第17話 毬萌とテスト勉強


 学生の本分とは何か。

 部活動。

 なるほど、学生時代にしかできない体験。

 努力して流す汗。

 挫折と苦悩。

 そして残るは代用の効かない青春の思い出。

 良いと思います。


 だが、俺の求めている答えではない。0点。

 早いところその汗と根性を家に置いてから出直してくるように。

 その際シャワーも忘れずに。

 

 恋愛。

 なるほど、学生時代の恋愛は格別。

 制服で下校デート。

 寄り道して買い食い。

 夜はラインでキャッキャウフフのハート乱舞。

 良いと思います。


 だが、俺の求めている答えではない。0点。

 そのショッキングピンクの頭と一緒に桃色の救急車で隔離病棟に直行すべし。

 テンション上がって蝋の羽で太陽目指してすっ飛んだイカロスを教訓に、地に足付けて歩く大切さを学びなさい。


 委員会活動。

 なるほど、学生時代にのみ許された生徒の自主的な奉仕活動。

 気高い理想に捧げる心身。

 お代は皆の笑顔で充分だ。

 良いと思います。


 だが、俺の求めている答えではない。0点。

 そもそも奉仕するのとされるのだったらどっちが幸せか、言わずとも分かるはずだ。

 お前が言うな? ごもっとも。

 だけど言うね。今日は言っちゃう。

 奉仕した結果、皆は俺を助けてくれるのですか、と。


 勉学。

 なるほど、学生の間しか勤しむことのできない学業。

 知恵を付け、将来に備える。

 そのためにも、実力テストの結果は重要。

 良いと思います。


 それこそが今回俺が求めた答え。100点!



「あー。コウちゃん、またここのスペル間違ってるよー。はい、0点!」

 実力テストなんぞ、この世から消えてなくなれば良いのに。

 先に言っておくが、俺は勉強が苦手と言う訳ではない。

 と言うか、むしろ得意だ。

 手前みそになるが、ウチの入試だって、2番目の好成績で合格したんだぞ。

 1年生の間は試験の順位も常に2位をキープしていたし、学園内でも指折りの優等生と言っても過言ではない。


「ダメダメ! ここの文法も逆になってるってばぁー。コウちゃん、英語苦手だったっけ?」

 全部生徒会が悪い。

 今年副会長になって、漸く気付いた。

 ウチの学園の生徒会の異常な仕事量。

 こんな量を毎日せっせと租借しながら勉学に勤しめるか。

 そんな事できるのはお化けだけだ。


「コウちゃーん? ここでジョンが問題にしてるのは、地球温暖化についてだよー」

 うっせぇ、このお化け!

 なんでお前は去年も生徒会活動しながら、ずっと、ずーっと学年1位のポジションを堅守し続け、ついに一度としてその座を俺に譲らなかったのか。

 どっかおかしいんじゃないの、この子。

 地球の温暖化も深刻だけど、お前の素で見せる天才っぷりも大問題だよ。


「ほら、ここ見て。ここで言うジーニアスって、誰の事を指してると思う?」

 お前のことだよ!

 ちくしょう、なんて腹の立つ単語なんだ。

 ジーニアスも、お前が今手に持ってるジーニアス英和辞典も大っ嫌いだ、ちくしょう。


「じゃあ、ここを英訳してみよっか。脂の乗った寒ブリは絶品だ」

 知らねぇよ!

 そりゃあ、旬の寒ブリは美味いよ!

 舌の上でとろけるよ!

 刺身じゃちょっとキツイって人は、出汁にさっと潜らせてポン酢で頂けばお口の中が宝石箱だよ!!

 なんだその問題。

 作ったヤツ、頭おかしいんじゃねぇの!?


「んー。結構簡単だと思ったんだけどなぁ。じゃあ、次はリスニング、がんばろっか。元気出してこーっ!」

 やっぱり作ったのお前じゃん! 

 絶対出ねぇじゃん、その問題!

 なんで実力テストの対策してんのに、お前の作った笑える英訳問題解かなきゃいけねぇの!?


「I can do anything. But you can’t do anything.」

 バカにしてんのか!

