第6話 花梨と生徒会
入学式から一週間が経ち、桜の花もすっかり散ってしまった。
しかし、学園内に目を移せば、希望の花咲く新入生たち。
俺たち生徒会の仕事は、その花が萎れないようサポートする事であるからして、既に通り過ぎた桜前線に後ろ髪引かれているようではいかん。
常に前を見るべきである。
それでもまだ引かれるのなら、後ろ髪くらいくれてやれ。
とは言え、我らが生徒会長様は職員室へ出張中。
残された俺は、地味な事務仕事を片付けるのみ。
だが、独りでこなす事務仕事は味気ない。
誰か話し相手でも居ないかしらと思うも、生徒会は二人しかいないので、居るはずもない。
そんな俺の願いが神に通じたのかは知らんが、生徒会室の扉がノックされた。
「はいはい、どうぞー。開いてますよ」
大方、新一年生の道案内の依頼だろうと俺は当たりを付けた。
先ほどの来客も、その前の来客もそうだったからである。
結論から言えば、ノックの主は確かに一年生だった。
そこだけ当たったとも言える。
「失礼します!」
付言すると、その主は女子であった。
凛とした佇まいにはきはきとした声、伸びた背筋。
しかも美少女であった。
毬萌も美少女のカテゴリーに入れてやっても良いが、あいつはモフッとしている反面、こちらの彼女はキリッとしている。
極めつけは姿勢の良さから強調される一年生にしては存在感のある胸部。
って待て待て、俺はどこを見ている!
「えええええんっ!!」
「ひゃあっ!? ご、ごめんなさい!?」
俺は頭に湧いた煩悩を退散させるべく気合を入れた。
そしてそれには成功したのだが、その気合で一年生の彼女を驚かせることにも成功していた。
バカなのかな、俺は。
「あ、ああ、これは失礼。……あれ? 君は、確か、冴木さん? 新入生総代の……だよね? そうだそうだ、間違いない」
「……っ! はいっ! そうです!! あたし、一年の
「いや、そりゃ知ってるよ。入試トップだったんだよね? 凄いじゃないか」
「入試で一番だったとか、どうでも良いんです! あたしは桐島先輩に知っててもらえた事の方が、何倍も嬉しいです!!」
何と言うか、変わった価値観をお持ちのようだ。
「……あー! そうか、今日だったのか、冴木さんに来てもらうの!」
壁に張り付いているカレンダーを見たら、しっかりと「新役員
俺は重ねて失礼を詫びるとともに、「まあまあお座りなさいよ」と、彼女をソファーにお招きした。
「あっ、はい! 失礼します!」
さて、次はお茶だな。
買い置きの紅茶がある。
そして、茶菓子。
買い置きの最中がある。
紅茶と最中の相性に一抹の不安があったものの、これらを買い置いた者を責める訳にもいかない。
だって、それ俺だからね。
ほら、最中って美味しいじゃない?
「あたしのためにお茶を……! 光栄です!! あ、いい匂い……。これ、すごい良い紅茶なんじゃないですか? そんな、ダメですよ、あたしなんかのために!」
スーパーのタイムセールにて200円とちょっとで買ったのよと言い出しづらい空気になってしまった。
「ああ、うん。まあそんな緊張しないで大丈夫だよ。相手は俺だし」
「何を言うんですか! 桐島先輩は凄く良い人ですし、尊敬しています! それに、淹れて下さったお茶も美味しいです。先輩はお茶にも精通しておられるんですね!!」
なんか知らんが、えらい褒められっぷりである。
俺を良い人と断定している辺りの事情とかがいまひとつ掴めないが、こんな可愛い後輩に褒められたらば、そりゃもう、悪い気はしない。
「まあまあ最中もお食べなさいよ」と勧める。
「ごめんね、今、毬萌はちょっと席外してて。……ああ、生徒会長ね。多分、入学式で見てると思うけど」
「いえ、あたしは桐島先輩と二人っきりで全然大丈夫ですから! むしろ、嬉しいと言うか……えへへ」
「あっ、そう? でも俺、面白い話とかそんなに引き出しないよ?」
「いえいえ、先輩はそこに座っていて下さるだけで、もう、あたしは充分です!」
なんか知らんが、えらい奉りっぷりである。
入学以来、こんなに女子からよく分からんリスペクトを受けたことはない。
俺、知らないうちに即身仏にでもなったのかな?
……最中のおかわりでも用意するか。
そしてとっておきの話も俺の心の引き出しから出しておこう。
こんなにウキウキしている彼女であるからして、ここは俺もとっておきの話でおもてなしするのが男として、先輩としての役目であると確信する。
ふふふ、彼女の喜ぶ顔が目に浮かぶ。とっておきだからな、ふふふ。
それから30分ほどして、毬萌が帰ってきた。
「あーっ! 花梨ちゃん、もう来てたんだ! ごめんねっ、せっかく来てくれたのに待たせちゃって。コウちゃん、ちゃんと花梨ちゃんのお相手してくれてた?」
ふっ、愚問だな。
「俺を見くびるなよ? 今もカモノハシはオスだけが毒爪を持ってるって話で盛り上がってたとこだぜ。ちなみに、メスの爪は成長とともになくなっちまうんだって話のとこでお前が帰って来やがった。まったく、良いところだったのに」
「えっ。……ご、ごめんね、花梨ちゃん? わたしがモタモタしてる間に変なトリビアを!」
「いえいえ、お気になさらずに。とっても楽しいお話でしたよ?」
「そっかぁ。それなら良かったよぉー」
「はい。ぜひ、また桐島先輩のお話聞きたいです!」
毬萌のヤツ、俺の話を愚にも付かぬトリビアだと抜かしやがって。
彼女を見ろ。
この満足気な顔。お前には、こういう素直さが足りんのだ。
「次はオオサンショウウオの生態について語り合おうな、冴木さん!」
「はい! ……でも、次はもっとプライベートなお話も聞きたいです。できれば、先輩のお話とかがいいかなって。好きな食べ物とか、どんな音楽を聴くのかとか! あっ、違うんです、別にカモノハシとかオオサンショウウオが嫌な訳じゃなくてですね。生まれてから気にもした事がない分野のお話でしたし。あっ」
……誰も何も言うな。神よ、お前もだ。
俺にだって空気の関知器官くらい標準装備されている。
「じゃあ、花梨ちゃん! これ、書記のバッジと腕章! これで正式に任命ってことになるからねっ! まだ学園生活にも慣れてないだろうから、無理のないように頑張ろうっ!」
「はい! 謹んで、お受けします!」
パチパチと拍手する俺と毬萌。
「ようこそ、花祭学園生徒会へ。よろしく、冴木さん」
「はい! あっ、一つお願いしてもいいですか?」
「おう。俺にできる事なら何なりと。お役に立てると良いが」
ニッコリと笑った彼女は、言う。
「あたしの事は呼び捨てで呼んでください! あと、花梨って、名前で呼んでくれると嬉しいです! 神野先輩を呼ぶみたいに!!」
「それはとっても良いことだねっ! やっぱり生徒会役員同士は仲良しさんじゃなくっちゃ。わたしの事も毬萌でいいよー、花梨ちゃん」
「はい、よろしくお願いします、毬萌先輩! 桐島先輩!!」
「そうだな、これから頑張っていこうな、花梨」
「えへへ。……はい!!」
こうして、生徒会の仲間に花梨が加わったのであった。
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