第58話 パーティ 12/1 (sat)

 十二月一日。

それは、オーブをゲットするならこの日しかないはずの日だ。


 早朝からイベント盛りだくさんだったこの日、俺は、ダンジョンへと入り、生命探知で紐が付いていることを確認すると、振り切らない程度の速度で九層へと下りて、コロニアルワームエリアへ移動した。

 そこから、全力で移動して彼らを撒くと、しばらくそこで過ごしてから、地上へと足を向けた。


 振り切られた彼らは、九層の上りと下り階段に人を配しているはずだ。

もちろんチェックされているだろうが、気にせずまっすぐ地上へと戻った。

 それは、あたかも九層で目的を達成したかのように見えるだろう。


 各国のエクスプローラー諸氏には、少しだけ苦労して貰おう。

みな高レベルなんだから、9層あたりで怪我をすることはないだろうし、ちょっとした意趣返しってやつだ。


「ただいまー」


 事務所のドアを開けたとたん、顔を僅かに上気させて興奮したような鳴瀬さんが駆け寄ってきた。


「芳村さん! こここ、これ! これっ!!」


 そこには例の館で手に入れた、断章の写しが握られていた。


「どうしました?」

「これ、大変なんです!!」


 鳴瀬さんは、あれから各国の公開データベースにある碑文写真とプロパティ(出現ダンジョンとかフロアとか、採集者とかだ)を可能な限りメモリカードにダウンロードしてきたらしい。

 それからうちの事務所へ来て、翻訳を始めようとした時、三好から、この写しを預かったんだそうだ。


 急ぎと言われていたこともあって、先にそれを翻訳してみたら――


「これ、パーティの組み方について書かれていたんです!」

「パーティって……単に名前とIDを所定の書式にまとめて、JDAに提出するだけじゃ?」

「ちちち、違うんです!」


 そこに書かれていたのは、ダンジョンのシステムとしてのパーティの組み方らしかった。

 そして当然のように、パーティを組んだときの効果についても書かれていた。


 Dカードを利用してパーティを組むと――


・ステータスに+五%の補正がかかる

・メンバーの位置が、離れていてもなんとなくわかる

・メンバーのヘルス(たぶんHPやMPなんかだ)がわかる

・メンバー同士で念話のようなものが使え、意志が意思が伝えられる。距離は二十メートル。

・登録メンバーの経験値分割割合はリーダーが決められる。


――などの特権が与えられると言うことだった。


「二十メートルってなんだと思う? また、なにかの十三番目か?」


 俺が三好にそう言うと、彼女はすぐにPCでそれを調べていた。


「もしそうだとしたら、たぶんハーシャッド数ですね」

「なんだそれ?」

「各桁の数字の和が、元の数の約数になる自然数だそうです。二十なら二+〇=二は、二十の約数になるわけですね。二十は十三番目のハーシャッド数です」


「それに何の意味が?」

 俺は、不思議に思ってそう訊いた。


「インドの数学者が考えた数で、ハーシャッドは、サンスクリット語で『喜びを与える』という意味らしいですよ」

「念話はパーティに喜びを与えるってことか。相も変わらずあざといな」

「いや、あの、突っ込むところは、そこじゃないと思うんですけど……」


 俺達のやりとりを見て、呆れたように鳴瀬さんが言った。


「じゃ、試してみますか」


 そう言って立ち上がると、鳴瀬さんに表を見られないように注意して、Dカードを取り出した。


 パーティを組むには、Dカードが必要だ。

そして、それをメンバーにしたいもののDカードと触れ合わせ、リーダーになるものが「アドミット」と念じる、ただそれだけだった。

 その瞬間、三好との間に、なにか不思議な繋がりが出来たような気がした。


「うまく……いったのかな?」

(いったみたいですよ?)

「うおっ!」


 突然三好から思念による会話が届いて、驚いた俺は、思わず三好を見た後、鳴瀬さんの方を向いて尋ねた。


「今の聞こえましたか?」

「え?『うぉっ!』ってやつですか?」


 どうやらメンバー外には聞こえない仕様のようだ。これは確かに便利かも知れない。


「いえ。どうやら成功しているようです」

「わ、私も試して貰っていいですか?」

「いいですよ」


 そう言って、今度は鳴瀬さんのDカードに触れながら「アドミット」と念じた。


(どうです?)

