第4章 ヒブンリークス heaven leaks

第57話 早朝の訪問客 12/1 (sat)

「おはようございます」

「あー、おはよー」


 寝ぼけまなこで階段を下りると、事務所のダイニングでは、すでにふたりが朝食を食べていた。


「早いですね」


 鳴瀬さんにそう言うと、彼女は口の中のパンをコーヒーで流し込んで、「代々木に行って、着替えないといけませんから」と答えた。


 こういう時のために、JDAのロッカーに着替えが1着はおいてあるそうだ。

代々ダン内では制服だしな。


「あれ? 今日もご出勤ですか?」と言うと、「この週末は、どこかのパーティのおかげで休出ですよ?」と、笑いながら突っ込まれた。


 ああそうか、十二月二日に受け渡しって言っちゃったもんな。ただ、日曜で人が少ない方がトラブルになりにくいかなと思っただけなんだが……


「お二人はどうされるんですか?」

「んー、どうすっかなぁ」


 ダイニングのテーブルに腰を下ろすと、すぐに三好が、飲み物とトーストを用意してくれた。


「やることがないなら、まじめに探索して下さい。Dパワーズのみなさんは、最近オーブハンターとか言われてますよ。JDAにも結構な数の紹介依頼が、毎日毎日、届いているそうです」

「え? それ、応対するのイヤですよ!?」


「通常、JDAは、外部の人間を、公開を希望しない探索者に直接つないだりしないので、大丈夫ですよ」

「JDAが仲立ちしないと、お金にならないもんねー」

 

 三好が笑いながら突っ込むと、鳴瀬さんは、平静を装うように、バターとマーマレードが塗られたパンをかじってごまかしていたが、一応図星だ。


「まあ、そういう側面もあります」


 だが、俺は「通常」ってところが怖いなと思った。例外的な措置があり得ると言うことだからだ。


 それに昨今じゃ、三好の顔も売れてきた。

 俺達は別にここへ隠れながら帰ってきている訳じゃないし、オークションを公開した時点であった、電話攻勢だって……

あ、もしかして、電話線って引っこ抜いたままじゃないか?


