第12話 花梨とオリエンテーリング

 結構な時間とん挫していた生徒会主催のレクリエーション企画。

 その題目が、ついに決まろうとしていた。



「ええと、企画は学園全体を使ったオリエンテーリングです。チェックポイントを設置し、そこを回ってもらうことで、新入生は各施設を把握できる利点があります。上級生は、各クラスで給水ポイントや軽食のポイントなどを設営してもらい……」

 花梨のプレゼンテーションは見事だった。

 俺と鬼瓦くんは、「はへぇー」とため息をつくばかり。


「うんっ! 花梨ちゃん、とっても良い案だと思います! 飲み物や食べ物は衛生的な問題もあるし、文化祭みたいに準備期間もないから、予算でわたし達が市販のものを用意しようね。それで……」

 毬萌も天才の本領発揮とばかりに、花梨の立案を丁寧に整える。

 俺と鬼瓦くんは、「ほへぇー」と感嘆するばかり。


「じゃあ、この案件はこのまま花梨ちゃんに指揮を執ってもらおっかな」

「えっ!? あたしがですか!? そんな、無理ですよー」

「大丈夫だよっ。わたしが花梨ちゃんなら出来るって判断したんだから、失敗を怖がらないで思いきりやってみて! 武三くんはさっき話に出た飲食物の計算をお願いね。予算を割り振るから、上手く支出を調整してみて」


 毬萌の意図がここで漸く分かった。

 どうやら、この企画は一年生コンビに任せて、彼らに自信と実績を授ける方策らしい。

 普段アホの子の方ばかり見ているからたまに忘れそうになるが、こいつ、カリスマ生徒会長なんだよなぁ。


「僕などに務まるでしょうか?」

「平気だよっ! 武三くんも花梨ちゃんも、即戦力として役員になってもらったんだからねっ! 困ったら、わたしとコウちゃんを頼っていいから、出来るところまでやってみよー!! もちろん、失敗しちゃっても平気だよー」

 すごいなあ、天才でカリスマ持ちって。

 やっぱりチートだよ、こいつ。


「……はい! あたし、責任を持って、この企画を成功させて見せます!!」

「僕も微力をづぐじ……んん、ゔえるごぉぉぉ! いえ、全力を尽くします!」

「はーいっ! とっても良いお返事ですっ。頑張ろうねー」

 俺がアホ面で口開けている間に、毬萌は一年生コンビに闘魂を注入したのち、実に円滑な役割分担まで済ませてしまった。

 まるで俺の事など忘れているかのようだが、まあ俺と毬萌も長い付き合いだから、言わずとも分かるだろうということか。


「あっ、コウちゃんの事忘れてた!」

 おい、忘れてんのかよ!!