「わわっ! 今のが念話ですか?」

「のようです」


 その瞬間、鳴瀬さんが少し不安な顔をした。

「え、でも考えていることが全部伝わったりしたら……」


「先輩のエロい考えが筒抜けに!」

「う、嘘つけ! 大体そんなこと、考えてないし! それに三好のお腹空いたって意識も流れてきてないから!」

「何で分かるんですか! やっぱり垂れ流しなのでは……」


(今考えてたこと、伝わりましたか?)

 突然鳴瀬さんにそう聞かれて、おれたちは思わず振り返った。


「「え? いや、なにも」」

「うーん。どうやら、明示的に会話をするつもりになったときだけ送られるみたいですね、これ。すごいなぁ」


 鳴瀬さんが一人で冷静にチェックしていた。

ぐぬぬ、俺達アホみたいじゃないか。


「だけど先輩。これ、なんでコマンドが英語なんでしょうね?」


 そう言われれば確かにそうだ。

 通常Dカードの表示は、ネイティブ言語で行われる。なのにキーワードは大抵英語だし、鑑定した名称にも英語の表記が併記されていた。


「……ダンジョン製作者のオリジナル言語が英語、だとか?」

「そんな馬鹿な」と鳴瀬さんが思わず口にした。ダンジョンを英語ネイティブが作ったとか言ったら、そりゃ正気を疑われるレベルだろう。


「世界一話者が多い言語だからかもしれませんよ?」と三好が言った。


 そのほうが無難だな。だが……


「それだと中国語になるんじゃないか?」

「あー、そうかもしれません」

「そういえば、エリア1ってどこだっけ?」


「西経一一〇-一二〇度なので、ほとんど北米の西の端近くですね。ロスやラスベガス、カナダならカルガリやエドモントンあたりが含まれます」


 さすがはJDA職員。


「なら、そこが震源地だからなのかもしれないぞ?」

「だけど最近、極圏がエリア0とかになってませんでしたっけ?」

「はい。カナダで、イヌイットの男性がエリア0のカードを取得したそうです」

 イヌイットのネイティブ言語は、イヌクティトゥット語だ。じゃあ違うのかな。

「そうなのか。しかしなにか理由がありそうな気がするんだよな……」

「それは今考えても結論がでないと思いますよ」

「まあ、そうだな。って、お前が振ったんだろうが!」

「てへっ」


「あと、最後の経験値分割割合ってなんでしょう?」

「言葉から想像するなら、パーティを組んでいる間に得た経験値を、メンバーに割り振るときその割合を決められると言うことでしょうね」


 パーティを組んでいなければ、貢献度に関係なく均等割だ。さすがにパーティ内でそれは文句が出るかもしれないから、比率を変えられるのか。


「経験値! やっぱりあったんですね! それにステータスも!」


 ダンジョンの効果にステータス+五%ってのがあるんだから、そりゃあると思うだろう。


 ランキングの存在から考えて、便宜上あることになっている経験値だが、実際にその存在が証明されていたわけではなかった。

 何しろ人間は経験を積む生き物だ。段々強くなるにしても、いわゆる経験としての上積みなのか、それとも経験値的なものを得ることによる上積みなのかは議論の分かれるところだろう。

 ただ、トップエクスプローラーの非常識な強さは、経験としての上積みで成せるようなものではないため、間接的にあるだろうと考えられていた。


「だけどこれ、どうやって使うんだ?」


 メイキングのように、操作画面のようなものが現れるわけでもない。


「あ、それは断章に書いてありました。Dカードの裏面を使うらしいですよ」

「裏面?」


 自分のDカードをひっくり返してみると、そこには確かに、パーティメンバーの一覧が並んでいた。そして、それを、鳴瀬さんがのぞき込んでいた。


(うわっ、やばっ!)


