第一部

第1話 天才とアホの子はうっすい紙一重

 俺には幼馴染の女子がいる。

 幼稚園から現在の高校に至るまで、そいつとはずっと同じ学び舎で過ごしてきた。

 もはや幼馴染と言うよりも、腐れ縁と言うか、呪いの装備みたいなものである。

 彼女の名前は神野毬萌かみのまりも

 神とマリモが一人の名前に同居している小さな奇跡。

 そして、名は体を表すが如く、彼女は神童と呼ばれるに相応しい能力を有していた。

 幼稚園の頃から怪しいとは思っていたのだ。

 大人だって苦戦する知恵の輪を20秒で分解したかと思えば、ルービックキューブを誰も元の形に戻せないように組み替えて見せた。

「ルービックキューブはそういう遊び方をするものじゃない」と俺は彼女に指摘した。

 思えば、そこが始まりだったのかもしれない。

 

 

 ——彼女、神野毬萌は紛れもない天才だった。

 

 

 小学校に通い始めた頃には憂鬱と薔薇の漢字をマスターしており、中学生になった記念に新しい小惑星を発見し、高校の入学式に向かう途中で遭遇した密室殺人のトリックを看破し、犯人逮捕に協力して見せた。

 通学中に密室の謎を解くな。


 この頃になると、神とマリモが同居しているのではなく、神はマリモなのだと俺は思っていた。超絶ダイナミックな奇跡。

 だが、毬萌にも欠点があった。

 天才が故の欠点である。


 『馬鹿と天才は紙一重』と言うが、彼女の場合はその紙が薄い。

 薄すぎて向こうが見える程ぺらっべらな紙が仕切りに使われているらしかった。

 ベテラン板前のかつらむきとどちらが薄いだろうか。

 端的に言おう。



 ——彼女、神野毬萌は天才である。が、同時にすごいアホの子なのだ。



 そして漸く名乗れる、俺の名前。

 桐島公平きりしまこうへいと言う、ごくありふれた名前の、少しばかり勉強のできる男である。

 何か付記するのならば、『何故か毬萌が俺の前だけでアホの子になる』と言う、訳の分からん十字架を背負わされた男でもある。

 俺は前世で何か大罪を犯したのか。

 まあ、詳しい自己紹介なんぞの話はそのうちするとして、まずは神野毬萌が如何にアホの子なのか、ひとまず日常の1ページをご覧いただきたい。



「助けて、コウちゃん!」

 時刻は午後7時。

 お腹が空腹を訴え大合唱を始める頃合いである。

 晩御飯のハンバーグの焼ける音にウキウキしていたところ、俺のスマホがヒョロンと鳴った。

 メッセージの主は当然、毬萌からであった。

「なんだ、どうした。宇宙人にでも攫われたのか」

 どうせしょうもない事だろう。

 そう思い、適当にあしらう。

 数十秒ののち、スマホがヒョロンヒョロンと連呼する。

 壊れたのか。

「リストバンドってあるじゃん!」

「あれって本当に手首にしか使えないのかなと思って!」

「頭にはめてみたら!」

「取れなくなったぁー! 助けてぇー! このままじゃ死んじゃうよぉー!!」



 ——ハンバーグが遠くに走り去る幻影を見た気がした。



 アホの子情報その1。

 人よりも知能が高いせいか、毬萌は好奇心に勝てない。

「……待ってろ。すぐ行く」

 そしてそんなアホの子を放っておけないのが、この俺である。

 助けを求められると断れない性分で、そのせいなのか、いつの頃からか、毬萌がアホな事をやらかすと、9割9分俺に助けを求めるようになってしまった。

 彼女の家は自転車に乗れば5分で着く。


 おばさんに軽く挨拶をして毬萌の部屋に向かうと、

「コウちゃーん! 助けてぇ! このままじゃ、三蔵法師にお仕置きされる孫悟空みたく、頭が爆発するー!!」

「ぬおっ!? ばっ、お前、抱きつくな!!」

「だってぇー! 今生の別れになるかもしれないしぃー!! わたし、コウちゃんの事忘れないからねぇぇーっ!!」

 アホの子が制服姿で頭をリストバンドによって圧縮されている最中だった。

 そして、そのまま俺に向かってタックルして来やがった。


「なんでそんな事になったんだよ!」

「リストバンドの強度と伸縮性を考えると、わたしの頭くらいならギリギリはまると思ったんだよぉ! それで、はまったんだけどぉー! 取れなくなったのぉーっ!!」

「はああぁぁ、お前なぁ。……ちょっと待ってろ」

 もはや見慣れた部屋をサーチ。するとハサミを発見。

 そいつを持って、毬萌に近づく。

「みゃーっ! 待って、待ってぇ! 怖い、怖い! 絶対痛くしないでよ!?」

「……俺はお前の発想の方が100倍怖いよ」


 その後、毬萌は彼女の言うところである三蔵法師のお仕置きから解放された。

 三蔵法師も汚名を着せられさぞやご立腹であろう。

「うぅーっ! 危なかったよぉー、怖かったよぉー。でも、助かったよぉー!」

「おーおー、良かったな。じゃあ、俺は帰るから。腹減ってんだよ、マジで。……おふぅっ!?」

 再び背後から毬萌が抱きついてきた。

 悪質タックルか。

 そして上目遣いで言うのである。

「ふふっ、ありがとっ! コウちゃんっ!」



 ——ちくしょう。笑顔だけは可愛いなあ、おい!



 言っとくが、別に俺は毬萌に惚れちゃいないぞ。

 アホな柴犬が見せる笑顔って可愛いだろ?

 つまりはそういう事だ。


 さて、ここから始まる話は、別に壮大なものでもなければ、感動的なものでもない。

 これは、天才のくせにスキだらけで、おまけにアホの子である毬萌と、それを必死にフォローする凡人である俺の物語。

 その開幕のイントロダクション。

 最後に一言。



 こいつ、これでこの春から高校の生徒会長するんだぜ? 嘘みたいだろ?

 嘘であってほしい事ほど、世の中嘘じゃないのが悲しいかな現実なのである。

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