第13話 公平と風紀委員長・氷野丸子
花祭学園の委員会には序列がある。
我が学園の生徒組織は、負うべき職責によって規模が変わるのだ。
ただし、生徒会は例外で、毎年度少数精鋭が選ばれている。
船頭多くして船山に上るとも言うし、トップを絞るのは正しいと俺も思う。
そして、何を隠そう、俺も少数精鋭。
どうだ、凄かろう。
では、その生徒会の下、つまり学園生活に置いて重要とされている、最も人員の多い委員会はどこかと言えば、風紀委員会である。
ウチの風紀委員は一般的な学校の同名組織と比べると、仕事が多い。
生徒社会の規律を正す、生活態度や服装髪型の指導はもちろん、始業式や入学式に卒業式などの公式行事の裏方、果ては文化祭や球技大会に至るまでのサポート事業すら一手に引き受ける。
行事がある度に交通整理や安全確認のために駆り出される市役所の地域課のような側面を持つため、業務も多岐に渡り、そりゃあ人も多くなるだろうと想像に難しくない。
そんな組織を束ねるのは、さぞかし屈強な者だろう。
なんて事を考えていると、前時代的と揶揄されるのでご注意されたし。
ただし、強い個性が隠しきれていない人物が登場するのは予告しておく。
「失礼するわよ!」
ノックをすると、すぐに女子が入ってきた。
スラっとした、スレンダーな彼女は、無駄のない動きで生徒会長の席へ歩を進める。
ちなみに、彼女は胸部もスラっとしており、そのため空気抵抗が少ない事も迷いのない歩みの一翼を担っている事は間違いなかった。
彼女はそんな同級生。
「……っ! 桐島公平! あんた、今私をいやらしい目で見ていたな!?」
とんでもない言いがかりである。
しかし、俺の視線を不快に思ったのならば、ここは非礼を詫びるのが先だ。
俺こそが紳士オブ紳士。
断固として言及しておきたいのは、別に俺は女子の胸部のサイズに優劣とかつけないから。
デカかろうが小さかろうが、それも個性だ。
「そんな目はしてないけど、気を悪くしたなら申し訳ない。
そうとも、彼女こそが花祭学園の風紀を守り、悪い芽が育つ気配を見せようものなら端から端まで容赦なく除草剤をかける女、氷野丸子さんである。
新年度1回目の風紀委員主催持ち物検査の際、彼女の担当になってしまったクラスは、骨も残らず全てのものを取り上げたと言うのはもはや語り草。
そんな彼女は、毬萌に匹敵するほどの知名度と、圧倒的なプレッシャーを以て、学園の有名人の1人である。
「……っ! 桐島公平! 私をフルネームで呼ぶんじゃない!!」
彼女とはさほど仲良くもないが、彼女を呼ぶとほぼ確実に怒られる。
だって、自分がフルネームで呼ばれたら、フルネームで呼んだ方が良いのかって思うじゃない? ねえ?
「すみません、丸子さん」
「名前を気安く呼ぶんじゃない!!」
フルネームで呼ぶなと言われて名前で呼んだらより怒られる。
俺は今、社会の理不尽を煮詰めた鍋の底にでもいるのだろうか。
「私を呼ぶ時は、氷野! 氷野と、名字で呼べと言っているでしょう? これで何度目!?」
——1度目です。氷野さん。
あとで聞いた話によると、氷野さんは「ひのまるこ」と言う名前の響きに強いコンプレックスを持っているらしく、その名を呼ぶことは禁忌とされているらしかった。
同じく名前の「まるこ」も清水に住んでいる女子児童を想起させるため、やはり禁忌とされているらしかった。
ヴォルデモートかな?
