を言うと、まだ視察が終わっていない。
花祭学園は「ゴールデンウィーク中は何人たりとも学園内に入るべからず。何故なら教師だって休みたいじゃん」と言うルールがあり、俺たち生徒会とてそれは例外ではない。
つまりは平日が大変ありがたい。
今日は授業が午前中で終わったため、昼飯もそこそこにメンバー総出で遮二無二働いているところである。
「鬼瓦くん! 視察してない部活ってあといくつあるんだっけか?」
「はい。文化部が4つ。運動部が3つです」
「マジか! 結構あるな、おい!」
「だから言ったんだよぉー。試算は後回しにした方がいいよってー。それなのに、コウちゃんがさ」
「ぐぅぅっ。……すまんかった!」
この1週間、毬萌と花梨はオリエンテーリング企画の方へ、俺と鬼瓦くんは部活動予算の方へと、完全分業体制をしいていた。
そして俺と鬼瓦くんは初めての予算編成を前に、
「先に試算の欄を全部埋めちゃおうぜ。だって、そっちの方がなんかスッキリしてて気持ちいいんだもの、うふふ」
と、訳の分からん意見を合致させ、せっせと部屋にこもって試算を出していた。
そんな姿を見かねた毬萌が、
「先に視察しとかないと、二度手間になっちゃうから気を付けてねー」
と忠告してくれたにも関わらず、
「そんな事言っても、所々に空白があるのは気持ち悪いし」
と訳の分からん理屈で愚策を強行した者がいる。
前年度の会計であった毬萌の大変貴重な忠告を無視した結果、見事に予見は当たり、完璧なまでの二度手間を作りあげ、作業も二倍に増やして見せた男がここにいる。
俺である。
俺は、空白に親でも人質に取られていたのだろうか。
そして、今。
生徒会役員総出で部活動予算の勘定を確定すべく奔走している訳である。
もう、なんて言うか、本当にごめんなさい。
ちょっと前にもこんな事があった気もする。
デジャヴだろうか。
いいえ、違います。
職員交流会議の予定をすっかり忘れていた事がございます。
繰り返しますが、大変申し訳ありません。
「文化部は休み明けにして、とりあえず運動部だけ今日中に済ましちゃおっか? 数字はわたしに任せてーっ! 去年、同じ作業をしたからねっ!」
すごい、毬萌が超頼りになる。
「毬萌先輩、僕もおでづだ……ゔぇぇんだぁぁ、失敬。お手伝いを!」
「何言ってるのさっ、武三くんはとっても強力な援軍だよっ! 鬼退治に行く時には絶対連れて行きたいよっ! あれ、でも武三くん、鬼サイドなのかなー?」
「ああっ、そうですね。この場合、僕は鬼の裏切り者と言うことになってしまいます」
「そうだよねー。ってことは、退治する鬼の中には、ご両親や親せきの人もいるよねー? ぐぬぬっ、これは困ったことになったよぉーっ! どうしよ、コウちゃん!?」
ごめん、ごめんね、二人とも。
すっげぇ、どうでも良い!
分かってる。
分かってるのよ、こんな事言える立場じゃないってことは!
でもね、そうやって想像の翼をはばたかせている間に、その優秀な頭脳を仕事に注いでくれないかな?
翼をバサバサやったって、変な想像が膨れるのと、羽がその辺に散らばるだけだから。
「と、とにかく、こっちは悪ぃけど任せた! 俺ぁ運動部を回ってくる!!」
「あっ、公平先輩、あたしも行きますよ! 視察には何度もご一緒させてもらいましたから、ノウハウはばっちりです!!」
「おお、花梨……立派になって! すげぇ助かる! じゃあ、行こう!」
「はい!」
慌ただしく生徒会室を飛び出す俺と花梨。
でも、結果的に見れば、一体感が強くなったと、好意的な解釈ができるんじゃなかろうか。
はい、本当にすみません。
反省しています。本当です。
「ふう、これで全部終わりましたね! どこの部活も協力的で助かっちゃいました」
「いや、ホントにな。と言うか、一番助けられたのは花梨にだよ。マジで、俺の乱暴なお喋りを、よくそれだけスマートに纏めてくれたもんだ。絶対俺にはできねぇ。マジでありがとう! 恩に着る!!」
「ちょっと、ヤメてくださいよ、先輩! 誰かが見たら、副会長のイメージ崩れちゃいますよー?」
「大丈夫、こんなグラウンドの端っこ誰も来やしねぇって!」
「……誰も、来ない、ですかー」
口はわざわいのもと。
不用意な発言は控えるべきである。
だが、時すでに遅し。
「公平せーんぱい! いい機会なので、ちょっとお聞きしたいんですけど?」
「おう、なんだ? こんだけ世話になったからには、何でも答えるぜ?」
重ねて言おう。
口はわざわいのもと。
何度でも啓発していく所存である。
「この前のお返事、そろそろ聞かせてくれませんか?」
「おう! ……Oh」
弁解させてもらえるだろうか。
俺だって、美しい国日本に生まれた男児としての誇りはある。
俺みたいな、たこ焼き食った後のパックに張り付いた青海苔くらいの価値しかない人間に、可愛らしくて優秀で非の打ちどころのない後輩が、何かの間違いで好意を向けてくれた事実。
その事実を重く受け止め、毎日、その答えを如何様に出したものかと首をひねっていた。
夜な夜な考え続けて寝不足になる事もままあり、時には数学の授業中に恋愛へ応用の利く方程式はないかと探したこともあった。
しかし、しかしである。
生まれてから彼女いない歴イコール年齢な俺だ。
そもそも、「彼女が欲しい」とか、考えたことすらなかったのだ。
男としたてそれは余りにも情けない?
こういうのは分を弁えているって言うんだ。
ちょっと今も考えてんだから、どっか行ってろ、ヘイ、ゴッド。
そうやってお茶を濁し続けていたが、こうなると、もはや逃げ場などない。
しかし、体から出てくるのは答えではなく、汗と変な汁ばかり。
そんな俺の醜態を見かねたのか、花梨が口を開く。
「先輩、そんなに悩まないでくださいよー。なんだか、あたしが先輩をいじめてるみたいじゃないですか! 前にも言いましたけど、話はシンプルですよ? 憧れの先輩の恋人になりたい後輩女子が、交際を迫っているだけです!」
「おう、いや、分かってんだ。そして、花梨は可愛い。俺とはとても釣り合わんとも思う。でも、そうやって自分を卑下したら、俺を選んでくれた花梨に失礼だ。それも分かる。色々と分かるから、どうしても迷っちまうと言うか……ああっ、すまん!!」
ちなみに、めちゃくちゃ早口で喋った。
そんな俺を見て、花梨は「そうだ! 良い事考えました!」と、手を打った。
続けて嬉しそうに言うのである。
「まずは、お試しってことでどうですか!? あたしを先輩の彼女に相応しいか精査する、お試し期間をもうけましょう!」
「なっ!? お、お試し?」
「そうですよ! お試しです! それなら良いでしょう?」
「へあっ、うん? ああ、それなら良い、のか?」
「決まりですね!」
なんかよく分からんうちに、なんかすごく重要な事が決定されたようだった。
「では、先輩! お試しですが、よろしくお願いします!」
「あっ、おう、はい、えっ。よ、よろしくお願いします?」
なんかえらい事になった気がする。
俺、これからどうなるのだろうか。
どうして俺の背中には想像の翼がないのか。それが今は悔やまれる。
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