「お前なぁ……。俺ぁ何でもそこそこやれる、ユーティリティープレーヤーだぜ?」

「器用貧乏とも言うよねっ!」

「なんでそんなサラッと酷い方の言葉に言い換えるの!?」

「にははっ、ごめんごめん。じゃあ、コウちゃんは花梨ちゃんのサポートで! 可愛い後輩を助けてあげてー」


 くそ、取って付けたような役職振ってきやがって。

 だが、まあ、俺に出来る事で一番有意義な立ち位置としては間違っていない。

 しかし、やっぱりなんか腹は立つ。

「よし! 花梨! 俺の事をビシバシ使ってくれ! 遠慮はいらねぇぞ!!」

「そ、そんな……。うん、でも、分かりました! じゃあ、お手伝いお願いします!」

「任せとけ」

「生徒のみんなに楽しんでもらえるよう、頑張ろうねっ! わたしは3人の手が回らない仕事を全部引き受けるから。さあ、がんばろー。えいえいっ、おーっ!!」


「「「おー!!!」」」


 紆余曲折あったが、生徒会発足後、最初の大型ミッションがついに始まる。



「すみません、先輩。いきなり校内を連れまわしちゃって」

「いやいや、気にすんなって。やる気があるのは良い事だぜ」

「あはは、ありがとうございます。毬萌先輩に任せてもらって、桐島先輩にお手伝いしてもらえると思ったら、すぐにでも行動したくなっちゃいまして……」

「仕事を自分からやりたいって思うのも一つの才能だと思うぞ。感心、感心」

 しかし、張り切り過ぎて息切れを起こさせてもいけない。

 今の俺の役目は先輩として、適切にブレーキを踏んでやる事である。


「ちょうど中庭に来たから、一息つこうか。なんか飲もう。先輩が奢ってやるぞ!」

「ええー。そんな、悪いですよー」

「いいって。こんな時に先輩が先輩面できるよう取り計らうのも、良き後輩の仕事だぞ?」

「ふふっ。また、先輩の変なアドバイスが出ましたね。……じゃあ、ごちそうになります!」

 俺はコーラ。

 花梨はコーヒーでちょっとブレイクタイム。


「よっ、副会長! なにサボってんだ?」

 爽やかな声とともに、体操服姿の茂木が現れた。

「人聞きの悪ぃこと言うんじゃないよ。今は休憩中なの。お前もだろ?」

「ああ、部活の中休みだ」

「茂木って何部だったっけ?」

「忘れんなよ。カバディ部だって」

「えっ!? そんな部活ウチにあった!? 嘘だろ、絶対忘れねぇって!」

「作ったんだよ、今年から。そうか、申請書は会長に出したんだったな。まだ部員が4人しかいないから、厳密には同好会だけどな」

「ははあ、意外と言っちゃあ悪いが、思ったより部員がいるな。他に俺の知ってるヤツいる?」

「いるぜ。そろそろ来ると思うんだが……」


 ドタドタと、ダチョウのように落ち着きのない足音が聞こえたかと思うと、ちゃんと落ち着きのない野郎が顔を出した。

「ヒュー! まだ日が高いってのに、美少女とお茶かい? そのまま太陽を沈めちまわないでくれよ? ヒュー!」

「お前かよ……」

 その正体は高橋であった。誰も気にしちゃいないだろう。

 だが、ひとり置いてきぼりを喰らっている花梨に紹介くらいはすべきだろう。


「えーっとな、花梨。この爽やかで人畜無害そうなえせイケメンが茂木。こっちのうるせぇのが高橋だ」

「ヒュー! 公平ちゃんは、コーラ飲んでる甘ちゃんなのに、口はビターで困っちまうぜ! ヒュー! よろしくな、ストロベリーガール?」



 ——そろそろデスノートにこいつの名前書こうかな。



「あたしは生徒会書記の、冴木花梨と言います。よろしくお願いします、茂木先輩。高橋先輩。いつも桐島先輩にはお世話になってます!」

「これはご丁寧に。いい子じゃないか、桐島」

「ヒュー! 美少女生徒会長に飽き足らず、こんなキュートなベイビーとまでヨロシクしちまうなんて、公平ちゃんにはママの作ったチェリーパイは食わせてやれねぇぜ? ヒュー!」

「ああ、うるせぇ、うるせぇ! うちの可愛い後輩を変な目で見るんじゃねぇ! これから俺たちはまだ仕事があるんだ。もう行こう、花梨。バカが伝染るといけない」

 俺は花梨の手を引いて、バカのいる中庭から離脱することにした。

「あっ、えっ!? は、はい! 失礼します、先輩方!」


 何と言う礼儀正しさか。

 茂木はともかく、バカの高橋に聞かせるには余りに勿体ない。

 その思いが強すぎたためか、俺は少々強めに彼女の手を握っていた。

「おっと、悪ぃな。痛かったか?」

「へっ!? あ、はいぃ! 全然、全然大丈夫です、お気遣いなく! と、とっても温かかったです!!」


 ほら、見て。

 痛みがないか聞いたのに俺の手の温度について答える花梨。

 それ以降もいつも凛としている花梨にしては珍しく、ぽわぁーっとした表情。

 余程アホな上級生とのコンタクトが苦痛だったと見える。

 ふふふ、頼りになるとは言え、まだまだ彼女も一年生だなぁ。

 ならば、しっかり守ってやらねば。

 そんな事を思ってみたりする、俺であった。



 ちなみに花祭学園カバディ部はこの年、全国大会決勝まで勝ち残るのだが、それは別の話。

 そして、それについて語る予定はこれっぽっちもないと断言しておく。

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