第22話 毬萌と告白
「悪いな。色々と教えてもらって」
ホームルームが終わり、帰り支度を整えた者から順に教室から出ていく。
彼らを見送りながら、俺は茂木の質問に答えていた。
「別に構わねぇよ。ただ、明智光秀については確証のある資料ってあんま残ってねぇんだよ。結構有名な逸話が実は創作だったって話もよく聞くし。だから、さっきの話も確実じゃないぞ?」
「いいんだって。これで大河ドラマが何倍も楽しめるからさ」
「はははっ、なら良いけどな。しかし、茂木がドラマとはな。あんまテレビ見ないんじゃなかったか?」
「いや、だって最近、色々と起こるじゃないか、大河ドラマって」
「なんだよ、そんな理由かよ。ちゃんと見ろよな、ミーハーめ」
時には生徒会室へ向かう前に、クラスメイトと雑談に花を咲かせるのも悪くない。
「ヒュー! 今、ミック・ジャガーの話してたのかい? 確かに彼の胸毛はセクシーだよな! ヒュー!」
ミック・ジャガーには悪いけど、全然してないよ、そんな話。
「高橋。お前、洋楽聴くの?」
「ヒュー! 手厳しいぜー! 俺が英語の授業でリスニング問題当てられた時、プリーズ、モア、スロウリーって言った回数、覚えてるかい? オレは分からねぇぜ、ヒュー!」
「……あのな、そのキャラ貫くなら、日常会話レベルの英語力と、洋楽聴くくらいのリスニング能力は持つべきだと思うぞ。じゃねぇと、ものすごくインチキ臭くなる」
「ヘイヘーイ! トゲのある公平ちゃんもなかなかクールだぜ? オーケイ、仲直りのバーベキューと洒落こみますか! ヒュー!」
だから、そういうところだよ。
インチキがインチキの皮被ってるみたいになってんだって。
「おい、そろそろ部活行こうぜ、高橋」
「ヒュー! せっかちだねぇ、茂木ちゃんは! のんびり行こうって星条旗に誓ったのを忘れちまったのかい? ヒュー!」
「ああ、そうだな。んじゃ、桐島、またな!」
「お、おう」
どうでも良いけど、高橋の扱い方がすげぇな、茂木よ。
俺も毬萌を拾って生徒会へ……。
と、思い、毬萌の席を見ると、彼女の姿がない。
鞄がまだ置いてあるってことは、どっかその辺にいるだろう。
左を見て右を見て、もう一度左を見ると、毬萌を発見。
「おーい、まり」
これはいけない。
どうも、誰かと話をしているところだったらしく、俺は言葉を飲み込んだ。
なにせ、ヤツはカリスマ生徒会長。
クラスに来客だってあるだろう。
チラリと相手の顔が見える。
男子生徒である。一年生のようだ。
彼の表情が気にとまる。
えらく張り詰めて、切羽詰まって、思い詰めた表情。
何かのトラブルではあるまいなと、俺の危機管理センサーが反応する。
「つか、ちょっと場所変えていいっすか? つか、人のいないとこがいいんすけど」
「あー、うんっ。いいよー」
知らない男が毬萌を人気のない場所へ連れて行く。
これだけで俺の中ではかなり危険信号。
そして男子生徒の物言いがやたらとチャラそうだったのが決定打になった。
毬萌を一人にしてはいけない。
しかし、横から割り込むのもどうだろうか。
逡巡していると、二人が教室を出て行ってしまう。
「……仕方ない」
俺は、二人の後を付ける事にした。
向かった先は屋上手前の踊り場である。
この場所は別に立ち入りを禁止されている訳ではないが、いい塩梅に人が来ることもなく、なんだかじっとりとした空気が漂っている。
何か悪い事が起きるならここ! と、自己主張されているような気になって、俺は階段の陰から様子を窺う。
「それで、どうしたのかな?」
ニッコリと毬萌。
いかん、そんな不用意に笑顔を見せては!
相手が肉食の獣だったら、お前、この瞬間に食われてるぞ!?
