第2話 毬萌とスピーチ

 花祭はなまつり学園。

 俺と毬萌まりもが通う高校の名前である。

 創立は明治初期に遡ったり、卒業生には各界の有名著名人が多く輩出されていたり、東大、京大をはじめ有名大学への進学率が県内トップクラス。

 ……なんてことはない、平凡な高校である。

 名前がほんわかぱっぱしているくらいしか特徴もない。

 凡人の俺が通うには分相応であるが、天才の毬萌が通うには分不相応である。

「桜の季節も終わりだねっ!」

「そうだな」

「でもちょっとだけ残ってる花びらが舞ってるよ! ゆっくり見たいなっ!」

「そうだな」

「むー。なんかコウちゃん冷たくない?」

 冷たくもなるさ。

 だって、全ての責任はお前にあるから。



 ——お前がいつまでも『とくダネ!』の小倉さん見てたせいで遅刻寸前だからな!!



 別に俺だって舞い散る桜に風情を感じたりする感性は持っているし、何なら緑茶でも買って公園で眺めていたい。

 でもそれは許されない。

 何故か。

 本日は花祭高校の入学式が執り行われる訳であり、そこで在校生代表として挨拶するのが当代の生徒会長の仕事であり、その準備のために最低でも8時までには生徒会室に到着しておく必要がある訳である。


 そこで思い出してほしい。

 小倉さんが「おはようございまーす」と挨拶するのは何時のことでしょうか。

 そうとも、8時である。

「平気だってば。挨拶って言っても10分くらいだよ? そのくらいアドリブで大丈夫だよぉー。……あとあと、それ重たいでしょ? わたし自分で持つよー?」


 現在俺たちは全力疾走している。

 毬萌の荷物を俺が持ってやっていることを差し引いても、息ひとつ乱さず、あまつさえ俺に向かって文句を垂れている新生徒会長。

 どうしたら全力疾走の最中にそんなに長いセリフを吐けるのか。

 肺活量まで規格外とか、もうそれチートじゃねぇか。


「お前な! 人が10分スピーチすんのに! どんだけ事前準備! すると思ってんだぁ!! それからぁ! 女が男にぃ! 荷物持たせんのは普通だからぁ! 気に、すんなぁぁっ!!」

 ほら、このハアハア言いながら文節が異常に短く発音も乱暴な俺のセリフを聞くと良い。

 普通は人が全力疾走中に長いセリフを吐こうとするとこうなるし、最悪食べたばかりの朝食すらも吐きそうになる。

 そして、そこを紳士らしく堪える俺にこそチート能力を授けるべきではないのか、ヘイ、ゴッド。


「んー。そだねぇー。準備。準備かぁー。んんーっ。……5分くらい?」

「言ったな! お前ぇぇっ! じゃあ、ぜってぇ5分で準備しろよ!? ぜってぇだかんな!?」

 現在、生徒会には会長の毬萌と副会長の俺、二年生2名しか在籍していない。

 学園の慣例とやらで、新一年生の成績優秀者がメンバーに加わる予定だからだ。

 大量の汗をかきながら、やっとこさ校門を通過する。

 もう入学式が始まるまで8分しかない。

 8分だぞ。

 ドラえもんすら1話見られるかどうか微妙なライン。

「ほらほらっ、ちゃんと間に合ったでしょ!?」

 得意げな毬萌。

 開場には、辛うじて間に合ったな。


「……はあ、へえ、お、お前、この後、もう、はあ、すぐに体育館に、おふぅ、入らねぇと」

「分かってるってばぁー。あっ、制服のリボンがズレてるっ!」

 「ズレてんのはお前の常識だ」と叫びたかったが、俺の口は酸素を吸って二酸化炭素を吐き出すのに忙しく、それどころではなかった。

 いいさ、もう、いっそ入学式で大恥でもかくと良い!

 少しは懲りるだろう!!



「と言う訳で、皆さん、花祭学園へようこそいらっしゃいました! 私たちはこれから同じ校舎で勉学を共にすることになります。分からないこともあると思います。不安なこともあると思います。そんな時は、先輩を頼って下さい。一人で問題を抱え込むなんて、それは絶対してはいけません! えー、気軽に先輩に話しかけられないよーって人は、ぜひ生徒会室へ! 私、生徒会長の神野毬萌と頼りになる役員が、皆さんの学園生活を精一杯サポートします! 最後にもう一度、ご入学おめでとうございますっ!!」



 ——この天才がぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁっ!!



 何と言う完璧な挨拶。

 万雷の拍手が毬萌に贈られている。

 確かに、素晴らしい挨拶だった。

 それは認めよう。

 でも、釈然としない。

「にひひっ、見たか、コウちゃん!」

 小声で俺に向かって囁き、ピースサインを見せる毬萌。


 なに? 俺は今どこにいるのかって? ステージの真ん中にある講壇の中だけど?

 言っとくけど、別に毬萌がミスった時にフォローしようとかそういうのじゃねぇから。

 副会長としての責務を果たしているだけだから。

 変な誤解とかしないで欲しい。

「じゃあ、コウちゃん、後でね!」

「おう」

 拍手に手を振って応えながら立ち去る毬萌。

 ステージの上にある講壇の中にいる俺。

 


 ところで誰か教えて欲しいんだけど、俺、いつここから出たら良い?

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