第1章 こうして俺たちは会社を辞めた

第1話 芳村 圭吾 新国立競技場青山口付近 9/27 (thu)

「ちっ、雨かよ」


 路肩に止めた車の運転席に座って、フロントガラスを叩き始めた雨を見ながら、俺はそう呟いた。


『それで、うまくやったのか?』


 ハンズフリーの電話の向こうから、不機嫌そうな声が聞こえる。声の主は、榎木義武。一応俺の上司にあたる。

 なぜ一応かって?

 そりゃ、自分の差配のミスで怒らせたクライアントに、下っ端にすぎない俺だけで謝罪に向かわせるなんて……一応としか言いようがないだろう。

 相手先だって、こちらの誠意を疑ったとしても仕方がないだろう。

第一俺は、いろんな部署で便利に使われているとはいえ、一応研究職だ。これは、営業の仕事だろ。


「いえ。……取引は打ち切るそうです」

『なんだと?! お前、どんな謝り方したんだよ!』


 重大なインシデントに、下っ端送りこんでりゃそうなるに決まってるだろ。お前アホか――と言ってやりたい。すんごく言ってやりたい。


「申し訳ありません」

『もうしわけない? つまりお前のミスってことだな。ほんと使えねぇ野郎だな。もういい。重要な取引先をなくしたんだから、減給は確実、ボーナスはゼロだと思ってろ』


 はぁ? そもそもこのミスに俺は無関係だろ? あんたの差配じゃないのかよ!

流石に文句を言おうとしたら、向こうから通話が切られた。


「……はぁ」


 なんだかもう無茶苦茶だ。減給? ボーナスなし? 意味わかんねえ。

 成功したら自分の手柄。失敗したらお前のせい。って、そんなやつがなんで上の職にいるわけ?


「……って、そんなヤツだから出世するのか」


 プロフィールだけみれば凄い経歴が並ぶわけだもんな。


「はぁ。死にたい気分だ。社に戻りたくない……」


 ルーフを叩く雨の音が強くなる。俺は、車のエンジンをかけ、ワイパーのスイッチを入れた。それと同時に、車のラジオから流れ始めた音楽が、突然とぎれる。


「ん?」


『速報です。アメリカで、とうとう、中深度ダンジョンが攻略されたそうです』

『おおー』


 そのニュースにスタジオがどよめいている。中深度ダンジョンの攻略と聞いてもピンとこないが、速報が流れる程度には大事おおごとなんだろう。


「中深度ダンジョンか。 きっとなにか凄いアイテムがあったんだろうな」


 ダンジョンが世界に現れてから、すでに三年。当初の混乱は収まり、浅層のダンジョン探索は、少し危険な場所に行く釣り程度の認識に落ち着いていた。魔物を倒すというと、なんだか危険な香りがするが、行為そのものは、釣りや狩りと大差ない。多かれ少なかれ、どちらにも命の危険はあるだろう。

 俺もダンジョンにでも潜って、冒険ってやつでストレスを発散してみるかな。なんて考えながら、アクセルを開けて車を発進させた。


 このあたり――明治神宮外苑周辺――は、オリンピック関連の建築物も多く、今も大きな建物がいくつか建てられ始めているところだった。


 雨は、幾分勢いを増して、車のルーフを叩く水の音が車内に響く。


『ダンジョンが世界に広がってから三年目、ついにって感じですよね。本日はダンジョン研究家の吉田陽生はるきさんをお迎えしています。吉田さん、よろしくお願いします』


 吉田陽生ね。

ここのところよく聞く名前だけど、研究家ってところがうさんくさいよな。

Dランクダンジョンランクもはっきりしないし。ちゃんと潜ってんのかね。


『よろしくお願いします』

『場所なんですが、エリア36。コロラド州デンバーのマウントエバンスにあるサミットレイクで発見された、通称エバンスダンジョンで、階層は三十一層だったそうです。いかがですか、吉田さん』

