第10話 花梨とソフトボール

 さて、ゴールデンウィークも視界に入り始める四月も下旬。

 我らが生徒会もすっかり馴染んだもので、花梨も鬼瓦くんも生き生きと仕事をしているように見受けられ、働き方改革が叫ばれる昨今において、俺の所属する組織はその観点からも実に優秀と思われた。

 向かうところ敵なしである。


 とは言え、敵はなくとも仕事はあるのが生徒会の辛いところ。

 花祭学園が『生徒の自主性』に重きを置いているおかげで、生徒会を長として、それに連なる各委員会は連日大忙しである。

 直近の大仕事は、以前からやっている生徒会主催のレクリエーションの準備と、こちらも五月の中頃に予定されている部活動予算編成会議のための調整。

 どちらも結構なハードワークだ。

 それに加えて更に仕事があるのだから、もう大変。



「じゃあ、わたしは美化委員さんと打ち合わせしてくるから、あとの事はよろしくね、コウちゃん!」

「おう。……大丈夫か、その荷物の量」

「へーき、へーき! 行ってくるねーっ!」

 顔の辺りまで被さる程の資料の束を抱えて、慌ただしく部屋を飛び出して行った毬萌。

 柱に頭でもぶつけなければ良いのだが。


「さて、それじゃあ俺たちも仕事するか」

「はい! 毬萌先輩の分まで、あたしが頑張りますね!!」

「おっ、頼もしいな、花梨。その調子で頑張って、俺に楽をさせてくれたまえ」

「えー? 桐島先輩も一緒に頑張って下さいよ! ひどいですー」

「はっはっは。……と、俺らは部活動の適正チェックだな。二人も分かってると思うが、一応確認しとく。こういうのは言葉に出してチェックするってのが案外大事だからな。何事も確認はし過ぎて損はしねぇとも言う」


 俺の仕事出来そうな上司オーラがスプラッシュ。

 周囲はマイナスイオンに包まれた。

「要するに、その部活が本年度の想定している部費を貰うに相応しいか否かを、直接目で見て精査する。以上!」

 言うほど確認することがなく、俺の意識だけ高くて仕事はイマイチ上司オーラがスプラッシュ。

 マイナスイオンってマイナスって付いてるのに人体にはプラスってすごいなあ……と、現実から目を背ける事には成功。


「鬼瓦くん、あとよろしく」

 そして部下に丸投げする俺。

 俺だったらこんな上司は嫌なので、我が身を見て我が振り直せと自戒する。

 知らなかったのか、現実からは逃げられない。


「今日視察する部活動は、ソフトボール部とサッカー部です。ソフトボール部は、部員の数が9人と少なく、活動実績がないにも関わらず過剰な部費が計上されている恐れがあります。対して、サッカー部は昨年県大会においてベストエイトの成績を残しましたので、練習の更なる向上のため本年度の予算増額の申請がありました。僕個人の見解ですが、サッカー部の申請は適正だと思います。ですが……」

 鬼瓦くんのセリフを引き取って、俺が締める。

「ソフト部は怪しいってことだな! ってことは、まずはソフト部に行くべきか!」

 鬼瓦くんのセリフでもう締まっているじゃないかと思っても口に出すべきではない。

 真実は時として人を傷つける。


「じゃあ、あたしと先輩でソフト部から見て回りましょう!」

「お願いします。ソフトボール部は女子部員だけですから、僕は生徒会室で待機しています。怖がらせるのも申し訳ないですし」

「いや、そんな卑屈になるなって。でもまあ、生徒会室を空けとくワケにもいかねぇか。じゃあ、鬼瓦くんには留守番を任せる!」

「分かりました。二人とも、お気を付けて」

「はい! じゃあ先輩、行きましょう!」


 この一連のシーン、お前がいなくても成立してね? と思っても、やはり口に出すべきではない。

 大抵の場合、そんな空気の時は本人も察しているからである。

 分かったら返事をしろ、ヘイ、ゴッド。



 結論から言うと、ソフトボール部はクロだった。

 別に不真面目だとか、活動していないとか、そんな後ろ暗い部分が見て取れた訳ではないのだが、部員が8人卒業して抜けたところに新入部員がたったの1人では、さすがに今の部費を維持してやる、と言うのも無理な話。

 もちろん、心情的には頑張って欲しいところ大である。

 が、心情を仕事に持ち込むと公正さを欠く事になるし、他の部にも示しがつかない。


「残念でしたね。やる気はすごく感じられただけに、なんだか申し訳ないです……」

 まるで自分の事のようにソフトボール部を憂う花梨。

「そうは言っても、予算は限られてるからなぁ。いや、花梨の気持ちも痛いほど分かるんだが、こればっかりはなー。まあ、鬼瓦くんの試算通り、ここは3割減ってとこか」

「ですよね……。はあ。これって結構辛いお仕事ですね。では、記録しておきます」



 そう言って、花梨がノートに目を落とした瞬間の出来事であった。

 グラウンドでカキーンと快音が響いたかと思うと、続いて「危ない!」と悲鳴にも似た声がする。

 人は「危ない」と叫ばれると、そちらを振り向くのが習性であり、それは防衛本能と密接な関係があるとも思われたが、その考察をする暇はなかった。

 ソフトボールがグングン俺たちとの距離を縮めていたからである。

 別に部費を下げられた仕返しでもあるまいが、その凶弾は今まさに、無防備な花梨目掛けて襲い掛かろうと牙を剥いていた。


 そんな時でも慌てないのが俺、桐島公平。

 忘れてもらっては困る。

 俺は日々、毬萌のリスクマネジメントを請け負っている男。

 咄嗟の判断において、この俺に並ぶ者は学園広しと言えどもそうはいない。


「きゃっ!? えっ、先輩!?」

 まずは花梨の体を無言で引き寄せる。

 年頃の女子に対してはマナー違反であるが、この場合下手に声を掛けては逆に混乱させて危険が増すので致し方なし。

 これでステップ1は完了。

 そしてなんと、次が最終ステップである。

 簡単お手軽、襲い掛かるボールを後ろ手で受け止めたらば、万事解決。

 このように、スッとさり気なく。



「おっしゃべあぁぁぁぁぁぁひゅぅぅぅぅんっ」



 今のは、背中にボールの直撃を受けた際の、俺の声である。

 人は本当に痛い時、意味不明な言葉を発するものなのだ。

 嘘だと思うなら確かめてもらいたい。

 バッティング役は俺に任せろ。

「せ、先輩、大丈夫ですか!? 桐島先輩!!」

「お、おう、へ、平気、平気。おふぅ。花梨こそ、大丈夫だったか? あひゅん」

「あたしは平気です! 先輩、あたしのために……!」

「い、いや、なに。このくらい、ぜ、全然、よゆーだから。花梨が無事ならそれで、おひゅう」


 俺の頭の中では、イチローばりの背面キャッチでグラウンドのそこかしこから黄色い声を浴びるシミュレーションが出来上がっていたのだが、全く人生とは予測がつかない。

 お前の運動神経くらい予測にいれろよと言う声は聞こえない。

 ラブコメの主人公的難聴をたったいま患った。

 結局、この日は視察を打ち切り、生徒会室へと引き上げることになった。

 ……花梨に肩を借りて。なんと情けない。

 その道すがら、彼女がぽつりと言った。



「先輩」

「なんだろうか? あっ、もしかして俺、くさい?」

「ふふっ。違いますよ。……カッコ良かったです。さっきの先輩。とっても」



 相変わらず、花梨は変わった価値観をお持ちのようだった。

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