第15話 毬萌とツンデレ
今日は一年生だけ一時間授業が多いらしく、生徒会室には俺と毬萌の2人のみ。
しかも、本日、珍しく、実に珍しく仕事がない。
オリエンテーリング企画は花梨が優秀なペースで進めており、部活動予算編成は鬼瓦くんの手際によりすでに概算の見積もりは終了、視察を残すだけとなっている。
一年生コンビが優秀過ぎて、俺と毬萌は特に何をするでもなく、ボケーっとして過ごす放課後の一時間。
「毬萌、茶でも飲むか?」
「飲むーっ! んっとね、わたしはホットチャイがいいなっ!」
「あるか、そんなもん。ほうじ茶しかねぇ」
「ええーっ! ほうじ茶は渋いから嫌だよー」
「いや、お前、この間ほうじ茶味のアイス食ってたろ」
「アイスは別なの! 甘いのがいいなーっ」
ここぞとばかりに甘えやがって。
甘いのがいいと甘えやがって。
世の中、自分の思う通りにそうそう行くことはないと教えてやる。
人生は甘くないのだ。
「……ミロならあるぞ」
「えーっ!? なんで、なんで? わたし、ミロ大好きーっ! 淹れて、淹れてっ」
ちっ。
俺がこの前、たまたま備品を補充しに行った時に、たまたまミロが広告の品でお安くなっていて良かったな。
わざわざ一駅分歩いてたまたま遠くのスーパーに行った俺に感謝すると良い。
あと、誤解しないように願いたいのだが、別に俺は毬萌のためにミロ買ったりしねぇから。
俺が飲みたかったからだから。
「ほれ。熱いから火傷すんなよ」
「じゃあ冷たいのにしてくれたら良かったのにー」
「牛乳がねぇんだよ! それに、今日は四月だってのにちっと冷えるからな。女は体冷やすもんじゃねぇだろ」
「はーい。あれ、コウちゃんはほうじ茶なんだ? ミロ飲まないの?」
「こんな甘いもん飲めるか。それなら俺はコーラの方が良い。……まあ、ほうじ茶も悪くねぇよ」
「もうじきゴールデンウィークだねぇ」
「そうだな」
「コウちゃん、予定とかないの?」
「特にはねぇな。久しぶりに漫画でも読み直すか。最近またナルト読んでんだよ」
「あー。好きだったもんねぇ。小学生の頃とか、影分身ーって言って! あと、高いとこから飛び降りて足捻ったりしてたっ! あの頃のコウちゃんは可愛かったなぁ」
「なんだよ、面白れぇんだぞ、ナルト。毬萌は読まないよな、そう言えば」
「だってぇー。戦ったりしてるとこが痛そうで見てられないんだもんっ」
「そこが良いんじゃねぇか。男心の分からんヤツめ」
ほうじ茶を啜っていると、茶菓子が欲しくなってきた。
戸棚にハッピーターンがあったな。
……うむ、やはり。
後輩二人には悪いが、こいつは俺が頂くとしよう。
「あっ、ズルいーっ!」
「はいはい。ほらよ」
「おおーっ! チョコボールだ! 美味しいよね、ピーナッツ味! どうしたの、これ?」
「……こないだ中庭で拾った」
よくもまあ、ミロ飲みながらチョコ食えるな。
言っとくけど、これは毬萌の口の中を甘味地獄にする、極悪非道な罠だから。
「そっかぁー。不思議なこともあるものだねぇー。……ありがと、コウちゃんっ」
「俺に礼言っても仕方ねぇだろ。……まあ、拾ってきたのは俺だけどな」
今、毬萌の口の中は地獄のはずだ。
くくく、俺ってヤツもなかなかに悪魔じみた事をする。
たまには悪役だってやりたくなるのだから、これはもう仕様がない。
「そうだっ、ゲームをしよう!」
「唐突だな。まあ、構わんが。オセロか? 将棋か? それともトランプか?」
「んっふっふー。そんな低次元なゲームじゃないのだよ? 公平くんっ! わたしが今思い付いた、とってもオシャレなゲームなのですっ」
また変なこと言い出したよ。
と言っても、他にやることもないし、誘いに乗ってやるのもやぶさかではない。
「で、ルールは?」
「これから横文字を喋ったら罰ゲームねっ! んっとねー。コウちゃんが恥ずかしがる罰ゲームがいいなぁ。にははははっ」
「嫌な思考だな。まず嫌がらせから考えをスタートさせるんじゃないよ。あと、それ、昔、正月に鶴瓶と志村けんがナインティナインとボウリングしながらやってたからな。変にオリジナリティ主張すると、怒られるぞ?」
「そだっ! 罰ゲームは、相手を褒めること! にへへ、良いでしょ?」
聞いちゃいねぇ。
「……良いけどよ」
別に、倒してしまっても構わんのだろう?
