第52話 鑑定(後編) 11/28 (wed)

--------

スキルオーブ 闇魔法(Ⅵ)


ヘルハウンドを召喚する。

召喚最大数は、INT / 4。


地獄の扉を開いて眷属を呼び出せば、地上は闇の楽園と化すだろう。

--------


「ちゃんと、ヘルハウンドの召喚ですけど……」

「このフレーバーテキスト、ホント誰が書いてるんだろうな」

 俺は三好が書き出したテキストを見て苦笑いした。どこのカードゲームだよ、まったく。

「今の三好なら四匹呼べるわけか。まあ、とりあえず使ってみろよ。なるべく早くテストしたいし」

「うちの事務所の番犬ちゃんになりますかね?」

「ヘルハウンドの番犬は、たぶん世界初だな」


 名前を付けたらどうなるんですかね? 何て言いながら、三好はオーブに触れると、いつもの台詞を呟いた。


「俺は人間を以下略!」


 オーブの光が三好の体に吸い込まれると、彼女は突然右掌を天に向かって突き上げながら言った。


「サモン! カヴァス!」

「おいおい」


 呆れたように言った俺をあざ笑うかのように、広いとは言えない車内の床に、直径が三メートルはありそうな魔法陣が広がった。


「な、なんだあ?!」


 そこから出てきたのは、明らかに普通よりも大きなヘルハウンドだった。

いや、これ、ヘルハウンドなのか? どう少なめに見ても体高は1・五メートルくらいあるし、体長も三メートルは軽く越えていそうだ。ベンガル虎かよ……


「うわー、ホントに出た!」


 もふもふーとか言いながら鼻面に顔をこすりつける三好。いや、口の位置が三好の頭とあんま変わんないんですけど……

狼のような精悍なフォルムで、闇にとけ込みそうなマットな質感の巨大な黒犬……あれ? ヘルハウンドみたいに目が赤くないぞ? 金色に近い色合いだ。


「ところで、三好、カヴァスってなんだ?」

「アーサー王様ご一行の犬の名前ですよ。先輩に召喚って言われてから、ずっと考えてたんです。あと三匹なら、残りはアイスレムとグレイシックとドゥルトウィンですね!」

「覚えられん。ポチ、ハチ、シロ、タロでいいだろ」

「何を言ってるんですか先輩。シロとかあり得ませんって。名は体を表すんですよ? ほら、見て下さい、この立派な体躯を!」

「立派なのは認めるが、それ、連れて歩けるか? ベンガル虎と変わらんぞ?」

「大丈夫ですよ、ファンタジーな生き物なんですから、きっと小さくなれるに違いありません」


 三好が、ニコニコしながら、パンパンとカヴァスの体を叩いてそう言った。


 カヴァスは、額から汗をたらりと流しているような顔をして、どーすんだ? と言った瞳で俺を見つめる。俺が、頑張れ、と視線で返事を返してやると、クゥっと小さく呻りながら、体を小さく丸めようとして失敗していた。


