第18話 公平とミステイク

 午前中授業な本日、俺は優雅な予定を立てた。

 たまにはネットカフェでどっぷり漫画に浸かりながら気の向くままにドリンクバーでコーラを飲んで、更にその上にソフトクリームなんぞを乗っけちゃったりしたら、これはもう大変な事だぞ、うへへ。

 そんな事を呑気に考えていた。



「じゃあ、あたしと鬼瓦くんで会議室の設営をしておきますね!」

「力仕事なら任せてぐだざ……ゔぇごぉぉん! 失敬。任せて下さい!!」

 花梨の冷静なカバーリング。

 鬼瓦くんは最近めっきり減っていた緊張からの咆哮。

 事が火急であることを告げるには充分と思われた。

「すまん! 悪ぃがそっちは完全に任せても良いか!?」

「はい! 任せちゃってください!!」

「全力をづぐじば……ゔぇんだぁぁぁ! 失敬。死ぬ気で頑張ります!!」

「じゃあ行きましょうか、鬼瓦くん! 道すがら、パイプ椅子を10脚持てますか?」

「うん。多分大丈夫だよ」


 本当に頼りになる後輩たち。

 彼らの遠くなる背中に、かすかな希望が見えた。

「よし、こっちは資料の作成だ! あと30分しかねぇ! 急いでくれ!!」


 花祭学園では、教師と生徒の意見交換として、月一で交流会議なるものが催される。

 教師側は、教頭を筆頭に生活指導や学年主任を務める教諭など、お歴々が。

 生徒代表として、生徒会と各委員会の長が出席する、割と大事なイベントである。

 そのスケジュールを事前に受け取っていたのに、すっかり忘れていたアホがいる。

「コウちゃん、その前にご飯食べない?」

 今回に関しては、毬萌は悪くない。何故ならば——。

「いや、ホント悪いけど、資料作ってくれ! お前なら出来るだろ!?」



 ——そのスケジュール受け取って、そのまま忘れたアホは俺だからね!



 何がコーラにソフトクリーム乗っけたら大変な事だぞ、だ。俺のバカ。

 大変な事だよ!

 主に俺のせいで、大事の行事が大惨事寸前だよ!!