 そんくらい分かるわ!

 お前、暗に俺をおちょくろうとしてその文章読んだろ!?

 日本語だけでは飽き足らず、ついに英語でまで俺をディスって来やがって。

 もう嫌だ、もう勉強なんかしない。

 明日の実力テストもどうでも良い。

 俺はおうち帰って熱めの風呂にじっくり浸かってそのままベッドにダイブして寝るんだ。

 明日は学校休む。



 現実逃避がてら、向かいの鬼瓦くんの様子を見てみる。

「だから、何度も言ってるじゃないですか! 歴史の暗記は、自分が元々持っている記憶といかに紐づけることができるか。これさえ出来れば、何てことないんです! 良いですか? じゃあ、元寇について答えて下さい」

「え、ええと、確か、モンゴル軍と日本軍の2度に渡るワールドシリーズで……」

「そうです。モンゴル軍の監督は?」

「ふ、フビライ・ハン……だったような」


「次は決戦が行われたスタジアムです」

「福岡……いや、博多スタジアム……だったかな」

「戦況は? 2つとも同じような共通点がありましたよね?」

「モンゴル軍が先制点を取って、優勢に試合を進めて……」

「でも、途中でモンゴル軍にとって、何かアクシデントがありました」

「……ぬうう。……ああっ! 暴風雨によるコールドゲーム!」

「そうですよ! もう一息です! そのコールドゲームになった原因の名前は」

「神風!!」

「最後に決めちゃいましょう! その2つの戦いは? ここだけ最初に覚えましたよね」

「文永の役と弘安の役!!」

「うん、大正解です! 鬼瓦くんは勉強の要領が悪いだけで、頭は良いんですから。異常な処理能力を持ってますし、理系は成績良いんでしょ? 文系だって苦手意識をなくせば余裕ですよ! もう一度言いますが、歴史の暗記は自己流で良いんです。鬼瓦くんの好きな野球に例えて、どんどん覚えていっちゃいましょう」


 ……なんか、あっちは楽しそうだなぁ。

 花梨の教え方も、分からない側に立って同じ目線で教鞭を振るうから、理解の進捗がスムーズに見える。

 俺も好きなんだけどなぁ、野球。


「こらぁ! コウちゃん、集中力が切れてるぞー。今度はちょっと本気で問題文読むから、しっかり聞いてねっ!」

 こっちは相変わらずだ。

 毬萌の気まぐれにざっくばらんな問題が、これまた自由気ままに飛び回る。

 リスニングだって、正直に言うと毬萌の余りの発音の良さだけが耳に残って、何言ってんのか半分も分からなかったが、分かった振りをして頷いた。

 当然すぐバレた。

 俺が聞き取れるようになるまで、同じ文を何度も何度も……坊さんの念仏のように繰り返す。

 拷問か。


 結局、毬萌が満足するまでテスト勉強は続き、彼女が、

「まあ、このくらいでだいじょーぶだよっ! テスト楽しみだねー。にへへっ」

 と、適当な事を抜かしたかと思えば呆気ないほど簡単に解放された。


 もうダメだ。

 あんな勉強するくらいなら、ひとりで図書室にでも行けば良かった。

 多分、明日の英語のテストで俺の優等生としての肩書はへし折られるだろう。

 これからは、毬萌の腰ぎんちゃくとして生きていくしかないのだ。

 さようなら、秀才の副会長。

 こんにちは、アホの副会長。

 家で勉強はしないのかだって?

 しないよ。もう俺ぁ疲れたんだ。



 翌日、試験用紙が配られ、一問目から諦めムード全開で解いていったところ、9割以上の問題を余裕で答えられると言う奇跡が起きた。

 毬萌のヤツはどうやらヤマを張っていたようであり、それがそのものズバリ的中していたのだ。

 進研ゼミの漫画かな?

 そして後日張り出された成績の順位は、毬萌が一等賞で俺が次点。

 終わってみればいつもの光景で、俺の名誉も何故だか守られた。



 それにしても、である。まさか、寒ブリの英訳問題まで出るなんて。

 ……天才って怖い。

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