第16話 生徒会と夜の電話
「ねぇ、コウちゃん。コウちゃんって結構エッチだよね?」
——いきなり何を言うんだ、こいつは。
時刻は午前0時を過ぎ、そろそろ寝ますかねと今日のお布団ちゃんのご機嫌をうかがってたところ、スマホが震えた。
発信者は毬萌であり、何となく嫌な予感がスキップして近寄ってくる気配を感じたものの、「万が一緊急事態だった場合いかがする」と思い直し、電話に出る事にした。
正直、今日は日中生徒会の仕事をかなり精力的にこなしたし、空いた時間には鬼瓦くんと中庭でキャッチボールしたりしたものだから、割と疲労感がある。
翌日は土曜で休日なれば、確実に昼まで惰眠をむさぼり散らかすコースだなと確信していたところである。
繰り返すが、お布団が俺を呼んでいるのだ。
それなのに、スマホの向こうで毬萌も呼んでいる。
まったく、俺も甘い。
「もしもし。どうした?」
そんな疲労困憊の俺なのに、この優しい電話へのアプローチ。
もはや国際ジェントルマンライセンスが発行されるであろうことは時間の問題かと思われた。
そうして冒頭のセリフを吐かれた俺である。
「お前なぁ……。こんな時間に電話してきて、なんてこと言いやがる。この俺を捕まえて、よくもまあ、そんな酷い中傷ができるな」
「違うよー。別に、コウちゃんがエッチな事を今さらどうこう言おうなんて思ってないってば」
「おい、人がエッチなの前提で話を進めんな」
「えっ? コウちゃん、エッチじゃないの!? 男子高校生なのに!? それはちょっと、健全じゃないと思うなぁー」
めんどくせぇなぁ。
「ああ、分かった、分かった。俺はエッチだよ! 見たいテレビがあるから、切るぞ。じゃあな!!」
ふん。適当な理由をつけて電話を叩き切ってやったぜ。
何の用かと思って電話に出てみれば、本当にしょうもない内容だった。
一体、俺に何を伝えたかったのか。
天才ならではの高度な情報戦略が行われた可能性もあるが、そんなもん俺には分からん。
用事があるなら、簡潔に内容を言えって話だ。
とは言え、いきなり電話をガチャ切りしたのはちょっと可哀想だったかも知れない。
……明日、起きてからフォローの電話でもしておくか。
とりあえず、牛乳でも飲んで、今日はもう寝よう。
俺は台所へ向かった。
疲れた夜に飲むホットミルクは格別。
砂糖をちょいと足したなら、それはもう魅惑の飲み物になる。
程よい眠気も「やあやあ」と手をあげて近づいてきた事だし、そろそろ床に就こうと思った、その時、またしてもスマホが鳴った。
しかし、毬萌からではない。
画面に表示されているのは花梨の名前だった。
彼女から電話が来るのも珍しいのに、もう午前1時近い時刻である。
まさか、何かあったのか。
慌てて俺は通話のボタンをスワイプさせた。
「あっ、先輩ですか? 夜分にすみません」
「おう、全然平気だぞ。どうした?」
「はい。どうしても確認したいことがありまして……」
彼女の声は、何やら深刻なトーン。
なんぞ、一大事が起きたのだろうか。
俺で力になれると良いが。
「俺で良ければ何でも言ってくれ。きっと花梨の聞きたい答えを出せると思うぜ?」
「良かったですー。聞いていいのかどうか、すっごく悩んだんですよ。じゃあ、お聞きしますね」
「おう」
「先輩って、エッチなんですか?」
——何言ってんの? あれ、電波が悪いのかな?
「ん? ちょっと聞き取れなかった。悪ぃけど、もう一回言ってくれる?」
「あ、はい。あの、先輩ってエッチなんですか?」
聞き間違いじゃねぇな!!
「ちょっと待ってくれ! 話が全然見えんのだが!?」
「あの、先ほど毬萌先輩から電話をもらいまして。桐島先輩が、エッチのくせにエッチな事を教えてくれない、と。あの、先輩。あたし、別に先輩がどんなにエッチな人でも、尊敬してますから! この気持ちは変わりません!! それだけ伝えたかったんです! あ、何も言わなくて平気ですので! お、おやすみなさい!!」
「あ、おい! ちょっ、まっ」
……電話が切れたよ?
