第55話 アルスルズ 11/28 (wed)
その日、朝食を終えた俺たちは、拠点車の前で残りのヘルハウンドを召喚した。
「サモン! アイスレム!」だの、「サモン! グレイシック!」だの、「サモン! ドゥルトウィン!」だの、いう度に、大きな魔法陣が展開して、カヴァス同様巨大と言って良い体躯を持ったヘルハウンド?達が召喚されたのだった。
試しに五匹目も呼んでみたが、さすがになにも起こらなかった。
「先輩は、召喚を取らないんですか?」
「バーゲストの闇魔法(Ⅵ)はクールタイムが三日だからな。第一、俺に生き物係は無理だ。サボテンを腐らせたことがあるのはちょっとした自慢なんだ」
「何の自慢ですか、それ。世話と言えば、この子達、何を食べるんですかね?」
そうなんだよな。昨日カヴァスは人間様の食料を食べていたが、ダンジョン内で日常的にそんなものは手に入らないだろう。
ここでまたタンパク質の構造がーとか、分解酵素がーとか言ったことを考え始めるときりがない。なにしろダンジョン産の肉が食べられるのだ。こっちの食べ物が消化できてもなんにもおかしな所はないだろう。たまには人も喰われるわけだし。ぶるぶる。
「たまにダンジョンにでも放しておけば、餌なんか用意しなくてもいいんじゃないの?」
生き物係失格の俺が言うと、それを聞きつけたカヴァスが、てけてけと歩いてきて、俺の前でブンブンと顔を横に振った。
「え? お前等、何か喰うの?」
コクコク。
「そう言えば、昨日、サンドイッチとかを美味しそうに食べてましたよね」
コクコク。
「え? それって生きるのに必要な、栄養素を取り込むためにってこと?」
そういうと、カヴァスは遠い目をして明後日の方を向いていた。
「……単に、美味しいからたまに食べたいとか言う、嗜好品的な何かじゃないだろうな」
ますます目をそらすカヴァスの額に、幻の汗が見えるようだ。
「もー、先輩ったら。いいじゃないですか。カヴァス達だって、たまには美味しいものが食べたいんですよ!」
さささっと三好の横に移動してお座りしたカヴァスが、金色の目をきらきらさせて、コクコクと頷いていた。
「まあ、いいけどさ。お前等ちゃんと三好のガードとして働けよ」
「「「「がう」」」」
しかし召喚モンスターね。
JDAで何か登録とかあるんだろうか。鑑札があるのかとか、予防注射はどうなってんだとか、また鳴瀬さんに聞かなきゃ行けないことが増えるなぁ。
あとは死んだらどうなるのかとか……再召喚で復活するのかどうか興味はあるが、故意に試したら三好が怒りそうだしなぁ。ま、いずれわかるか。
◇◇◇◇◇◇◇◇
昼間の十層は、ほとんどが徘徊しているゾンビかスケルトンが相手の単調なフロアだ。単に数が多いだけで。数の多さは、普通の探索者にとってはガンだろうが、俺達にとってはちょっと的が増えるだけの美味しいルーティンだった。
「ところで、尾行さんはどうなったんですかね?」
「さあなぁ。今のところ生命探知には引っかからないな。というか、近くに探索者は独りもいない」
「流石地獄の十層って言われるだけのことはありますね」
アンデッドが津波のように押し寄せてくる上に、ドロップも大して美味しくないこの階層は、墓場だらけな事も相まって地獄と呼ばれているのだ。
相変わらずゾンビは何も落とさなかったが、スケルトンは、やはり1/25くらいの確率で、ポーション(1)を落とすようだった。
「ドロップアイテムなんですけど、落としたモンスターはすべて、SPが0.04を越えていますね」
そういわれれば、ゴブリン・ウルフ・コボルト・スライムなんかは、あれだけ倒しても何もドロップしていない。代々木の四層までが初心者層だのアミューズメント層だの言われているのはそれが原因だ。
ドロップがないんじゃ、プロとして活動するのは不可能だ。GTBだけを狙うわけにも行かないだろう。
「確かに。SP0.04になにかの壁があるのかもな」
「なら、私はゾンビを中心に倒しますから、スケルトンは先輩がお願いします」
「了解」
「アルスルズも遠目はゾンビ中心でお願いね」
三好がそういうと、まわりや影の中から、それに答える吠え声が聞こえてきた。
召喚した四匹を纏めて呼ぶときはアルスルズらしい。
なんでアーサーズじゃないのかと聞いたけど、キルッフの親戚はアルスル王なんですよとかなんとか、よく分からないことを言っていたから、そういうものだと理解した。アーサーズよりもアルスルズのほうが少しだけ格好いい気もするしな。
◇◇◇◇◇◇◇◇
十層の敵の数は多い。しばらく狩っているだけですぐにオーブチョイスがやってきた。今回はスケルトンだ。
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スキルオーブ 生命探知 1/ 20,000,000
スキルオーブ 魔法耐性(1) 1/ 700,000,000
スキルオーブ 不死 1/ 1,200,000,000
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魔法耐性は既知のスキルだ。
スキルオーブやアイテムにくっついている数値は、アラビア数字がレベルで、ローマ数字が種類と言うことになっているから、これは全魔法耐性の一番弱い物だろう。
ウォーターランスの効きが少し悪いのはこれが原因か。
それはともかく……『不死』? ナンデスカソレハ?