「いいんですよ。登録のために引いた電話ですし。連絡は携帯ですむでしょ? そっちにも電話が掛かってくるようになったら、片っ端から着拒しますから」

「留守電にしとけば?」

「どうせ聞かないんなら、最初から繋がらない方が面倒がありません。大事な連絡なら、プライベートな番号にきますし」


 そもそもあんな本数を聞いていたら、一日がそれで終わっちゃいますよと憤慨しながら言った。

 俺は、それもそうかと思いながら、鳴瀬さんに注意を促した。


「昨日の件ですけど、碑文の写真資料等を持ち出せるなら、翻訳はここ以外では行わないほうが良いと思います。ここだと一応警備がいますから」

「警備?」

「それについての詳しい話は、また後日。お聞きしたいこともありますし」


 アルスルズの処遇について訊いておきたいのだが、異界言語理解の受け渡しが終わるまではバタバタしそうだからな。


 鳴瀬さんは、首をかしげながらも頷いた。

「わかりました。写真自体は機密でもなんでもありませんから大丈夫です」


「それと、多分目玉になると思われる資料があるので、それだけは、今晩でも明日でも、とにかく早めに翻訳していただきたいんです」

「目玉資料? って、まさか、あのビデオに映っていた……」

「はい。さまよえる館のグリモア。『The book of wanderers』の断章です」


 正式名称を伝えるのは問題ない。何しろ他のアイテムと同様、触れると名称が分かるのだ。The book of wanderers (fragment 1)と。

 だがこれで、内容が実のない前書きだったりしたら拍子抜けだな。


 鳴瀬さんがなにかを言いかけたとき、事務所の呼び鈴が鳴った。


「あ。今朝、某田中さんに連絡をしておきましたから、彼じゃないですか? それにしても早いですけど」


 そう言って、PCのモニタを覗いた三好が驚いたように言った。


「某田中さんと……サイモンさん?」

「なんだ、その組み合わせは?」


 三好に門を開けて貰うと、俺は立ち上がって、玄関へと向かった。


  ◇◇◇◇◇◇◇◇


「おはようございます。早朝からすみません」


 某田中さんが、軽く頭を下げた。


「おはようございます。どうしてお二人がご一緒に?」

「一緒に来たわけではありません。門のところで偶然一緒になっただけです」

「はぁ」


『よう、芳村。例のあれ、落札したのはうちだろ? それでうちのボスから様子を見にいけと言われてね』

『なんのことだかわかりませんが、オークションの件なら受け渡しは明日だと聞いていますよ』

『そりゃそうだろうが……』


『失礼』と、そこで某田中さんが割り込んで来た。


『こちらの用は喫緊きっきんでね。そちらは後にして貰えるかな』

『お、おう。悪かったな』


 某田中さんは、時々なんだか凄く圧力?を感じることがある人だ。見た目は何処にでもいそうなオジサンなんだけれど。


「三好、裏で田中さんにお渡しして」

「了解でーす」


「じゃ、そちらから裏にお回り下さい。全部で五名になってますけど、お一人で大丈夫ですか?」

「では、車を裏に回しても?」


 門のところに止まっている大型のワゴンを目で示しながらそう言った。


「どうぞ」


 それを聞いた彼は、ワゴンに合図をすると、家の裏手へと導いていった。


『なんだか妙に迫力のある男だな。一体誰なんだ?』

『知りません』

『なんだって?』

『政府の偉い人っぽいですが……詳しいことは』

『相変わらず脇の甘いヤツラだなぁ……』

『日本人は平和ボケしてますから』

『それにしちゃ、なんだかやばそうな雰囲気がビンビンするんだが……』


 サイモンは家のまわりの植え込みあたりを見回してそう言った。

流石はトップエクスプローラー、勘も鋭い。


『気のせいじゃないですか? それで今日は、ただ様子を見に来ただけ?』

『いや、明日のための護衛ってやつかな。なんだかうちの上の方がぴりぴりしててな』


 DAD(Dungeon Attack Department:ダンジョン攻略局)は、大統領直属の組織だ。上って、大統領しかいないんじゃないの?


『上ってプレジデント?』

『ま、そういうことだ。輸送中に横取りされちゃたまらんということだろ』

『輸送もなにも、符丁を見るまで落札者が誰かはわかりませんし、受け渡しだって二十四時間以上先ですから。現在、ここにはなにもありませんよ』


 そう言うとサイモンがじっとこちらを見下ろしてきた。背が高いから、どうしても見下ろされちゃうのだ。


『ま、そう言うことにしておくか。というわけで、今日一日は、まわりでうろうろしてるけれど気にするな』

『はぁ? そういわれても、俺達、出かけますよ?』

『ま、ボディガードだとでも思って無視しとけ』

『ボディガードが襲ってきたりしません?』

『HAHAHA。ナイスジョークだ!』


 バンバンと俺の肩を叩きながらそう言った。

痛い、痛いよ、サイモン君。君のステータスは人類最高レベルなんだから、遠慮しろよ!


