これは死んだあなたに贈るラブレターです
東西南北美宏
死んだあなたに恋を伝えたい
教室の後ろの方で、クラスの上位グループのやつらが楽しそうに話をしている。
「昨日のドラマ観た?」
「観た観た〜。 昨日は泣けたよね〜」
「マジやばかった! 私もあんな告白されてみたいよ」
そんな大声で話さなくてもお前らの距離なら聞こえるだろ。四つも離れた席の私にまで聞こえてるぞ。私はうるさいのは苦手だ。
「今日もあの人たちは元気がいいね! 楽しそうだねぇ」
春のたんぽぽのような笑顔を浮かべて私にそう言ってくるのは、隣の席の雪。名前に似合わないあったかくて優しい人間だ。
「楽しそう? あいつらが? そんなわけないだろう。毎日群れて騒いで、仲良しグループ作ってるけど、裏じゃそれぞれの悪口言ってるような人たちだぞ」
雪はこんな風にひねくれた私に、いつも話しかけてくる。雪とは幼稚園の頃からの幼馴染だから、もう七年の付き合いになるが、昔からこの男は優しく私の隣に立ってくれる。
「さくちゃんは厳しいね〜。目の前に本人がいる時だけかもしれないけど、その人と仲良くできるのは大切なことだよ?」
「そんなのめんどうなだけだろ。本音で喋れる友だちが一人いてくれれば、私はそれで良い。……あとさくちゃんと呼ぶな。桜って名前、私が気に入ってないの知ってるだろ」
「えー、さくちゃんって名前かわいいのに。
結局、雪はいつも通りに、さくちゃん、と呼ぶのだ。お決まりのやりとり、というものだ。
「じゃあまた明日ね、さくちゃん!」
そう言って、雪はふにゃふにゃと右手を振って、バイバイ、と教室から出ていった。
私もそろそろ帰るかな。
部活なんぞしてない私たちは、放課後になるとやることがない。適当に帰りたい時間に帰る。それまでは話したい時に話す。そんな毎日だ。
グラウンドで短い距離を何度も全力疾走している、一体なんの意味があるのかわからない行為に一生懸命になっている少年少女を横目に、私は自分の自転車に乗る。
私はそんなことに頑張りたくない。帰って一人で好きなことをしたい。それが有意義な時間な使い方だ。
私は少女になんかならない。私は子どもから、女になるのだ。それもとびきりひねくれた女に。
そのためには世の少年少女が憧れることから避けなければならない。
例えば深夜に近所のラーメン屋さんに行くこと。例えばコンビニでちょっと高いアーモンドチョコレートを買うこと。
例えば、クラスの少女が楽しげに話していたドラマの中のような、恋。
今、家族を除いて唯一と言っていい交友のある雪であっても恋愛の対象ではない。あいつは、そんな陳腐な感情で説明できない、ただ一人だけの存在なのだ。親友……盟友……そういう人間である。
もし、雪が私と一緒に、少年にならずに男になってくれたなら、私と一生を共にするのはあいつしかいないだろう。
私たちに青春はいらない。
家に帰ると妹が、楽しげな様子で母に何かを報告していた。
「それで、りょうくんってば、ゴール決めたの! それも2回も! だから付き合ってあげようかなって!」
やけに興奮している。よくよく話を聞くと、クラスメイトの男子が、今日のサッカーの試合でゴールを決めたら付き合ってほしい、と告白してきていたらしい。妹はそれを承諾し、そしてその男子は見事ゴールを決めたのだと。
それを受けた時点で両想いであることは分かっていたはずなのに、なぜいらない手間を取ったのか分からない。
妹は私の妹にもかかわらず、しっかり少女になってしまったらしい。
「お姉ちゃんも彼氏作ったら? 顔は可愛いんだからさ」
「そういうのはいらないっていつも言ってるだろう」
「でも、雪おにいちゃんなら良いんじゃないの?」
「あいつはそういうのじゃないってば」
私は強引に会話を切り上げて自室に向かう。
良くないな。今日はやけに恋などという不要なものに触れている。
カバンからスマホを取り出し充電器に繋ぐ。差込口に充電器の先を差すと、画面が開かれる。きちんと繋がれたということだ。
と、そのホーム画面に通知が来ているのに気づいた。その通知は、雪からのメッセージだった。
『今から近くの公園に来れない??』
十五分ほど前に送られたそのメッセージはまだ温かい。私は了解のメッセージと共に出かける準備をした。
母と妹に少し出てくることを伝え自転車に乗る。ここから公園までは五分もかからないくらいだ。
そのメッセージに嫌な予感がした。
今日は恋愛について考えていたからだろう、その一つのメッセージすら恋愛に関連するのではないのかと、恋愛感情を抱かなかったのは私だけで、雪は私を置いて少年になったのではないかと、そういう予感がしていた。
もちろん、そんな可能性は低いだろう。私は常々恋愛忌避な言葉を雪に伝えていたのだから。
公園に到着し、自転車を駐輪場に置く。
そう大きくもない公園だ。入り口から公園の向こう側の端が見える程度の。
だから雪が公園の真ん中に立っているのもすぐ分かった。
「やあ、さくちゃん」
「急に呼び出してどうしたんだ? あとその呼び方はやめてくれ」
「急に……そうだねぇ、急にごめん」
「謝らなくていい。私と雪の仲なんだから。困りごとか?」
雪は真っ直ぐにこちらを見つめてくる。
辺りはすでに日が落ちて暗くなっていた。
「困りごと、って訳じゃないんだけど……さくちゃんは僕が急にここであなたに告白をしたら怒る?」
「告白、というのを交際を申し込むということならば怒りはしない。ただ悲しいだろう」
「そっかぁ」
その言葉の後、雪はうつむいてしまった。先ほどまでこちらに向けていた眼差しを伺うことはもうできない。
どうも悪い予感は正しかったらしい。
雪は、少年になる。私はまだ子どもだ。まだ、女にはなれない。
私は雪に近づく。その距離は、手を伸ばせばもうすぐ届いてしまうくらい。
「雪。今のは告白と捉えていいのか? それともただのかくに……」
私の言葉が最後まで紡がれることはなかった。
なぜなら私の腹部に、子どもが、手にすることは到底できなさそうなナイフが突き刺さっていたからだ。
「さくちゃん、僕はさくちゃんのことが好きだったんだよ。でも最近のさくちゃんは少女になりかけていた。恋愛に興味を抱き始めていたように見えた。少女になったあなたを見たくない。だからここで、子どものままで止めたんだ」
雪はポケットから手紙を取り出した。
「これ、天国で読んでね」
雪は少年だった。少年の時間をできる限り短くして、私に合わせて男になったのだ。
ああ、私は女になれたらしい。
これは死んだあなたに贈るラブレターです 東西南北美宏 @mihiro_yomohiro
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