「これがあれば、徐福さんも大手を振って帰国できますね」
三好が棒読みでそんなことを言う。
「いや、まてまてまてまて。エルダーリッチやノーライフキングならともかく、これをドロップするのはスケルトンだぞ? 絶対罠だろ。不死と書いてアンデッドと読むとかそういう……」
当然のように不死は未登録スキルだった。
しかし、今の我々には鑑定があるのだ! レアリティにしたがって、不死をゲットしてみた。
「ほれ、三好。頼む」
「了解です」
それなりに襲ってくるまわりのアンデッドは、アルスルズがサクサク倒している。流石はヘルハウンド、経験値だけでもスケルトンの倍近いだけのことは……って、こいつら、ぶつかればスケルトンは砕け、足を振ればゾンビがふたつになっている。
ノーマルのヘルハウンド、こんなに強かったっけ?
「うぇ……」
鑑定をした三好が思わず声を上げた。
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スキルオーブ 不死
理を犯すものは、相応の報いを受けることになるだろう。
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「これは……酷いですね」
「つまり、不死にはなるが、アンデッド――この場合スケルトンか――に、なっちまうってことか」
「注意喚起が必要ですよね?」
「だが、どうやって調べたんだって、突っ込まれるぞ?」
放っておいても、このオーブがドロップすることはまずない。何しろドロップ率は十二億分の1なのだ。
とはいえ、起こる可能性がある事柄は、いつか必ず起こるのだ。
「早産と同じで、豚に使ってみた、くらいしかないでしょう」
実際に使ってみたらどうなるのかはわからないが、ドロップ確率が低すぎて追試も難しいだろうから、それでいいか。
「当面こいつは保管庫の肥やしだな」
俺はそう言って、不死のオーブを保管した。
◇◇◇◇◇◇◇◇
その後も俺達は、生命探知に探索者が引っかからないのを良いことに、大いにアンデッドを殲滅して歩いた。
昨日は注意せざるを得なかった、見通しの悪い墓石からの攻撃や、潜んでいるゾンビのヒドゥンアタックなども、三好の番犬衆の力によって気にする必要が無くなったため、さらに効率が上がっている。早々に、スケルトンのオーブをコンプリートして、順調にポーション類もゲットしていた。
スケルトンの三百七十三匹討伐も試してみたかったが、残念ながらゾンビに比べて数が少な目のスケルトンは、なかなかその数に届かなかった。
「こうしてみると、やはり、同一種の一日三百七十三匹討伐って、そうとう難しいよな」
「ですよねー。なにかこう、同じ魔物を集めるようなアプローチを講じるか、後は深夜の〇時から二十四時間ぶっ通しで狩り続けるとかしないと」
なんとういうブラック臭。
食虫植物系のモンスターがいれば、そいつがモンスターを集めるスキルオーブやアイテムをドロップしそうな気もするが……
「結局、すぐに試せそうなのは、一層のスライムくらいだな」
「ですよね。奥の方でやれば」
このあいだ御劔さんが六時間で三百の大記録を打ち立てたから、スライムなら入り口に戻らずに叩きまくればいけそうな気がした。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ゾンビの方はスケルトンよりも多いため、三好は順調に数を稼いでいる。
鉄球+収納の力が猛威を振るい、この層の殲滅力は、俺なんかよりもずっと上だ。
なんといっても、収納庫からの物の出し入れは、見た目にMPを消費しない。
「何度も繰り返していれば消費するのかも知れないですけど、自然回復分でまかなえちゃう感じですね」
というわけで、MP回復のタイミングを見計らうまでもなく、手当たり次第という言葉がぴったりだった。
今までの弱点だった近接も、近づく前に四匹のお付きが始末してしまうので、鉄球が切れるか、ユニークでも出てこなければ十層では無双出来るだろう。
「問題は価格と硬さですね」
「価格?」
「先輩。平気で使ってますけど六センチは六千円くらいで、八センチなら一万二千円ですからね」
「い、意外と高いんだ」
鉄球ってそんなするのかよ。なるべく回収しないと、ポーションだけじゃヘタしたら赤字になりかねない。