 何がまずいって、この交流会議の設営及び書類作成は、一手に生徒会が引き受けているからである。

 その一手を忘れ散らかしたせいで、前代未聞の大失態の汚辱に塗れる寸前なのが、今の俺たち。

 繰り返すが、全責任は俺にある。



 つい30分前の事だ。

 下駄箱で、「ネットカフェで何読もうかしら。ブリーチの虚圏編が良いかしら」と呆けていた俺のところへ、氷野さんが通りかかった。

 そして彼女は言う。

「何をしているの、桐島公平! まさか、今から買い出しに行くつもり!?」

 俺は、「はて、パーティの約束でもしてたかな?」と依然呆けていたところ、彼女が続ける。

「……あんた。一応聞くけど、交流会議の事、忘れてるんじゃないわよね?」


「……はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」


 俺は叫んだ。

 叫びもするさ。

 ここで漸く、事態に気付いたんだから。

 人目も気にせず。

 気にもしないさ。

 真に気にするべき事をガン無視してたんだから。


 俺は走った。

 メロスの比じゃないくらい走った。

 正直、この瞬間俺の足が速くなるなら、セリヌンティウスが死んでも良いとか身勝手な事まで考えた。

 別に足が速くなったりはしなかったから、セリヌンティウスは死んでいなかったようであり、命拾いをしたセリヌン野郎に舌打ちをして、息も絶え絶え生徒会室の扉を開けた。


「どうしたんです、先輩」

「ちょうど良かった! 今、先輩たちを誘いに行こうと思ってたんですよ! 鬼瓦くんがマドレーヌ持ってきてくれましてー。良かったら、お茶、ご一緒できないかなって」


 助かった。居てくれた。

 とりあえず、優秀な書記と会計がそこには居てくれた。

「それどころじゃねぇんだ。二人とも、飯はもう食ったのか?」

「あっ、はい。教室で済ませてきましたけど」

「僕もです」

「あー、もしかして、先輩、お昼まだでしたか? すみません、先に頂いちゃって」

「違うんだ! いや、そうなんだけど! 違う、そうなんだ!」


 何を言っとるんだ、俺は。

 頭と呼吸が落ち着くまで3分を要した。

 優秀なタイムであったが、事ここに至ってはタイムロスなだけである。

 彼らに俺は土下座しながら事の次第を伝えた。

 これで会議室の準備はどうにかなる目処が立った。

 あとは資料。


 残された時間は40分しかない。

 その時間を使って、資料を作ることができるか。

 これでもタイピングのスピードにはちょっとした自信がある俺であるからして、A4紙1枚を埋めるくらいなら多分間に合う。

 だが、内容が、肝心の内容がこの混乱した頭では浮かんでこない。

 ここで、やっと置き去りにされて悲しみに暮れていた今日の概要が書かれたプリントを手にする。

 「もっと自己主張しろよ、お前!」と、八つ当たりも忘れない。

 そして内容は「ゴールデンウィークに気を付ける事」と言う、小学校低学年の学活の時間にするようなものだった。

 「クソくだらねぇ!」と八つ当たりは忘れない。

「やーっ。どしたの、みんな? 二人がダッシュしてたけど、何だか騒がしいねぇー?」

 そうして降臨召された毬萌様。

 今日ほどこの幼馴染が輝いて見えた日はなかった。

 そして話は現在に至る。



「コウちゃーん。ご飯はー?」

「お願い! お願いだから、続きを教えて! 健全な精神の育成のためにスポーツに勤しんだ後は!? どうなんの!? ねぇ、お願い!」

「あっ、コロッケパン発見っ!」

 俺が昼に食おうと思っていたコロッケパンが、毬萌に見つかった。


「あとでやるから! 今は集中して! ホントお願い!」

「良い事考えたっ! コウちゃんがわたしにコロッケパンを食べさせてくれればいいんだよー。わたしが代わりにパソコンをカタカタってするから!」


 そう言えば、毬萌のタイピングのスピードを俺は知らない。

 幼馴染とは言え、知らない事もあるもんだなあと思った自分を引っ叩いた。

 その時間が惜しい。

 そんな事を考えた俺も引っ叩いた。

 だから、その時間が惜しい。

 そして俺は、毬萌の天才に賭ける事にした。

「あーむっ。おおーっ、美味しいねー! これは良いコロッケパンだぁーっ」



 ——毬萌のタイピング、引くほど速いわ。



 もう手の動きがほぼ見えない。

 光速越えてんじゃないの?

 なに、お前もしかして、黄金聖闘士なの?

 とにもかくにも救われた。

 これなら余裕で間に合う。

「ねぇねぇ、北北西って美味しそうだよねっ」


 ……ん?


「ほっくほっくせいっ! んーっ、美味しそう! そだ、北北西ってどっちか分かる?」

「いや、今はそれよりも」

「じゃじゃーん! コウちゃんの腕時計を借りてー!」

「おい、今どうやって俺の腕から時計抜き取った!? ……いや、今はそれよりも!」

「むーっ。意地悪するなら、もう知らないよ?」



 今から毬萌様のお言葉を賜るんだから、世界中の人間は黙れ。



「ど、どうやったら分かるんだ? いやー、気になるなぁ。マジで全然、見当もつかねぇよ」

「んっふっふー。そうでしょう? えっとねー、太陽を見つけたら、こうやって時計を合わせてねー」

 すまん、毬萌!

 知ってんだ、今回のお前の天才ネタ!

 それ、前に読んだ名探偵コナンに書いてあったんだよ!

 と言うか、今の時代スマホ見たら分かるんだ!

 でも聞くから!

 だからお願い、早く北北西指して!!


「つまり、クルクルクルーっと回って」

 椅子ごと回転する毬萌。

 おい、地球。今、毬萌が回ってんだから、自転すんなよ。


「はいっ。こっちがほっくほっくせーいっ!」

 気の済んだ毬萌は、そのあと再び光速タイピングで資料を作成。

 俺がプリンターの尻を叩いて必要枚数印刷して、毬萌を小脇に抱えたら会議室へダッシュ。時間は刻限のわずか1分前。

 歴史に残るギリギリセーフの完結であった。



 予定は常に確認し、仲間としっかり共有しましょう。

 俺は胸に血文字でそう書き記した。

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