 と、そう考えたとたん、「え、なにがですか?」と鳴瀬さんに不思議そうにされた。おっと、念話かよ……

 もちろんランク1やスキル群を見られそうだったからなのだが、幸い見えていたのは裏面だ。


「あ、いえ。急に顔が近くに来たので、ちょっと焦ったというか」


 どこかのサッカー選手かよ、と自分でも思いながら、下手な言い訳をした。


「先輩は、そういうところ、おこちゃまですから」と、三好が知ったような顔でフォローしてくれる。


「あ、はぁ……」と鳴瀬さんがちょっと赤くなった。

「ま、まあ、それはともかく、ちゃんとDカードの裏面に、パーティメンバーのリストが書かれていました」

「あ、私のにも表示されています。パーティに所属しているメンバーのリスト。名前の後ろにある三三・三とかいうのが比率でしょうか……」と鳴瀬さん。


 一番上にあるリーダー、この場合は俺なのだが。その横には分配比率が書かれていない。

 鳴瀬さんの説明によると、メンバーの分配比率を決定すると、残りがリーダーの取り分になるようだった。分割比率の変更は、自分のカード上でメンバーの名前に触れながら、二〇%と考えればその数値が反映される。

 単に等分と考えると、分割比率がリセットされた。


「大体分かりましたから、解散しますね」


 ヘタに念話が発動して、よろしくないことを伝えたら問題だ。慣れるまでは注意が必要だな。


 解散もパーティへの追加と同様、Dカードに触れながら「ディスミス」と念じるだけだった。個人の場合はその名前に触れながら、全体の場合は、リスト全体に触れながら行えばOKだった。

 そして、触れさえすれば不思議なことに、どの人物が選択されているのかがわかる便利仕様だった。


「あとは、パーティの上限人数と――」

「あ、それは断章にありました。八人だそうです」

「八人か。なんか普通だな」


 十三より小さいから、なにかの十三番目の数と言うのもたぶんあり得ない。減ったり増えたりする数列でない限り。


「きっとDカードの裏面の名前表示エリアが八行しかないからですね」と三好が笑ったが、本当にそうなのかもしれない。


「なら、後は、パーティのメンバーになっている人が、パーティに加入したまま自分のパーティを作ったらどうなるのか、ですかね」

「丁度三人いるから、それもやってみておくか」


 テストは二回。

 最初は、三好が鳴瀬さんをメンバーにしてパーティを組んだ後、俺のパーティに参加する。

 二回目は、俺が三好をパーティメンバーにした後、三好が鳴瀬さんをパーティメンバーにする。


 結論から言うと、どちらも出来た。

 そうしてパーティメンバーがパーティを持っているとき、親パーティのカードにはメンバーの名前に続いてP2が表示され、メンバーのDカードには自分の名前の前にR1が表示された。


「対象はパーティ(Party)を組んでいるって意味ですかね?」

「たぶんな。親(Parent)の可能性もあるかもしれないが」

「2ってなんです?」

「そいつを入れて、二人のメンバーがぶら下がってるってこと、かな」

「じゃあ、R1は……Relationship 1、でしょうか」

「そうだな。所属しているパーティの、パーティ階層中の位置じゃないか?」


 もう一人いればもっとちゃんとした検証ができるんだろうが、いずれにしても、子パーティが結成できるということに間違いはない。


 この場合経験値の割り振りがどうなるのかとか、孫パーティが作れるのかとか、ここでは検証できないことも数多くあった。もっとも、数値が階層数だとすれば、孫パーティが作れる可能性は高い。


「親子関係をずらっと並べて……クランでも作成するんですかね?」


 なるほど、その可能性はある。

パーティ同士が親子関係を持つことで、無限に大きなクランを作成できるわけだ。今回の断章と同様、どこかにクランについて書かれた碑文や断章もあるかもしれなかった。


「これ、大発見ですよね?! すぐにまとめて報告を――」

「いや、鳴瀬さん。ちょっと待って下さい」

「え?」


 すぐに報告されると、どこでその情報を得たのかが問題になる。

まさか、グリモアの断章を読みましたというわけにはいかないのだ。

 それにこれは――


「ヒブンリークスの情報が正しいことの証明に使いたいんです」


 誰にも知られていなくて、誰でもすぐに検証できる。

 それはまさに、サイトの信憑性を担保するために用意されたかのような内容だった。


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