『二十層までの浅深度ダンジョンですら、踏破されたものは数えるほどしかありませんから、これは快挙といえますね!』

『そうなんですね。ところで、中深度ダンジョンと言うのは、どういったものなんですか?』


『はい。いままで発見されているダンジョンは、全世界で大体八十個くらいなんですが、それらが、便宜上、浅深度/中深度/深深度の三つに分類されています』

『大深度というのは聞いたことがありますが、そうではないんですね』

『はい。国土交通省用語の大深度地下は、それまでの地下利用に関する概念なので、ダンジョンの分類に向きませんでした。そのため、誤解の生じないよう新しい言葉が作られたのです』

『なるほど』

『それらは階層数で定義されていて、二十一層未満を浅深度、八十層未満を中深度、それ以上を深深度ダンジョンと言っています』


 噂では各国の軍が潜った結果、小火器が役に立たなくなる境界で決められた、なんて話もあるけどな。


『では、エバンスダンジョンは中深度と言っても、それほど深いものではないんですね』

『いえ、あくまでも便宜上の分類ですから、それもはっきりとしたことは言えないのです。そもそも定義通りの深深度ダンジョンは、まだ確認されていません』

『どういうことですか?』

『例えば東京ですと、自衛隊の対策部隊が、代々木ダンジョンの二十一層に到達しています。ですから代々木は中深度以上なのは確実なのですが――』

『実際の階層数は、降りてみないことにはわからない、と?』


『そうです。実際に降りてみて二十一層以上があれば中深度ということはわかりますが、そもそもそこまで攻略が進んでいるダンジョンがそれほど多くありません。ましてや八十層ともなると、誰も到達したことがないため、その階層が存在するのかどうかもわかりません』

『なるほど。そうすると実はダンジョンは三十一層までしかないということも?』

『誰かが三十二層に到達するまで、可能性としてはあり得ます』


『しかし、国内のダンジョンは、浅深度が5、それ以上が4と発表されています。これはなぜわかるのです?』

『それはあくまでも推定です。現在ではダンジョンができるときに発生する、ダンジョン震と呼ばれる特殊な揺れを観測することで、そのダンジョンが占めている地下の深さ――JDAではダンジョン深度と呼んでメートルで表記されます――を推定することができるようになっています』

『それは凄い』


『地震大国だった日本では、ダンジョンが現れた当時から、すでにHi-netやGEONETが整備されていましたから、それらの記録と突き合わせることで、既知のダンジョンでも、おおまかなところが推定されています』

『ただ、ダンジョンの中というのは不思議な空間になっているそうで、占有している深さと階層数の間に厳密な関連があるのかどうかも、実はわかっていません。占有されている領域が深ければ、階層も多いんじゃないか程度の認識ですね』

『そうだったんですね』

『そこで得られたダンジョン深度と、国内で踏破されたふたつの浅深度ダンジョンの階層を比較して、他のダンジョンの階層数を推定したものが、先に仰られた推定になっているわけです』


『よくわかりました。ところで、エバンスダンジョンの最下層では、なんでもいくつかのスキルオーブがドロップしたそうですよ。内容は残念ながら発表されていませんが、どんなスキルだったんでしょうね』

『ダンジョンから得られる産物の中では、最も分かり易い、言ってみれば夢のアイテムですからね』


「スキルオーブか……」


 ダンジョンが現れたとき、世界は大騒ぎになった。何しろ中にはファンタジーの世界さながらのモンスターが徘徊していたのである。

 しかし、それだけなら、人間の社会にとって、危険な肉食獣が潜むタイガや熱帯雨林のような場所がわずかに増えただけに過ぎない。

 真に世界を震撼させたのは、そこから得られた三つのアイテム――カードとポーションとスキルオーブだった。


 最初に発見されたダンジョンカード――通称Dカードは、そのオーバーテクノロジーさで、科学者界隈を賑わした。

 とはいえ、直接人間の生活に対して、大きなインパクトがあったわけではない。

魔物を初めて倒したとき、その人間の名前やいろいろな情報が書かれたカードがドロップした――現象としては、単にそれだけのことに過ぎなかったからだ。


 裏面上部に小さく刻まれた十四文字の文字列に使われている奇妙な文字が、文献学界隈で少しだけ話題になったが、解読など出来るはずもなく文字の種類だけが収集された。

 その文字列が、後に、ザ・リングから見つかった、表示が変化するタブレット状の板の表面に書かれていた文字列と一致することが分かったとき、再び世間の話題に上ったが、結局今でも、エクスプローラーのスキル確認程度にしか使われていない。