『まあ、わかりましたけど……俺達は普通に生活しますから』

『OK。じゃまた後でな』


 サイモンはそう言って引き返していった。

むー。厄介だな。


「今のは、サイモン=ガーシュウィンでは?」

「うわっ」


 いつの間にか、某田中さんがすぐ側に立っていた。気配がないよ、この人。


「吃驚させないで下さいよ。そうです、DADのトップエクスプローラーですよ」

「これは失礼。しかし何故彼が? お知り合いですか?」

「IDを調べれば分かると思いますが、うちがやってるオークションでオーブを落札したことがあるんです。その受け渡しで会ったくらいですよ」


「ほう。また、彼がオーブを都合してきているのかと思いましたよ」

「まさか。それならDADに提出するでしょ。ごまかそうにも、ダンジョン関連アイテムによる金の流れはWDAに完全にオープンになってますからね」

「確かに。もしも、Dパワーズさんからサイモンさん関連へ、金が流れればすぐにわかります」


 何事もないように、さらりと発言されたが、本当に分かるのかよ。おおこわ


「でしょ。それであの5人は?」

「どこかの情報部でしょうが……一体どうやって捕らえたのですか?」

「まあ、油断してるところを、びしっと。ですかね」

「びしっとね。流石探索者さんといったところですか。Gランクとは、とても思えません」


 探るような目つきでそう言われる。


「たまたまですよ、たまたま。というか、うちってガードされているのかと思ってましたけど、そうでもなかったんですね」


 それを聞いて、某田中さんは、ぴくりと眉を上げて「ふむ」とだけ唸った。

え、もしかしてガードしてたとか? でもって、そいつらを全員行動不能にした連中だったとか? やべ、地雷踏んだ?


 そのとき玄関の扉が開いて、鳴瀬さんが出てきた。


「芳村さん、私はこれで。また後で伺います」

「あ、お疲れさまでした」


 鳴瀬さんはそう言うと、田中氏に軽く目礼して門の方へと歩いていった。


「早朝から、JDAの職員が何を?」

「彼女はうちの専任管理監ですから。夕べまでの探索の情報を纏めてらっしゃったみたいですよ」

「ほう。それはそれは。では我々もこれで。また何かありましたらご連絡下さい」

「あ、はい。よろしくお願いします」


 俺はドアの前に立ったまま、彼らのワゴンが門を出て行くのを見送った。


「どの人も、なんというか一筋縄では行かない人ばっかりですねぇ」と三好が顔を覗かせた。

「まったくだ。まわりのビルも、世界中の情報機関だらけに見えてきたぞ」

「おお、ぶるぶる、怖い怖い。狙撃とかされたらどうします?」

「アルスルズで対応できるかな?」


 そう聞いた瞬間、どこからか「ウォン」という返事が聞こえた気がした。


「任せとけ、だそうですよ」


 三好が笑いながら、それを翻訳した。


「心強いねぇ」

「だから、魔結晶よろしく、だそうです」

「おお、ぶるぶる、怖い怖い」


 早めに彼らの好物料理を見つけておかないと、魔結晶を採りに行かされるハメになるな。そしたら、主従が逆転して、アルスルズのサーヴァントになるのも時間の問題だ。買い取りでも始めようかな。


「三好。魔結晶って取引されてるのか?」

「どうでしょう。いかにクリーンなプルトニウムなんて名前が付いていても、まだエネルギーが取り出せたわけじゃないですからね」


 どうやらエネルギーを取り出す速度をうまく制御できないらしい。

取り出し始めると、一瞬で加速して、瞬間的にそのエネルギーを放出してしまうということだ。


「それって、大爆発するってことなんじゃ……」

「ところが、瞬間的に放出されたエネルギーは熱にも光にもならずに別の何かになるらしいです」

「別の何か? なんだそれ。エネルギーじゃないのか?」


 ダンジョン物理学は、意味不明だな。


「宇宙の起源は、エネルギーから素粒子ができたって言いますけどね」

「どんだけの大エネルギーなんだよ」


 俺は苦笑した。


「じゃあ、まだ大きな市場はないわけか。一応相場を調べておいてくれるか?」

「了解です。まさかペットのご褒美にそれを買っているとは、誰も思わないでしょうね」

「まったくだ」


 俺達は笑いながら事務所に引き返した。


 さて、今日はどうするかな。

 俺は、いっそのこと、尾行を引き連れダンジョンに潜って、九層あたりをうろうろしちゃおうかな、などと酷いことを考えていた。

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