「あのー、なんつーか、一応確認なんすけどー。会長ってー、彼氏いないんすか?」
この野郎! どんな踏み込み方してんだ!
男子高校生たるもの、恋の話に興味があるのは当然。
むしろ健全。
だが、しかしである。
もっと踏むべき段階があるはずだ。
ホップ、ステップ、ジャンプって言うだろう。
たまごクラブ、ひよこクラブ、こっこクラブって言うだろう。
君がやっているのは、いきなり三段階目だ。
急にジャンプするな。
急にニワトリになるな。
フリーザだってちゃんと順序を守って変身するだろうに、君ってヤツは。
ここは出て行って、紳士の歩むべき道を指し示すべきだろうか。
いや、だが、待て待て、ストップ俺。
ここで身を隠して話を盗み聞きしている俺は、果たして紳士だろうか?
出歯亀と罵られても仕方のない事をしていやしないか?
——してるじゃん、俺。
何やってんの。
これじゃ、完全に人の振り見て我が振りガン無視だよ。
しかも、こんな校舎の人が来ないところに「やあ、奇遇だね」って自然を装って登場できるか?
できねぇよ!
もうその、自然を装おうとしている所から不自然が匂い立ってるんだよ!!
致し方ない。
毬萌に何かしらの害が加えられると判断したら飛び出そう。
既に手遅れかもしれないが、それが最低限のエチケットかと思われた。
「んー。彼氏かぁー。うんっ。お付き合いしている人はいないかなっ」
お前も、正直に答えなくても良かろうに。
「じゃあ、立候補してもいいんすかねー? 例えばなんすけどー、自分とか」
ほら、そういう話になってくるでしょう?
ここで冷静になってみると、そう言えば、そう言えばだが、毬萌って割とモテるよな。
中学の頃から、告白されたって噂を何度か聞いたことがあるし、今もこうして一年生男子から求愛されている。
なにゆえ断るのだろうか。
理想がものすごい高いのか?
いや、そんな事はない。
あいつ、小学生の頃「出川哲郎ってカッコいいよねっ」って言ってたからな。
その点鑑みると、理想は限りなく低そうだ。
ならば、何か他の理由が?
例えば、ほんの一例だがもしかして。
——好きな男がいる、とか。
……何だろうか、この胸に去来する、モヤっとした感情は。
先日、花梨にも確認されたではないか。
俺と毬萌は別に付き合っちゃいない。
ならば、あいつが誰を好きになっても良いはずだ。
俺の口出すことでもない。
当然だ。何を考えている。
でも、待ってくれ。
例えば、毬萌に告白している彼。
彼の恋が、今この時、成就したとしよう。
つまり、毬萌に恋人が出来る瞬間である。
……………。
少し想像しただけで、目眩を覚えた。
事情は分からんが、これ以上ここに居てはいけない気がする。
そう思い、ひっそりと立ち去ろうとした瞬間、毬萌の声が響いた。
「ごめんねー。あっ、君が悪いとか、そういうのじゃないんだよ? ただね、わたし、大事な人がいるんだー。その人が幸せになってから、初めて自分の事について考えようとか思っててね。にははっ、変な子でしょ? ——だから、ごめんなさいっ!」
言葉の全てを聞き取ることはできなかったが、どうも毬萌が交際をお断りした雰囲気だけは察する事が出来た。
そして、それを理解した俺は、どうしてかホッとしている。
何故だ。
教室へ走る道中、そんな思考がただ頭の中を渦巻き続けた。
「あれーっ!? コウちゃん、待っててくれたの?」
しばらくすると、無人の教室に毬萌が戻ってきた。
「あー、うん、まあな。ちょっと用事があってな」
まさか、さっきまでお前の様子を見ていたぞ、ふひひ。とも言えず、俺は嘘をつく。
「そっかー。じゃあ、一緒に生徒会室へゴーだねっ! 今日もがんばろーっ!!」
「……おう」
いかにも、俺は生徒会の副会長。
会長である毬萌を心配するのは、当然だ。
そう、当然なのだ。
それが世界の真理であると、俺は半ば強引に決定付けた。
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