 だが次に発見されたポーションは違う。


 初めてドロップしたポーションは、下半身を切断されて瀕死だった軍人の上にドロップし、偶然使われたことで世界にセンセーションを巻き起こした。

 その効果は現代医学をあざ笑うかのように、彼の下半身を接続し、絶対に避けられないはずの「死」そのものから生還させた。

 その事実だけで、政府や軍はおろか、世界の名だたる企業が率先してダンジョンに人を送り込み始めたのだ。

 以降発見された様々なアイテムによって、ダンジョンは特殊な資源の鉱山のような存在として認知されていった。


 そんな中、最初のスキルオーブが発見される。

一言で言うとそれは、人類を次の位階に導くような、そんなアイテムだった。

何しろ、それを使用した人物は、なんと、魔法が使えるようになったのだ。

空想の世界を現実にする。それがスキルオーブだった。


 現在ではそれが遺伝するのかどうかが真剣に議論されている。

最先端にいる軍人などは、探索前に遺伝子マップを登録しているらしい。オーブ使用後と比較するためだろう。


 もし、最初のオーブ使用者が、その後すぐに子供を作っていれば、そろそろその子が生まれるはずだが、そんなニュースは報じられていない。

あまり民主的ではない国では、人工授精で量産しているという噂もあった。


 いずれにしろ、そんなアイテムが出回って、しかも犯罪などに利用されたりしたら、世界の秩序は崩壊しかねない。

 それを恐れた執政者たちは、迅速に世界ダンジョン協会(WDA)を立ち上げて、ダンジョン産のアイテムを管理しようとした。

しかし、結局、スキルオーブ自体は、管理することができなかった。


 最初に各地から集められたスキルオーブが、厳重に保管されていたにもかかわらず、その倉庫から消え失せるという事件が発生したのだ。


 職員の横流しや不正が疑われたが、数が少ないとはいえ、世界中で断続的に起こったそれは、全てを人為的な行為に帰するには無理があった。

 そうして観測の結果、スキルオーブはこの世に現れてから、きっかり二十三時間五十六分四秒で消滅することが確認された。

 それは、現場以外での流通が、極めて難しいことを意味していた。


 法的にもスキルオーブの取り扱いは紛糾した。

稀少すぎて経済的価値がまるで定まっていない上、二十四時間後には必ずゼロになる。そういうスキルオーブを、単体で財産と呼ぶかどうかは議論の分かれるところだったのだ。

 さまざまな解釈が試みられたが、現在では、スキルオーブは支配可能性が不完全であるため動産にあたらず、その無償使用は贈与や譲渡とはみなされないというところに落ち着いている。


 仮にスキルオーブを有体物とみなしたところで、全てのスキルオーブは天然物、つまり所有者のいない動産だ。

 Aがそれを手に入れたとしても、Aがその所有を主張しなければ、所有者のない動産のままなのだ。それをBに渡したところで、所有者のない動産を渡しただけであって、Aは単なる動産を物理的に移動させるための手段に過ぎない。

どんなルートを通ったとしても、中間にいた人達が全員所有を宣言しなければ、最終的に使用した者の所有と見なすしかないわけだ。


 もちろんその中間で売買が発生した場合は、ダンジョン税が課せられる。


 そうして世界はスキルオーブの管理に失敗したが、結局、世界の秩序は崩壊しなかった。

 スキルオーブの数は極めて少なかったし、管理者が把握していないオーブの使用者は更に少なかった。オーブの力を利用した犯罪が、犯罪として認識されず表に出てこなかっただけかも知れないが、そんな犯罪はオーブ出現以前から存在していただろうし、結果として何も変わったようには見えなかったのだ。