 うん、まあそうだよな。いかにレア種っぽくても、ヘルハウンドにそんな機能は装備されていないだろう。


「きゃー、可愛いですー」


 小さく丸まろうとして失敗したカヴァスに三好がダイブした。お前、犬派だったのか。


「で、三好。それ、消せるのか?」


 それなりに広いとは言え、キャンピングカーの中だ。カヴァスの巨体が邪魔で、もはや誰もどこにも移動できなかった。そもそもこいつ、入り口から出られないだろう。


「どうなんでしょう?」


 三好がもう一度ポーズを取りながら言った。


「リリース!」


 シーンとした空気が部屋の中に流れ、カヴァスは再び汗を垂らしている……ように見えた。


「戻りませんね……」

「なるほど、地獄の扉を開いて眷属を呼び出したら最後、戻せないから、地上が闇の楽園になるってことだったのか」


 バーゲストが、召喚したヘルハウンドを帰還させる意味はないもんなぁ……


「ええ?! せせせ、先輩! どうしますか?!」

「いや、どうしますかって言われてもな……」


 バーゲストの事を考えると、こいつを殺しても死体は消えないだろう。この場合は三好が死ぬか、再召喚するまでは。

そもそもそんな方法を三好が許すとは思えないけどな。


 まてよ? ヘルハウンドなら闇魔法が使えるよな? 確か闇魔法には……


「お前、ハイディングシャドーが使えるんじゃないの?」


 カヴァスはそれを聞いて俺の方を振り返ると、コクコクと頷いた。もはやモンスターには見えんな。


「じゃ、それで、三好の影に潜れるんだろ?」


 それを聞いた瞬間、カヴァスの体は三好の影に沈み込むように溶けて消えてしまった。


「「おおっ!」」


 俺と三好が同時に声を上げると、ひょこっと、影からカヴァスが頭だけを出して、「どう?」って感じで首をかしげた。


「カヴァス、すごい!」


 三好は、跪くと、カヴァスの頭をぽんぽんと叩いて、ハムのサンドイッチを食べさせていた。

 いや、確かに犬の躾はそんな風にするんだろうけど、そもそもそいつ言葉を理解してるみたいじゃん。躾、必要あるか? あと、ヘルハウンドがサンドイッチなんか食べるのか? もういろいろと疑問だらけだったが、本人達が楽しそうなのでいいか、と追求するのはあきらめた。


「じゃあ、呼ぶまで隠れててね? 大丈夫?」


 コクコクと頷いたカヴァスは、そのまま影の中に沈んでいった。


「はー、可愛いですねー」

「いや、いいけどさ。外でヘルハウンドにあったとき、同じことをしたら喰われるからな」

「やだなあ、先輩。それくらい分かってますよ。子供じゃないんですから」


 怪しいものだとは思ったが、決して口に出してはいけない。それが巧くやるコツだ(何を?)


「他のも召喚してみます?」

「いや、まて。それは外でやるべきだろ」


 もっと大きいのが出てきたりしたら、圧死する。


「えー、でも夜のアンデッド層ですよ? ドアを開けたらとたんにワラワラですよ?」

「……テストは明日にしようぜ」

「ですね」


「後は、最後に手に入れた本のページっぽいヤツだな」


 俺はそれを取り出すと、三好の前に置いた。


「これは、さまよえるものたちの書っていう本の断片のようですね」


--------

さまよえるものたちの書(断章 1) The book of wanderers (fragment 1)


ダンジョンの深淵に触れる本のオリジナル。

さまよえる館に安置されている。


オリジナルは1冊しか存在せず、ダンジョン碑文はこの書らの写本にあたる。

そのため、内容にバリエーションが存在している。


その叡智に触れるものは、狂気に支配されるだろう。

--------


「なんとまあ。クトゥルフ的な」

「残念ながら、鑑定では書いてある内容まではわからないっぽいです。さっきのがさまよえる館なんですかね?」

「だろうな。断章は特定のモンスターを三百七十三体倒すことで、そのフロアに出現するってことなのかもな」


 言うのは簡単だが、一日で三百七十三体を討伐するのは相当難しい、はずだ。

代々木でも一層とか十層とかの、過疎地かつほとんど討伐されていないエリア以外で、通常の方法では、なかなか困難だろう。


「オリジナルが一冊しか存在しないってことは……」

「同じモンスターを狩っても、館が出現しないか、したとしてもあの部屋には何もないってことだろうな、おそらく」

「これって報告……必要ですよね?」

「そりゃするけどさ。出現条件とか、消える条件とか、まるっきり推測だし。詳しいことはどうするかな……あの台座の文字のこともあるしな」

「あ、ソラホト文字」

「もうそれでいいよ。あれの翻訳、どうするかな。碑文の文字と違うことは分かるけど、俺達には何語なのかもわからないからなぁ……」

「私たち文系にコネがないですからね。鳴瀬さんに聞いてみたらどうです?」

「それしかないか」


 そこで大きなあくびが出た。

気を抜けば超回復も睡眠を欲するようだ。もっとも、そうでなけりゃ、単なる不眠症だもんな。


「じゃ、もう寝ようぜ。どうせ数日は狩り三昧だ」

「各国のエースは、今頃どうしてるんでしょうね?」

「そりゃ適当なフロアでモンスターを狩りつつ、俺達の目的フロアが分かったら、そこのモンスターを狩りつくす勢いで探索するんじゃないか?」

「あの尾行チームが要ですか?」

「そう。なにしろ異界言語理解をオークションにかけてから潜ったんだから、それを取りに行くと思われてるのは確実だもんな」

「ですよね」

「だから、最後は……最下層へ降りて攻略を進めて貰うという手もあるけど、戻るのが面倒くさいから、九層あたりで姿を見せて、みんなでコロニアルワームを狩って貰おう」

「ヒドっ」

「笑いながら言っても説得力はなーい。まあ、明日はこの辺でスケルトンを狩りまくって、低ランクのポーションでも乱獲しておこうぜ。あると便利そうだし」

「わかりました」

「じゃ、三好が奧のベッドを使えよ。お休み」

「はい。お休みなさい」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る