「あーっ! マルちゃん、いらっしゃーい! よく来たねぇー。歓迎するよぉー」
「ふふんっ、わざわざ来てあげたんだから感謝してもらえるかしら。その、もっと歓迎してくれていいのよ? だ、抱きついて、じゃなくて、ハグしてみたりとか」
「にはは、ごめんねー。ちょっと手が離せなくてさっ。別に、メールでも良かったのにー」
「何言ってるのよ! 私と毬萌の仲じゃない、水臭いこと言わないで」
「そっかぁー。マルちゃんのそーゆうとこ、わたし好きだなっ」
何だかご機嫌な様子の氷野さん。
そして、新しく覚えた彼女が怒らない呼び方。
なんだ、なんだ、そんな裏技があったのなら、最初から教えてくれれば良いのに。
ここは名誉挽回の絶好機。
神よ、教えてやろう。
チャンスの女神には前髪しかない。
これには諸説あるが、ダ・ヴィンチ先生が言っていたらしい。
幸運の女神フォルトゥーナはちゃんとサラサラヘアーらしいので、ここで言うチャンスの女神はアレだ、うん、フィクションだ。
ともあれ、よく見ていろ。
この俺が、チャンスの女神をゲットするところを。
「マルちゃん、椅子を用意しようか?」
「あんた、馴れ馴れしく変な名前で呼ばないでくれる!?」
——ねえ、いくらなんでも理不尽過ぎじゃない?
今、清水の某女子児童が親友に呼ばれる感じで毬萌が口にしてた名前を、俺がすぐさま真似したら結構ガチ目に怒られた。
……いつまでも見ているんじゃない、ヘイ、ゴッド。
「それでね、今回のオリエンテーリングなんだけど、風紀委員会の全面的な協力をお願いできるかなぁ? 思ってたよりも大規模になりそうでね、早めに話を詰めておきたいなって」
「そんなの、オッケーに決まってるじゃない。毬萌の頼みですもの」
「良かったぁー。じゃあね、指揮はそこの花梨ちゃんが執るから、彼女と打ち合わせしてもらえる? 何かあったら呼んでくれていいからねー」
またしても無駄のない動きで、今度は花梨の元へと移動する氷野さん。
「よ、よろしくお願いします、氷野さん……」
「よろしくね、冴木花梨。毬萌から話は聞いているわ。優秀らしいじゃない。そんなに緊張しなくったって平気よ?」
花梨の代弁をするが、そりゃあなた、無理だってば。
あれだけ俺に厳しい態度を取ったんだから、毬萌以外は敵とみなされているって考えに誰だって辿り着くよ。
もう、今の2人の姿を遠目で眺めても、サバンナで怯えるバンビと、そのお尻に今まさに噛みつこうとしている雌ライオンにしか見えないもの。
「あっ、はい。……あの、何とお呼びすればいいでしょうか?」
「別に、好きに呼んでいいわよ? ただし、フルネームと名前のみってのはダメ」
「じゃ、じゃあ、マルさん……では?」
いかん! 花梨がぶっ飛ばされるぞ! ここは俺が盾となって後輩を守らねば!
「いいわよ。あんたが呼びやすいなら、それで」
良いのかよ! なんだよ、さっきのさん付けしてなかったから怒られたのか。
同級生とは言え、確かに仲良くもないのにちゃん付けはまずかったか。
俺、反省。
気付けば眼前に再びチャンスの女神。
ふふふ、愚かな女よ。もはや逃がさんぞ。
「マルさん、最中でも食べます?」
「誰がバルサンだ、桐島公平! 校門まで蹴り飛ばされたいの!?」
——どうすりゃいいってんだ……。
その後も、花梨の方を見ると睨み返されるので、俺は諦めて毬萌を眺めておくことにした。
ヤツは顔を赤くしてプルプル震えている。
もう間違いなく『一人息止め選手権』を開催しているじゃないか。
毬萌のタイムをスマホのタイマーで計ったのち、そろそろ大丈夫かしらと花梨の方を見ると、彼女がひらひらと手を振ってくれた。
笑顔が眩しい。
そして手を振り返したらば氷野さんと目が合って、俺は命を諦めた。
はあ? チャンスの女神?
知るか、そんな女。
最中あげるから帰ってもらって。
そう言えば鬼瓦くんはどこ行った。
探してみると、防災頭巾を被って机の下に避難していた。
なるほど、それが最適解だったか。
証明終了。俺の知識レベルが1上がった。
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