 そんな夢のようなアイテムのオーブだが、カードを出現させていない人間には使用できなかった。オーブの恩恵を受けようと思えば、一度は魔物を倒す必要があるのだ。

 その結果、弱い魔物を倒すツアーが頻繁に行われるようになった。


 スキルオーブを得る確率がどんなに低かったとしても、チャンスが一日しかないのであれば、あらかじめ用意しておくにくはない。そう考える人は結構多かった。特に先進国では。


 ダンジョンが出来た当初は、どの政府も後手後手の対応で混乱していたが、一年も経つうちには法や管理体制が整備され、各ダンジョンは政府とWDAによってなんとか管理できる状態になった。


「もし見つければ、一攫千金も夢じゃないとはいえ、あれは一般人には回ってこないよな」


 ネットの中では、アイテムボックスが発見されたとか、転移魔法があるだとか、そんな噂がまことしやかに囁かれていたが、オーブ使用者の情報は隠匿される傾向が強いし、信憑性はゼロに等しかった。

 もっとも、隠匿が法で決まっているわけではなく、本人が自分で公開するのだとしたら、それは自由だ。結果、世界が少しだけ不自由になったとしても、注目されることは確かだろう。


 芸能界ではDg48なんてグループまでが生まれてきた。「推し」にスキルオーブを提供すると、そのスキルオーブが消える時間まで二人でデートまがいのことができるらしい。

 節操がないといえばその通り、握手券商売もここまで来たかと揶揄されたが、これが図太く生きるということなのだろう。


「少しは見習いたいよ、まったく。おっと」


 信号が青に変わり、アクセルを開けて車をスタートさせたそのとき、道路からタイヤが離れるような感覚が腰に伝わってきて、車が弾むような動きをした。


「な、なんだこりゃ?!」


 交差点を走っていた車が、あちこちでぶつかって跳ね返っている。


「や、やべっ!」


 無理矢理ハンドルを切って、道路から、何かの工事現場へと突っ込んだところで、前輪を取られてスピンした。

 深い地割れができていて、そこにタイヤを取られたようだ。こうなってしまっては、アクセルを戻して止まるのを待つしか仕方がない。

 くるんときれいに一回転した車の横に、何か小さな影が現れてたような気がしたが、すでに車の挙動は制御の外だ。車の腹にドンという大きな音が響いた瞬間、冷や汗が一気に吹き出した。そうして、鉄筋を大量に詰んだ大きなトレーラーにぶつかる寸前、車はようやく停止した。


「今の、まさか、子供じゃないよな……」


 結構派手に当たっていたし、もしも巻き込んでいたとしたら、擦り傷程度ですむはずがない。会社のことと言い踏んだり蹴ったりだ。

 俺は、急いでドアを開けると、雨の中に飛び出して、ぶつかったものを探した。

雨脚は更に強まっていて、水煙の中よく見えなかったが、少し先にあるトレーラーの側に黒い何かが倒れていた。


「おい、大丈夫か!」


 慌てて、その影に駆け寄って、手をさしのべようとしたところで、それの異様さに気がついた。映像では何度も見たことがあったが、生で見るのは初めてだ。それはどう見ても人ではなかった。


「ゴ、ゴブリン?」


 そう呟いた俺の目の前で、ゴブリンらしきものは、黒い粒子に還元された。

そうしてそこには、くすんだ銀色をした、一枚のカードが残されていた。


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Area 12 / 芳村 圭吾

Rank 99,726,438

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 ダンジョンカード――それは人が、初めて魔物を倒したとき必ずドロップする謎のカードだ。

