第2話 碑文 ネバダ 9月某日
九月の終わりのネバダの日中は、いまだに二五度を超えていて、暑く乾燥した風が吹いている。
とある政府の研究所では、所長のアーロン=エインズワースが大きな声を上げていた。
「なんだと?! ダンジョン=パッセージ説が証明された?」
「いえ、証明と言いますか」
その、あまりの剣幕に、情報を携えてきた連絡官は、腰の引けた説明を行った。
丁度、一ヶ月ほど前、ロシアのオビ川流域、スルグトとニジネヴァルトフスクの間にあるダンジョンで、ある特殊なスキルオーブが見つかった。
そのオーブに封じられたスキルの名前は『異界言語理解』だった。
オーブはさっそくモスクワの研究所宛に送られようとしたが、折悪しく、悪天候で飛行機が離陸できず、オーブは、その生存時間ギリギリで、たまたまそばにいたDカード保持者に使われた。
「それで、そのスキル取得者の名前は公開されているのか? 学術系だから隠すわけにもいかんだろう」
「発表された論文によりますと、イグナート=セヴェルニーと言うことです」
彼の知る限り、ロシアのダンジョン研究者に、そんな名前の男はいなかった。
「こちらが、その発表内容――世界中のダンジョンから発見された碑文の部分翻訳――になります」
アーロンは、連絡官に渡されたメモリカードを、タブレットのスロットに挿入すると、自分のパスコードを入力して、すぐにファイルを開いた。
そこに書かれていた内容は衝撃的だった。
「ダンジョンは異世界との連絡通路で、テラフォーミングのツールだって?」
その翻訳によると、針のように穿たれたダンジョンは、繋がった世界を都合良く変革するためのツールとして作用していて、内部からあふれ出す魔物の群れは、繋がった世界に無いかも知れない『魔素』と呼ばれる物質を送り込むための手段として使われる。
もしもそれが本当なら、まさにテラフォーミングといえるだろう。
そして百二十八層を越えるダンジョンは、繋がった世界へと渡る『通路』となるらしい。
「真実だとしたら、衝撃的だな」
「はい」
だが、まだその言葉を理解できることになっているものは、イグナート=セヴェルニーただ一人だ。
仮に本当に碑文が読めていたとしても、翻訳したと彼が主張している内容は誰にも検証できないのだ。彼が自分の妄想を紙の上に再現していないと証明することが出来るのは、今のところ天におわす神その人くらいだろう。
「内容の検証を行うためには、同じスキルオーブをもう一つ手に入れて、別の人間が読んでみるしかありません」
「それをドロップしたモンスターは、国内でも確認されているのか?」
「ドロップモンスターは公表されていません。が、発見されたダンジョンは、キリヤス=クリエガンダンジョンと呼ばれる、リカ・クリエガンがオビ川に繋がる位置にあるダンジョンで、攻略されている階層のモンスターは、国際ダンジョン条約に基づいて公開されていますので、総当たりで調べれば」
「あまりに迂遠だがやむを得んか」
アーロンは、窓から日が薄れゆくネバダの風景を眺めた。
九月の終わりのネバダの夕暮れは、急激に降下していく気温と共に訪れる。
思わず身を震わせたのは、その冷気のせいだろうか。もしかしたら、それは、足の下、わずか百五十メートル先にある、何かの力のせいだったのかもしれない。
そうして夜が訪れた。
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