第8話 新生徒会、発足

「あっ、桐島先輩! お疲れ様です!」

 生徒会室には花梨しかおらず、彼女は俺を見ると笑顔で出迎えてくれた。

「おう! お疲れ! ……毬萌、いねぇのな」

 俺も顔面を押したらさぞかし活きの良いスマイルが滲み出るくらいの笑顔で挨拶を返し、とりあえず自分の席に座る。



 現在、昼休みである。

 仕事が多いときは昼休みに弁当食べながら生徒会室で作業をする事もあるが、今日は趣が違う。

 毬萌に呼び出されたのだ。

 ヤツは四時限目の終了と同時に「昼休みに生徒会室に集合だよ! お待ちかね、とびっきりの新人くんを連れてくからねー!!」と生徒会ライングループでメッセージを飛ばしたのち、本人もどこかにすっ飛んでいった。

 転んで怪我でもしていないと良いが。

 そんな訳で、俺と花梨は生徒会室でステイ。

 躾の行き届いたラブラドール・レトリバーよろしく、主人の帰りを待つ。

 そして5分経った。


「花梨。飯にしようか」

「えっ? 毬萌先輩を待たなくても良いんですか?」

「いいよ。だって俺、腹減ったもん」

 躾の行き届いたラブラドール・レトリバーだって、こんなに腹が減ったらご飯食べると思うの、俺。

 端的に言うと、すっごく腹減ってんの、俺。


「いつ来るか分からん毬萌を待ってて、結局昼飯食えませんでしたってのが最悪のパターンだからな。ここは、副会長権限を発動する。ご飯、食べて良し!」

「ぷっ、あはははっ。何なんですか、それ! 分かりました、あたしも先輩の悪だくみに加担しちゃいます!」

「そうだそうだ、いいぞ! やっぱり食事って大事だぜ? おっ、花梨は昼飯パン派なのか」

「あ、いえ、決めてるワケじゃないんですけど。今日はパンの気分だったんです」

「あー、分かる。そういう日ってあるよなー。無性に焼きそばパンとミルクコーヒーの口になる日あるわ。花梨はグリコのカフェオレかー。王道だが、安定感ハンパないよな、それ」

「はい。これ、ちっちゃい頃からずっと好きなんですよー。コーヒーが飲めるようになったのは中学生になってからなんですけど、それでもたまに買っちゃうんです」


 そう言って、花梨はカフェオレをゴクリ。

 その後、歯を見せてニッコリ。

 グリコの社員の人が見たらCM起用されるのではないかと思うくらい可愛らしい表情だが、ウチの大切な書記はやれんぞ。

 大人しくグリコの本社に帰るが良い。


「実は俺、普通のコーヒー飲めねぇんだよ」

「えー、そうなんですか? 意外です! 先輩、コーヒー片手にお仕事するの似合いそうなのに」

「どうにも苦いのがダメでなぁ。菓子のティラミスってあるだろ? アレくらいでも割とキツイ。胃薬は錠剤じゃないと飲めねぇし、風邪ひいたときに飲む葛根湯はシロップ味のヤツじゃないと飲めん!」

「あはははっ、なんだかカワイイです、先輩! 良いこと聞いちゃいました」

「みんなには内緒にしといてくれ。俺のイメージが崩れる」

「ふふっ、了解です!」

 


 そんな感じで花梨と雑談しながら飯を食っていると、ドドドドと地鳴りのような音が聞こえた。

 そしてそれは扉の前でピタリと止まる。

 次の瞬間、扉がゆっくりと開き、毬萌が登場した。

「お待たせー! こちら、今日から生徒会の会計をやってもらう、鬼瓦武三おにがわらたけぞうくんでっす! 仲良くしたげてねー」

 そして、「毬萌の後ろ、昼間なのに随分暗いなあ」と思っていたら、その背景がズズスッと動いて、小柄な生徒会長の姿を隠して見せた。

 イリュージョン。


「どうも、はじめまして。鬼瓦武三と申します。よろじぐおでが……んん、ゔぉぉん! 失敬しました。よろしくお願いします」

 俺にはよく分からなかったのだが、鬼瓦くんのインパクトはそれはもう大きかった様で、その証拠に正面にいた花梨が口に含んだばかりのグリコのカフェオレを盛大に噴き出していた。