 どうやって所有者の名前や記載されている内容を取得するのか、分からないことだらけのカードで、一時は稀少な金属ではと噂もされたが、結局ありふれた素材だったらしい。


 エリアは、そのダンジョンカードが発現した場所を表している。

ダンジョンカードの情報から帰納的に推測された結果、西経110-一二〇度辺りをエリア1として、以降、地球の自転方向に経度一〇度の幅で、エリア番号が増加していき、エリア36で一回りすると考えられていた。

ところが、近年カナダのポンド・インレットでイヌイットの男がエリア0のカードを取得したことにより、極圏がエリア0として設定されているのではないかと言われているが、残念ながら南極圏でDカードが取得された例はなかった。

 

 いずれにしても東経一三九度台の東京は、エリア12の東の端っこにあたるわけだ。


「ランク 99,726,438 か」


 カードを拾い上げた俺は、それを見ながらそう呟いた。

 ランクは倒した魔物から得た何か――便宜上ゲームに模して「経験値」と呼ばれていたが――で全人類を並べた順位と言われている。

俺は今初めてゴブリンを倒したから、世界中でゴブリン一匹よりも多く魔物を倒したことのある人が、九千九百万人以上いるってことだ。

 人類の七十分の一が、すでに魔物と接触しているってのは、多いんだか少ないんだかさっぱり分からない数字だ。そんなことをぼんやり考えながら、俺は深く息を吐いて呟いた。


「なにはともあれ、子供じゃなくてよかった」


 俺は安心したように力を抜いて、後ろのトレーラーにもたれかかった。

交差点の方からは、混乱の声と煙が上がっている。どうやら、今のは大きな地震だったようだ。


「うちのアパート、大丈夫だったかな」


 なにしろ築五十年は経とうかという二階建てのボロアパートだ。大きな地震で潰れたって全然おかしくない。すでに全身はびしょ濡れだし、会社に戻っても着替えすらない。ここは一旦家に戻って――そう考えたとき、ずるりと後ろに体が滑り、地面に尻餅をついた。


「いてっ! 何だ?」


 そう言って振り返った俺の目には、後ろに向かって下がっていく鉄筋を満載したトレーラーの姿が映っていた。


「ええ?!」


 それが下がっていく、その先には、先の地震でできたのか、大きく深い亀裂が広がっていた。どうやら、きわどいバランスで止まっていたトレーラーに、俺が最後の一押しを加えたようだった。

 幸いトレーラーはそのまま地割れに半分呑まれて停止したが、積んであった大量の鉄筋――非常に太く長い――は、そのまま穴の中へと、すべり落ちていった。


「いや、これ、自然に、地割れに飲まれたんだよね? 俺関係ないよね? 弁償とか絶対無理――」


 俺は冷や汗をかきながらそれを見ていた。

どうせ頭のてっぺんから足の先まで雨でぐしょぐしょなのだ。今更冷や汗くらいどうってことないさと、我ながら訳の分からないことを考えていたが、いつまで経っても鉄筋がぶつかる音が聞こえてこなかった。

落ちたこと自体がなにかの間違いなんじゃ、と、地割れの脇をまわって近づいたとき、地の底から不気味なうなりのようなものが響いて来て、ぐらりと揺り返しが襲ってきた。


「なっ!」


 そうして、体の中から何かに突き上げられるような感じが連続で起こり、まともに立ってもいられず、倒れるように水たまりに座り込んだ。

 目を閉じてそれをやり過ごした俺は、それが収まると同時に何とか目を開けた。そこには、虹色の綺麗なオーブがひとつ、目の前に浮かんでいた。


 それを見た俺は、思わず頭の中で落下距離を計算して逃避した。直径四センチで、十メートルくらいの鉄が自由落下したとすると、丁度二十秒くらいは経っていたから。おそらく……千メートルは越えている。


「鉄筋が縦に落ちたんじゃ、それでも終端速度には到達しそうにないな」


 水たまりの中で、濡れるに任せて、意味もなくそう呟いた俺の目の前には、それでもオーブが浮かんでいた。


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