「小さいのは安いんですけど、大きいのは圧造でも手間なんですかね? 削り出しだと二万を超えてましたからそれよりはましですけど……四角い鋼材をカットして貰うというのも考えたんですけど、鋼材って思ったよりも柔らかいですし、用途が意味不明ですよね」
一応、鉄球の素をカットだけして売ってもらえばとも考えたそうだったが、そう言う商品はないのだそうだ。
「だから、低精度の二・五センチも試しに使ってみてます。こっちは一個二百円ですから。ゾンビなら三つくらい纏めてぶつければ、大粒の散弾を使ったショットガンで撃ったみたいになりました」
それは収納庫ならではだな。流石に二・五センチを手で投げるのは難しい。
指ではじくとかできないかな。指弾ってやつ。
思い立ったが吉日とばかりに、早速やってはみたのだが、威力はともかく狙った場所に当たらなかった。練習が必要だな、これは。
「それで、先輩。次のオーブですけど……」
「次? フィクション的には、アイテムボックス・鑑定と来たら、次は回復魔法だと思うんだが……持ってそうなモンスターがいないんだよ。ホイミスライムとかいないかな?」
「スクエニに聞いて下さい。でも持っているかもしれないモンスターならいるかもしれません」
「ん? なんだ?」
「先輩、言語理解のオーブの時のクラン系の話覚えてます? シャーマンがいるならプリーストがいてもおかしくないと思うんですけど」
「モンスターの原始宗教って、未発達の自然崇拝だろ? 超自然的なものと交信したような気になって熱狂するシャーマンならともかく、神に仕える聖職者という意味でのプリーストはいないんじゃないかな」
「ならもっと宗教から離れて、聖なるモンスターって方向ですかね?」
「そうだな。ユニコーンなんかがいれば持っていそうな気がする」
「戻ったら、WDAのモンスターデータベースを見てみます。なら今回は近場で、十一層のレッサー・サラマンドラを見てきますか?」
「よし、そうするか」
俺達は討伐数の下二桁を調整しながら、十一層へと向かっていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
十一層はいわゆる火山地帯だ。
気温は一気に上がり、あちこちから噴煙が上がっていた。
「ふと思ったんだけどさ」
「なんです?」
「火魔法なんかいるかな?」
それを聞いた三好は肘を抱えるポーズで腕を組むと、ジト目でこちらを見た。
「な、なんだよ」
「先輩、暑いのがイヤならイヤとはっきり言った方が……」
「それは違うぞ、三好。第一、火を付けるだけなら、ライターでもチャッカマンでもいいだろう?」
「先輩、水魔法、使いまくってたじゃないですか」
「まあ、便利だからな」
「水魔法無効の敵がでたらどうするんです?」
「逃げる」
三好が呆れたような顔をするのと、直径五十センチくらいの火の玉が飛んでくるのが同時だった。
「おわっ!」
思わず三好の頭を掴んで、地面に伏せ、火の玉が飛んで来た方向に、無照準でウォーターランスを数本打ち込んだ。
「な、なんですか?!」
「いや、何かが火の玉を撃ったんだと思うんだが、一体どこから?」
三好の影から四匹のヘルハウンドがするりと抜け出すと、カヴァスが前方へとダッシュして、岩の塊をペシリと踏みつぶした。
「GYOWAAAANN!」
その瞬間、岩に見えたものがくねるように暴れ出した。
それは、全長が一・五メートルくらいある、岩で覆われた大山椒魚のような姿をしていた。
「あれが、レッサー・サラマンドラか?」
「写真で見たのは、擬態をといた後の姿だったんですね」
擬態している間は、よっぽど注意しない限り生命探知にも引っかからないようだった。
そのとき、突然ブツンという音がしてカヴァスが押さえていた尻尾が切れた。そうして、本体は素早く逃げ出した。
「うわっ、カナヘビみたいなやつだな!」
「先輩! 尻尾はレアアイテムですよ! 早く倒して下さい!」
切れた尻尾は、放っておくと、いずれ黒い光に還元されてしまう。
尻尾を手に入れるためには、自切させた後、尻尾が消える前に倒す必要があるのだそうだ。
三好の叫びを聞いて、俺がウォーターランスを放つ前に、素早く逃げようとしている尻尾のないサラマンドラの頭を、追いかけたドゥルトウィンがかみつぶした。
「キター!」
三好の前に尻尾:レッサー・サラマンドラが表示される。
「なんでも、漢方の超高級素材らしいですよ!」