後輩にエッチな人認定された上に、なんかものすごく気を遣われた感じで電話が終わったよ?
俺は自分が知らないうちに何か変態的な所業を日常的に繰り返していたのかな?
いや、違う。
元凶は毬萌だ。
あいつ、なんで花梨に変な事吹き込んでんだよ!
もう、こうなったら電話だ。
こっちから掛けて、場合によってはお説教だ。
眠気もどっかに走り去ったわ。
怒り心頭でスマホをスススとやって毬萌の番号を表示させたところで、再び画面が着信を知らせる。
嫌な予感しかしないが、無視するわけにもいかん。
俺はみんなの頼れる先輩でありたいし、そうあるためには誠実でいる必要があるからだ。
「……も、もしもし?」
でも、そりゃあ身構えるよね。
さっきの今だもの。
次に何が来るのかと、警戒するのは当然だもの。
「鬼瓦です。桐島先輩、今、少しよろしいですか?」
「お、おう。よろしいぞ?」
「ありがとうございます。先ほど、毬萌先輩から電話がありまして」
「そうなんだ?」
「一応確認させてもらいたいと思い、お電話をさせて頂きました」
「へぇー。そうか」
「先輩、どスケベなんですか?」
うん。知ってた。
ほぼ予想通り。
もう、こう来るだろうなって確信めいた予感があったもん。
ただ、予定外だったのは、エッチがどスケベに進化してるね?
何があったのかな?
俺の知らないところで、何があったのかな?
小学生の頃、俺のピカチュウをクラスメイトの青山くんが勝手にライチュウに進化させやがったことを思い出したよ。
俺、ピカチュウ縛りでプレイしてたのにさ。
「大丈夫です、僕はこう見えて口は堅いですから。誰にも言いません。では、失礼します」
「あっ、ちょっ」
鬼瓦くんのバリトンボイスが残響とともに消えていく。
みんな、せめて釈明くらい聞いてから切ってもらえないかな。
俺は凄まじい勢いでスマホをペシペシやって、即刻毬萌に電話をかけた。
すぐに通話状態になったのは幸いだった。
あとコール音が5回鳴ってたら、スマホの画面が割れていたかもしれない。
「あー、コウちゃん! ひどいよー、いきなり切るんだもんっ」
どの口が言うか。
「ひどいのはお前だろうが! なにを後輩たちに吹き込んだんだ!?」
「だってぇー。コウちゃんが教えてくれないからさー。ちょっと愚痴りたくなっちゃったんだもんっ」
怒りを鎮めよ、俺。
ここで感情的になったところで解決の糸口は見えてこない。
むしろ、冷静になれ。
そうだ、罪を許そう、桐島公平。
もう時刻は午前2時。
こんな時間に青筋立ててキレ散らかしたって、上がるのは血圧くらいのものだ。
そうとも、安眠を妨げるだけの無為な事さ。
仏顔にフェイスチェンジした俺は、なるべく優しく毬萌に問いかける。
「それで? 何が聞きたかったんだ? 別に俺はエッチじゃないが、教えてやるから言ってみなさい」
「そうそう! おかしいんだよ、コウちゃん! コウちゃんなら知ってると思ってさー。わたしもね、生徒会長として、思春期男子の生態を学ぼうと思って。ちょっぴりエッチな番組も見てみようって決意したのっ!」
「もうなんかズレた事言ってる気がするけど、それで、どうしたんだ?」
「さっきから見てるんだけどね。『朝まで生テレビ』って、何時くらいからエッチなコーナー始まるのかな?」
——いつまで待っても始まらねぇよ!!
月曜日。
登校した後に1年の教室を回って、俺は親愛なる後輩たちのあらぬ行き違いを解くために奔走した。
ちなみに結局『朝まで生テレビ』を最後まで見た毬萌が、中東情勢にやたら詳しくなっていたが、そんな事はどうでも良かった。
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