第11話 公平、危機一髪
今日も今日とて仕事に追われる我ら生徒会。
レクリエーション企画は未だ道半ばどころかスタート地点から動いておらず、部活動の予算編成もなかなか前に進んでいない。
何故か。
雑務が多すぎる。
本日は美化委員の『校内の照明一斉点検』が行われる。
本来、生徒会長が「問題なし」と決裁したら、その後の作業は美化委員長を筆頭に美化委員会へと引き継がれるのだが、鬼瓦くんがウチから派遣されている。
何故か。
美化委員長が季節外れのインフルエンザにかかり欠席。
更に、副委員長含む美化委員4名に伝染。
総勢11名しかいない組織のほぼ半数が学園にいない。
ならば日を改めれば良いかと思えば、そうもいかない。
何故か。
欠席の原因がインフルエンザによるものだからである。
ただの風邪ならば1日やそこら待つことで何人かは復帰するかもしれない。
しかし、インフルエンザはダメだ。
病床に伏せる彼らの復帰はまだ遠い。
そこでウチの体力自慢、鬼瓦くんに白羽の矢が立った。
おまけに、彼の長身をもってすれば脚立が必要な照明も、踏み台ひとつで手が届く。
優秀な会計が抜けるとこちらの仕事に支障は出るものの、まあ致し方ない。
と、思っていたところ、花梨まで連れて行かれた。
何故か。
鬼瓦くんが美化委員たちに挨拶をした際の出来事である。
彼は緊張すると、ただでさえ威圧感のある声が、誰も望まぬランクアップを遂げる。
そして脅威的な攻撃力を得る事実が最近の研究により判明した。
「こ、この度は、よ、よろじぐお願い……んん、ゔぉるあぁぁ!! ああ、失敬。よろじぐお願いじまず!!」
この挨拶で、美化委員の女子2名と男子1名が倒れた。
「ああ、もう! 先輩、あたしも行ってきますね! ほら、鬼瓦くんもしょんぼりしてないで、早く立って下さい! あなたが怖い人じゃないって、あたしが説明しますから!」
花梨もすっかり鬼瓦くんと打ち解けたなあ、うふふ。と思うものの、俺は俺で現実と対面する必要があった。
話はふりだしへ。
俺たち生徒会は何に追われていたのか。
仕事である。
「と言う訳で、お前が職員室行ってる間に色々あって、鬼瓦くんと花梨が美化委員に行っちまった」
「ありゃりゃ、それは大変だねー。でも、花梨ちゃんと武三くん仲良くなって嬉しいなっ!」
「そこに関しちゃ俺も同意見だが、戦力が半減された今、俺たちもピンチだ。校内新聞の校閲の期限はいつまでだ?」
「んーと。明日だねっ! 明日の朝、新聞部の子たちにデータを渡すんだったよねっ!」
「で、進捗状況は?」
「えとえと、20%くらい?」
「惜しい! 15%だ。これを、俺たち二人で、今日中にさばかないといけない。……さあ、始めるぞ」
「うぇぇぇー? 明日じゃダメなのー?」
話を聞いていなかったのか。
締め切りが明日の朝だって、お前が言ったんだぞ。
疲れてんのか?
