第53話 報告 11/28 (wed)
「以上が、ここしばらくのDパワーズに関する報告です」
JDAの小会議室で、鳴瀬美晴は、斎賀課長に向かって、最近のDパワーズの行動とサポート内容について報告していた。
「とりあえずはご苦労だった。鳴瀬が彼らに関わってから、彼らがJDAにもたらした利益は手数料だけで二十四億七千万円だ。営業レディとしてはブッチ切りもブッチ切り。ヘタをすれば桁が三つ違うな」
それは別に私の力では……とも思ったが、特になにもコメントしなかった。実力でもラッキーでも結果は結果だ。大人の仕事はそう言うものだ。
斎賀は、手元の報告書をぱたんと閉じると、態度を崩して、世間話をするように足を組んだ。
「いま、CNの黄とGBのウィリアムがオーブのために来日してるだろう?」
「え、まだ帰国してなかったんですか?」
「それどころか、先日、イギリスからチームウィリアムが、中国からチームファンが丸ごと来日した」
「え?」
「しばらく代々木を貸してくれとのことだ」
「各国にも、それぞれ攻略中のダンジョンがあるでしょう?」
「そうだな」
「じゃ、なんでそれを放り出してまで代々木に集合するんです?」
「そりゃお前、あのオークションのせいに決まってるだろ」
異界言語理解。
そのオーブのオークションが日本で行われていて、受け渡しは市ヶ谷なのだ。産出ダンジョンは代々木に決まってる。
「さらに、フランスからはチームヴィクトールが、ドイツからはチームエドガーがサポートチームごと参加を申請してきた。アメリカも増員するそうだぞ」
「サイモンさんのサポートチームですか?」
「いや、それが、ダンジョン省の職員が何人か来るらしい」
「DoD(Department of Dungeon)ですか?」
「そうだ」
サイモンが所属しているのは、DAD(Dungeon Attack Department:ダンジョン攻略局)のはずだ。DADは、最初に作られた大統領直属の組織で、ペンタゴンはもとより、司法省管轄のDEAやFBIからもスタッフが招集されて作られた部門らしい。
対して、ダンジョン省(Department of Dungeon)は、昨年、主にダンジョンを資源として取り扱うために作られた省だ。
とはいえ、DADの省を横断するような権限をそのままにDoDへ移管させるわけにはいかなかったため、DoDには独立した実働部隊が存在している。
つまりダンジョン攻略に関しては、異なる命令系統の組織がふたつ存在することになっていた。
「DADとDoDの確執でしょうか?」
「さあな。そこは権限外だ。USの内情を覗くつもりはないさ」
「まあ、そういうわけで、代々木を巡る世界情勢とやらは、いきなり怒濤の展開に突入したわけだ」
「ロシアのドミトリーとイタリアのエットーレを除いた、トップ20の軍人が全員ひとつのダンジョンに集合ですか? 代々木ダンジョンの関連宿泊施設に、そんなキャパありませんよ?」
「それはすでに伝えてある。幸い新宿周辺にはホテルも多い。各国の大使館が適当にやるだろう」
斎賀は、キィと音を立てて背もたれに体を預けなおした。
「こんな状態になったのは、ダンジョンが世界に広がって以来初めての出来事だろう」
「キリヤス=クリエガンダンジョンはクローズドなんですか?」
最初に見つかったダンジョンが分かってるのだから、全員そこに行っていないのには理由があるはずだ。
「そうだ。もっとも代々木みたいに完全にオープンなダンジョンのほうが珍しいんだがな。で、Dパワーズの連中、昨日ダンジョンに入っただろう?」
「はい。適当にオークションが終わる頃までには戻ってくるそうです」
「このタイミングでダンジョンに入れば、誰がどう考えても、オーブを取りに行ったと思われるはずだ」
「まあ、それは」
「入ダンリストを見る限り、各国の斥候らしきパーティが、彼らを追いかけてインしている」
RUがいたら暗殺も疑うレベルだな、と斎賀課長は笑えない冗談を飛ばした。
「あいつらが、何を考えているのかわからないが、今回の受け渡しは十二月二日が指定されている。一日の彼らの居場所を掴むのは、世界中の諜報機関の最優先事項だろうよ」
代々木は広く、モンスターのバリエーションも豊富だ。しらみつぶしにした場合、相当の労力が必要になる。それが、Dパワーズがいるフロアだけに絞れるなら、圧倒的に手間を減らせるはずだ。
「しかも、どうやら、警備部の連中はインした後、あいつらを見失ったらしいぞ。うちに探りを入れてきた」
「え? 監視対象だったんですか?」
「ガード対象だ。うちからもお前がくっついてるだろ」
そんな意識はあまりなかっただけに美晴は驚いていた。
大体自分に彼らを保護するような力はない。
「各拠点に極秘スタッフがいるはずの警備部ですらこの有様なんだ、各国の斥候連中も見失っている可能性が高い。今頃現場は大あわてだろうな」
斎賀は面白そうに口元をゆがめた。
「で、連絡は取れるのか?」
美晴は、一瞬迷ったが、正直に報告することにした。
「ええ、まあ、緊急時は一応」
「ならいい」
徐々に短くなっていく晩秋の日が、空を赤く染め始める時間が近づいていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「鐘の音?」
八層で豚串を売っている男が、今下から上がってきたばかりの細マッチョの男に聞き返した。
「ああ、八層に戻り損ねて、九層の下り階段でキャンプをしていた連中が聞いたそうだ」
「なんだそりゃ、どこの間抜けだ?」
細マッチョな男は苦笑いしながら、串を囓った。
「まあ、九層のフロアはいつコロニアルワームに出くわすか分からないしな、日が暮れた後は特に」
下が十層じゃ、日が落ちた後に上がってくるやつもいないだろうから、階段でキャンプもわからなくはないか。うまく寝られるかどうかは疑問だが。
「そいつ等が言うには、丁度日付が変わる頃、見張りの連中の耳に、微かに鐘の音が聞こえてきたそうだ」
そう言って、ホグホグと、二つ目の肉を口に入れた。
「それがどうやら下かららしく、一体何が起こったのかと、興味を引かれて階段を降りたそうだ」
「好奇心が猫を殺す典型だな」
二つ目の肉をごくりと飲み込んだ男は、全くだと言って笑った。
「それで、おそるおそる階段を下りてみたら、十一層へ向かう階段方向とは逆の方から、教会の尖塔にあるような鐘の音が派手に鳴り響いていたらしい」
「十層に教会なんかあったか? 墓だらけなのは確かだが……」
「俺も聞いたことは無いぜ。ま、それで連中、なにか特別なイベントが起こったんじゃないかとは思ったそうだが……」
「ま、気持ちはわかるよ」
例え同化薬を持っていたとしても、日が落ちた後の十層を歩くのはイヤだ。それは全ての探索者に共通の意見だろう。
「そうこうしているうちに、鐘の音は、突然打ち切られるように消えたそうだ」
「鳴り終わったんじゃなくて?」
「らしいぜ」
「ふーん。お宝でも出たんなら良かったんだが」
「音だけじゃな」
そう言って笑った男は、食べ終えた串を、ゴミ箱代わりにおいてあるバケツに放り込んで、去っていった。
その話が終わった瞬間移動し始めた、アングロサクソン系の男がいたことを、屋台の店主は見逃さなかった。
「USか、GBか……」
九層へと消えていくその男の姿を、隠しカメラが捉えていた。
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