第5話 長時間労働と裁量労働制-長時間働ける環境は善か悪か

 まず、裁量労働制とは、労働時間を実労働時間ではなく一定の時間とみなす制度である。全ての業種に適用されるものではなく、クリエーターや設計者、技術者など、個人の裁量により仕事が可能である職種が対象となっている。

 出退勤の制限がなくなる事により、自分のペースで仕事が完遂できる業種、例えば、ちょっと今日は遅出で出社しようとしても、遅刻扱いにはならず、仕事をきっちりやっていれば問題ない。

 また、自分の仕事が早く終われば、早々に帰宅することも可能というのが、この制度のメリットとしてよく言われることである。実労働時間に応じた残業代は発生しないので、「みなし残業代」が支払われる。

 「みなし残業代」とは、各企業がそれぞれ設定するもので、毎月あらかじめ○○時間残業した、とみなして、一定額の残業代を毎月固定で支払うものである。

 一見、非常に良い制度に見えるし、フレックスタイム制とも異なり、コアタイムが無いため、研究開発者、クリエーターの方や、小さいお子さんを持つ女性などは、企業で自分の裁量で働くことのできる業種にとってはありがたい制度であるだろう。

 こう見ると、本当に仕事が好きで、自分の裁量で、今日はここまでやる、昨日は思いのほか捗ったので明日はちょっと休もう、などなど自由が利きそうである。特に集中没頭して、ここで手を止めて帰ってしまったら、翌日の効率が悪くなる、などという場合は一気に片付けてしまい、長時間労働の場合が効率も、自分自身も良いかもしれない。その分、後日休むことも個人の裁量に任されるからだ。

 しかし、裁量労働制に問題がない訳ではない。むしろ大半の人は、裁量労働制を企業の残業代節約の制度として使われている場合が多い。まず、自分の仕事が、本当に裁量労働制に該当する「専門業務型業種」、「企画業務型業種」であるか、再度確認する必要がある。

 裁量労働制の導入には、労使(会社と労働者≒労働組合)が協定を結ぶ必要がある。私の会社の場合、労使協調路線のオーナー一族企業であるため、労働組合とは名ばかりの、会社の言いなり「御用組合」だ。裁量労働制の導入の際にはかなり揉めたが、御用組合なので強硬採択された。

 例えば研究開発や設計の部署をすべて裁量労働制とすることになったが、その中には、データを入力するだけの者、設計変更で図面を修正するだけの者。その他、クリエイディブな業務とはまるでかけ離れた、自分の裁量で出社時間が決めることなどできない担当メンバーも多々入ることになった。

 まず製造業となると、大概、朝にミーティングで進捗や当日のスケジュール確認、終業時(一般的な定時)には進捗報告、進捗状況や納期によって残業指示。つまり、朝礼や終礼などのミーティングの時間には、職場の全員が居なければならない。つまり、出社時間は何ら今までの業務時間と変わらない、朝一からの出社だ。

 そして、進捗状況の遅れからの残業が付加されることとなる。裁量労働制を活用している企業の平均「みなし残業代」は月に20~40時間残業した、という換算で支払われることが多いようだ。しかし実際は、先に述べたように朝一の出社は必須、進捗が思ったより良く、早く帰りたい(または帰る事が出来る)人がいたとしても、進捗が遅れている人の仕事を、結局はヘルプに入ってやることになる。

 仕事が効率よくできる人ほど恩恵を受けられることができる制度であったはずだが、仕事ができる人ほど、余計に仕事が増える。効率よく仕事をやった人ほどバカを見ることになるのだ。

 法定労働時間については、サブロク協定:労働基準法36条、もあるが、それも労使で合意を得ていれば労働基準監督署が監督・改善処置が不可能な領域となる。つまり、結局は長時間労働の蔓延と、実際のところ出勤時間は決められており、退勤時間(拘束時間)も決められ、残業時間が付加されるが、それ相応の報酬はもらえない。

 私の勤務する会社の場合、私が設計開発者だったころは、月平均120~160時間の残業であったが、支払われるのは「みなし残業代」月30時間分のみあった。一応、上場企業の体裁上、会社も月80時間(過労死ライン)を超える残業者については、産業医診察があるが、血圧を測るだけであり、不眠やメンタル不調を訴えても、産業医からは、「では専門医にかかってみてはいかがですか」、と言われるだけであった。

 会社としては、ただ、「長時間残業者については医師の診察を受けさせております」。という国の指針に対して、法令順守の既成事実を作るだけであったのであろう。こういった話は、私の知人の会社でも聞く話であり、特に古い体質の製造業に多いようだ。

 長時間労働が向いているか向いていないかは、各業界・業種によって様々であろう。昔、耳にした話だが、スタジオジブリは映画作成の時は不眠不休で一気に仕事に集中し、終われば数か月という休みが貰えたという。

 ゲームソフト開発の知人も同じようなことを話していた。良い例として、そのようなクリエイティブかつ納期が見える業界には、裁量労働制は向いているのかもしれない。

 しかし、現実には、納期は見えない、景気に左右される、世界情勢や円相場などに左右される、メーカーにおける裁量労働制の導入については、少なからず働き方改革に逆行した、企業にとっての残業代節約のツールとなっている事もある。

 会社が儲かり、税収が上がる事は、安倍首相率いる現在の日本国においては一見成功に映るかもしれないが、あくまでも儲かっているのは会社であり、末端の労働者の給料が上がる訳ではない。それが、日本人が、日本の景気が良いと感じる人があまりいないという現実に、反映されているのではないだろうか。

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