「
三好がドゥルトウィンの頭をなでて、ほめていた。
「ていうか、俺が倒さないと目的が達成できないんじゃないの?」
「まあまあ先輩。尻尾がゲットできたんですから! アルスルズは次のサラマンドラを見つけてね」
「「「「がう」」」」
ヘルハウンド達の鼻、というか探知能力は、俺の生命探知よりも優秀らしく、レッサー・サラマンドラの擬態を簡単に暴いていった。
アイスレムが、頭を踏んづけているそれは、身をくねらせて逃げようとしていたが、ファイヤーボールは飛んでこなかった。あれは魔法と言うよりブレスの一種なのかもしれない。
それを、ウォータランスでしとめると、いつものオーブ選択画面が表示された。
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スキルオーブ 火魔法 1/ 40,000,000
スキルオーブ 自切 1/ 200,000,000
スキルオーブ 再生 1/ 200,000,000
スキルオーブ 極炎魔法 1/ 1,700,000,000
--------
目的の火魔法はともかく、自切だの再生だの、物騒なこと、この上ない。
「自切って、人間に尻尾はないよな」
「男の人だったら、似たようなものが……」
「おい!」
阿部定は勘弁して欲しい、しかも自分でとか……ないわー。
「でもって、再生で生えてくるんでしょうか?」
「あのな……」
「やだなあ、先輩。髪ですよ、髪。ながーい友達ですよ」
「ああ、はいはい」
こいつも昔のCMウォッチャーだったか。youtube様々だ。
そのうち、ミエルミエルとか言い出しかねない。
しかし、もしも髪に関わらず、失われた部分が再生するというなら、超回復にもまけない福音だ。しかも超回復よりもずっとクールタイムが短いし。
「でも、これってたぶん、自切と再生でペアスキルですよね」
「俺もそう思う。自切で失った部位を再生するスキルなんじゃないか」
なんでも再生するスキルにしては、それを落とすモンスターに、所謂納得感が足りない気がするし、取得確率も高すぎる。
「プラナリアなんて名前のモンスターがいれば、本当の再生もあるかもしれませんけど」
「体をふたつにしたら、両方自分になるような再生はお断りだろ」
「人間だって、クローンで似たようなことをやってると思いますけど」
まあ、そう言われれば確かにそうか。
俺は黙って、極炎魔法のオーブを取得した。
「それじゃ、人間辞めますよっと」
お約束の台詞と共に、右手をはい上がる光が俺の中に溶け込んでいく。
「極炎魔法って、なんだかえげつない感じがしますよね」
「ローマ数字付きじゃない上に、未知スキルだからな。地道にイメージで探していくしかないか」
「厨二再び、ですね!」
メイキングを呟いていた頃の俺を思い出したのか、三好がクスクスと笑った。
「やかましいわ。それにまったくヒントがない訳じゃないだろ。こいつは絶対あるはずだ」
それは、堕した天使と重罪人で満たされた、永劫の炎に赤熱した環状の城塞。
しかしてその炎は、青く白く、全ての物を瞬時に焼き尽くす慈悲の輝き――
俺はダンテをイメージしつつ、静かに右手を突き出して、その名前を叫んだ。
「インフェルノ!」
瞬間、目の前が真っ白に輝いて、体の中からなにかが大量に抜ける感じがした。
「ぬな?!」
砕けそうになる腰を必死でこらえつつ、視力の戻った目に映る、あまりの光景に間抜けな声を上げた。
「先輩、これ……」
そこには何もなかった。
岩も草も、もしかしたらそこにいたはずのモンスターも。マグマも蒸気も噴煙も。
そこにはただ、白く細かい粉のようなもので覆われた、黒くガラス状に固まった平坦な地面があるだけだった。それがかなりの広範囲に広がっていた。
ステータスを確認するとMPは100くらい減っていた。
「あー、これは……封印かな?」
「この場所を誰かが見たら、ドラゴンでも暴れたのかと思いますよ、きっと」
そういった三好は「逃げましょう」と、その影からおそるおそる顔をのぞかせる四匹の犬を連れたまま、すたすたと引き返していった。
「あ、おい、待てよ!」
俺は慌てて三好を追いかけた。
結局その日倒したゾンビは三百七十三匹を越えていたが、予想通り館は出現しなかった。
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