先に言っとくが、この手のゲーム、毬萌は超弱いぞ。
天才向きじゃないんだろうな。
「じゃあ行くよー! スタートっ!!」
「あっ」
「みゃっ!?」
「はい、毬萌失格ー」
「今のはセーフだよ! スタートって言ってからがスタートだもんっ! だから、今のはセーフなんだよっ! ……みゃっ」
「最初の開始を告げる言葉は不問にしてやるが、その後4回言ったな? じゃあ、罰ゲームだ。ほれ、俺様を褒めたたえろ」
そら見たことか。
弱すぎて話にならんだろう?
そして始まるのは楽しい罰ゲームだ。
精々悔し涙でも流しながら、日頃から迷惑ばっかりかけている俺への謝辞でも言ってもらおうか。
ふふふ、楽しくなってきた。
「もーっ。じゃあ、言うよぉー。えっと、いつも怖い顔してるのに、ピンチの時には助けてくれる、優しいとこっ」
「おう。そうだろう。俺は優しかろう?」
「んー。わたしが相手じゃない時も、周りに気を遣って、困っている人を見過ごさない、優しいとこっ!」
「お、おう。まあ、俺の優しさを山に例えるなら、チョモランマくらい余裕だからな?」
「あとはね、どんな人が相手でも、公平に接してあげる、優しいとこっ!!」
「ま、まあな。名前がな、うん、公平だからな、その辺は、なあ? 仕様みたいな?」
「最後ね! んーっとね、何にしよっかなぁー」
もうダメだ。
我慢の限界だ。
罰ゲーム? 確かにそうだ。
これは罰ゲーム。
だが、全然毬萌は苦しんでいないじゃないか。
それに対して俺はどうだ?
なんで俺がこんなむず痒くて、背中の肩甲骨の中心の絶妙に手が届きそうで届かない場所を掻きむしりたい時みたいに、悶々としなければならぬのか。
この罰ゲーム、罰受けてるの、俺じゃないか。
「も、もういい! 分かった、分かったから! 一旦ストップで!!」
「あーっ」
「……はっ」
「コウちゃんも言ったー! 罰ゲームだよ、罰ゲームっ!!」
もう何でもいい。
適当に毬萌を褒めて、このくだらんゲームは終いにしよう。
なんか知らんが精神的に相当削られたぞ、何だこのゲーム。
闇のゲームかよ。
「あー。そうだな。んー。毬萌を褒める……ねぇ」
「ひどいっ! なんでそんなに悩むのさーっ! わたしの良いとこ言えないの?」
「ちょっと待ってろ、色々あって悩んでんだよ! ……あっ、違う、今のは間違いだ!」
「ふーん?」
何なんだよ、これは。
俺は何か悪い事でもしたのか。
こんな羞恥プレイ、これまでの人生でも味わったことがない。
もう、マジで止めよう。
女子高生なんて、適当に「かーわーいーいー」とか言っときゃ気が済むだろ。
そうだ、そうしよう。
「……か、かわ。いや、たまに、たまにだが。可愛いとこがある、かな」
「ぷぷぷっ、コウちゃん、顔が真っ赤だよっ!」
「別にこれは、そういうんじゃねぇからな!? 勘違いすんなよ!!」
「すみません、遅くなっちゃいました!」
「僕の方も今終わりまして。おや、なにかありましたか?」
扉を開けるは後輩二人。思ったより早かったな。
「別に? 何もないけど? 何もないのは、確かに俺だけど? 何か?」
人間生きてりゃ色々ある。
そうさ、たまには俺だって調子の悪い時がある。
ええい、いつまで見ている、ヘイ、ゴッド!
ミロ一杯ご馳走してやるから、もう帰れ!!
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