駄々こねる毬萌を椅子に座らせて、仕事が始まる。
仕事は言葉にすれば単純明快。
校内新聞に誰かの不利益が生じるような文言や、特定の人物や団体を貶めるような記載、その他使ってはいけない表現などがないかをチェックするのだ。
月の頭にも同じ作業をしているため、慣れたものだろうと思いきや、そうはいかない。
何故か。
4月号の校内新聞でとある箇所を縦読みすると「きょうとうのくそばかやろう」と、隠されたメッセージが浮かび上がると言う、前代未聞のスキャンダルが起きたからである。
それを黙っていれば良いものを、「おいおい、こいつを見てみろよ! ヒュー! とんでもねぇ事が書いてあるぜぇ! ヒュー! おっかねぇ!」と吹聴して回ったヤツがいたのだ。
お前の事だよ、同じクラスの高橋。このクソ馬鹿野郎。
おかげさまで事態は全て教頭の耳に入り、当然の如く逆鱗に触れた。
「新聞部は廃部だ」といきり立つ教頭を、学園長が「まあまあ、面白いからいいじゃないの」と宥めた結果、新聞部に厳重注意、俺たち生徒会には校閲の強化を申し渡される事となった。
俺たち、完全にとばっちりじゃねぇか。
むしろ、諸悪の根源である新聞部よりもペナルティが重いじゃねぇか。
とにかく、まあ、そう言う訳で、慣れない校閲作業を縦読み斜め読みにまで目の玉かっびらいて注意して、現在進行形で眼球を乾燥させているのである。
ああ、目が痛い。
「コウちゃん!」
「なんだ。もしかして、また縦読みか!?」
目頭を押さえながら俺は振り向く。
「疲れ目に悩んでいるあなたを助けましょうっ! 二階から目薬だよー。はい、目を開けて!」
「……何してんの? バカなの?」
「違うよ! 失礼だなぁ! 目薬は適切な高さから眼球に落とすと、そうじゃない時との効果に違いが起きるんだよ! ほら、水滴って落ちた所から波紋状に広がるでしょ? これは英国のシンクタンクが発表した確かな情報なんだよ? だーかーらー、コウちゃんの瞳はわたしが守ったげるのだっ!」
——見上げると、俺の机の上で毬萌が目薬片手に立っていた。
なんてこった、このタイミングでアホの子が発動するなんて。
そうか、今日は朝から昼休み、放課後まで、毬萌は休みなしで働いていたのだった。
アホの子情報その3。
無理をし過ぎると、毬萌は天才のスイッチだけが極めて不安定になる。
「ほらほらぁー、ありがたい目薬だよー。にへへへっ」
うん。もうこれ、天才のスイッチ切れてんな。
「バカやってねぇで降りろ! 危ないだろうが!」
足元には印刷した校内新聞が……。
なんて事を思った時点で、フラグってヤツは勝手に立ってしまうものなのである。
「みゃああっ!?」
「うおっ、おまっ、マジか!? えでぃっしっ」
見事に足を滑らせて、椅子に座っている俺の上に寸分の狂いもなく毬萌が尻から降ってきた。
毬萌は、「にははーっ。ごめんね、コウちゃん」とノーダメージの様子。
まあ、おかげで俺の腰に甚大な衝撃が襲い掛かったが、とりあえず毬萌が無事で良かった。
「ただいま戻りました、先輩方。思ったより早く終わう……ゔぉるあぁおぉぅぅ!!」
いや、良くねぇ!!
「どうしたんですか、鬼瓦くん? 早く入って下さい! あなた体が大きいんですから、そうやって扉の前を塞がれるとあたしが入れないじゃないですか」
見てはならぬものを見た鬼瓦くんは、咆哮して扉をすぐに閉めた。
彼の咄嗟の行動は、2つの幸運をもたらした。
ひとつ。
扉を物理的に遮断してくれているおかげで、今のとんでもない状態が外部に洩れていない。
「あっ、武三くんたち帰ってきたんだねー! おかえりーっ!!」
ふたつ。
毬萌が正気に戻った。鬼瓦くんの咆哮、すげぇ。
「いいから降りろ! そしてスカートを整えろ!!」
「みゃあっ! 痛いなぁ……。コウちゃん、ひどいよぉー」
尻もちをついて文句を言う毬萌。
その口、柔らかい布か何かで蓋してやりたい。
粘着テープ? バカ言うな。
デリケートな女の唇をなんだと思ってやがる。
そこからは早業であった。
素早く毬萌を抱きかかえて自分の席へ座らせると、腰の痛みに耐えながら今度は俺が自分の席へと舞い戻る。
散らかった新聞を拾い集めるのも忘れない。
「ただいまですー! あれ、桐島先輩、なんだか汗かいてません?」
「おう、お帰り! そう、今日は暑いからな! 仕方ないな! 太陽が悪い! 仕方ないな!」
ヒップホップ調の言い訳でどうにか切り抜けた俺と毬萌の大ピンチ。
まったく、とんだ1日だった。
新聞の校閲? ああ、全然間に合わなかったけど?
「きょうとうのくそでぶ」と書かれた縦読みが発覚するのはもう少し後の話。
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