 その凄惨な現場の中継は差し控えることとする。

 可愛い後輩の名誉のためである。



「あーあー、大丈夫か、花梨? ほら、これハンカチ。俺ので悪ぃけど」

「……けほっけほ。す、すみません。お借り……しま……けほっ」

「あの、よろしければ僕のハンカチもどうぞ?」

「ひぃいっ」

 鬼瓦くんの差し出したピンク色のハンカチを見て、続いて鬼瓦くんの顔面を見て、花梨が慄いた。


 まあ、確かに低くて渋い声だ。

 船の警笛を想起させられる。

 顔も彫りが深くて、ちょっと控えめな鬼神みたいな造りをしている。

 とは言え、個性的の範疇だと俺は思うのだが。


「おっ、可愛いハンカチだな。つーか、鬼瓦くん、腕太いなー。と言うか全体的に逞しいし、なんかスポーツやってんの?」

「よくぞ聞いてくれましたっ! 武三くんの家はね、洋菓子屋さんなんだよ! しかも人気の! パティスリー・リトルラビットって知らない? もうね、売ってるもの、ぜーんぶ美味しいの! わたし思うんだけど、死後の世界があるとしたら、天国ってあんなとこだと思うっ!」

「なんで毬萌が得意げに答えてんだよ。俺は鬼瓦くんに聞いてんの。あと勝手に鬼瓦くんの実家を天国にすんな。死者で連日大繁盛の洋菓子屋とか、嫌過ぎんだろうが」


 なるほど、行きつけの店で鬼瓦くんに目を付けたのか、毬萌のヤツ。得心。

「あのぉ、会長。副会長……」

 身長180は余裕で越えているであろう鬼瓦くんが肩をすぼめて、声も抑えて俺と毬萌を見る。

 顔もどことなくしょんぼりとしている。

 鬼神しょんぼり。

「僕、こんな外見でこんな声なもので、その、何と言うか、生徒会みたいな華やかな場所にそぐわないと思うんです。今だって、冴木さんを驚かせてしまいましたし」


 何を言うのかと思えば、そんな事か。


「まー、なんつーか、人には得手があれば不得手もあるから、そこんとこの相性は仕方ない。が、俺ぁ別に君が生徒会に相応しくないとは思わんぞ? 外見? 声? そんなもん、俺を見てみろ。鍛えてるのに貧弱なボディ。誰の印象にも残らん声。こんな俺が副会長なんだから、むしろ個性を前面に出して行こうぜ?」

「おおーっ、コウちゃん、語るねーっ! 語っちゃうねーっ!! いいぞいいぞ、もっと言えー」

「うっせぇな、毬萌。……まあ、とにかくだ、俺は歓迎するぜ、鬼瓦くん!」

「うんっ! わたしも大歓迎だよっ! って、スカウトしたのわたしかー。にははっ」

「それに、花梨もそのうち慣れるだろうし、もし慣れなきゃそん時対策を……おっ?」

 とてもお見せできない姿だった花梨が、いつもの花梨になって俺の肩をトントン。


「あたし、とても失礼なことをしてしまいました。鬼瓦くん、ごめんなさい! 人を見た目で判断するなんて、最低でした!! えっと、その、よろしくお願いします!!」

 今度は俺が鬼瓦くんの肩をポンと叩く。

 ……あれ、ちょっとごめん。

 座ったままじゃ手が届かん。

 仕方ないので立ち上がり軽くジャンプしてポンと叩く。


「ほらな? 世の中、意外とマイルドに出来てんだぜ? さっき花梨が噴き出した、、な?」

 こうしてついに、満を持して、花祭学園新生徒会の発足と相成った訳なのであった。





「……コウちゃん。サイテー。花梨ちゃんだって酷い目に遭ったのに、何上手い事言おうとしてるの? わたしはちょっと、今の言動を看過できないぞっ!」

「ひ、ひどいですぅ、先輩……」

「ああ、僕のせいでまたいらぬ諍いが! もうじわげご……んん、ゔぁぁう! 失敬。申し訳ございません!!」



 ねえ、何でキレイに締めたのに、みんなして俺を非難するの?

 俺が悪いの? 結構良い事たくさん喋ったと思うんだけど?



 ……はい。なんて言うか、すみませんでした。

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