第36話 検査再び 11/19 (mon)

 そうして翌日、再びやってきました、鳴瀬秘密研究所。


「だれが秘密研究所だ。マッドな研究者は――」

「ああ、もういらっしゃったんですね」


 そう言って、プリンタ用紙の束を引きずった男が現れた。確か、中島とか言ったっけ。


「もう今日はオーラの秘密に迫れるかと、ドキドキで、よく眠れませんでしたよ!」「――いないぞ、たぶん」


 眉間を押さえながら鳴瀬所長がそう言った。


「で、今回も項目は前回と同じですか?」

「ええ、計測は全項目でお願いします」


「そういえば、前回のレポートはよく書けていた。参考になったよ、ありがとう。しかし、今回は四十三回だ? お前等本当に酔狂だな」

「検査費だけで約一億ですからね」


 中島氏が顔を振って感慨深げに言った。


「うちも潤沢な予算が欲しいです」

「さ、さあ、早速始めるぞ。時間がないからな!」


 鳴瀬所長が目を泳がせながら、中島氏の話を打ち切ると、前回の計測器に俺を押し込んだ。

 

 俺は早速ステータスを展開した。


--------

Name 芳村 圭吾

Rank 1 / SP 1118.856


HP 61.00

MP 52.00


STR 24 (+)

VIT 25 (+)

INT 28 (+)

AGI 20 (+)

DEX 26 (+)

LUC 24 (+)

--------


 とりあえず、ステータスを丸めるか。

代々木でずっとスライムを二千匹くらい倒してたが、連続で倒したせいで、一ヶ月の取得ポイントは五ポイントとかだった。

これだと一年で六〇ポイントくらいか? すると三年で一八〇ポイント。


 トップエンドのエクスプローラーのステータスが、平均的に振られていたとしたら、三〇ポイント平均くらいだろう。ばらつきがあったとしてもせいぜいが六〇ポイントくらいのはずだ。根拠はないが。

 モンスターの経験値も深いところに行くほど増えるだろうから、倍くらいになっていたとしても六〇ポイント平均で、上が一二〇ポイントくらいか。


 三好と相談した結果、どれかを一気に上げるよりも全体をまんべんなく上げて測りたいらしかった。

 どれかを突出してあげる人間はほぼいないはずだからだろう。まあ、予定では一〇〇までだから、そのくらいまでは平均的に上げても問題ないか。


--------

Name 芳村 圭吾

Rank 1 / SP 1085.856


HP 75.00

MP 57.00


STR 30 (+)

VIT 30 (+)

INT 30 (+)

AGI 30 (+)

DEX 30 (+)

LUC 30 (+)

--------


「お願いします」

「よし、一発目計測するぞ」


 右腕にちくりとした痛みを感じると、前回と同じく、ゴウンゴウンとCTが動くような音が聞こえてきて、数分後、計測終了の連絡が来た。

 五分で一回を終わらせても四時間かかる長丁場だ。俺は淡々と機械的に作業を進めていった。

 そしてそれは、STRを一〇〇ポイントにしたときに起こった。


--------

Name 芳村 圭吾

Rank 1 / SP 715.856


HP 235.00

MP 171.00


STR (-) 100 (+)

VIT 90 (+)

INT 90 (+)

AGI 90 (+)

DEX 90 (+)

LUC 90 (+)

--------


「はい?」


 ステータスが100を越えたSTRに(-)マークが追加されたのだ。


『どうかしたのか?』


 思わず上げた声に、翠さんが反応した。


「あ、なんでもありません。ちょっと待ってて下さい」


 しかし、これは……もしかしてポイントを戻せるのか? もしもそうなら、一点特化で大ポイントをふって遊べるわけだが……ゲームじゃ大抵、二ポイント使って一ポイント戻せるみたいなペナルティがあったりするんだよなぁ。


 俺はおそるおそる(-)を押した。


--------

Name 芳村 圭吾

Rank 1 / SP 715.856


HP 234.00

MP 171.00


STR (-) 99 (+) [1]

VIT 90 (+)

INT 90 (+)

AGI 90 (+)

DEX 90 (+)

LUC 90 (+)

--------


 結論から言うと、SPが戻されたりはしなかった。


 どうやら、ステータス内で、使用するポイントを決められる機能のようだ。

今のところいまいち使い道がわからないが、すごくステータスが伸びて、人外パワーになったとき、手加減するための機能なのかも知れない。

 あとはステータスの擬装とかだろうか? 見る人もいないのにそんな機能があっても仕方がないから、そういうものを見られるスキルがあるということだろうか?


 擬装した結果、もしも、ポイントを割り振っていない時と同じ状態になるのなら、三好のテストには非常に都合が良いが……ま、今は余計なことをしないほうがいいだろう。

 俺はポイントを戻して、「次お願いします」と言った。


 そうして五時間後、俺のステータスはこうなっていた。


--------

Name 芳村 圭吾

Rank 1 / SP 665.856


HP 250.00

MP 190.00


STR (-) 100 (+)

VIT (-) 100 (+)

INT (-) 100 (+)

AGI (-) 100 (+)

DEX (-) 100 (+)

LUC (-) 100 (+)

--------


「先輩、お疲れ様」

「さすがに、四十三回は結構きついな」


 計測器を出た俺は、大きく伸びをしてそう言った。


「お疲れさん。結果がそろうのにもう少し時間が掛かるから、これでも飲んで待っていてくれ」


 翠さんが大振りのマグカップに入ったコーヒーを差し出している。


「ありがとうございます」


 俺はそのカップを受け取って、軽く力を入れた瞬間――持ち手が粉々になった。


「は?」


 割れたんじゃなくて、何かで押しつぶしたかのように粉々になったのだ。

当然、マグカップは派手に中身をぶちまけながら床へ。


「うわっ、す、すみません!」

「おいおい、大丈夫か? 火傷とかしてないか? もし掛かったようなら、洗面所はそこだ」

「あ、ありがとうございます」


 俺は後片付けを三好に任せて洗面所に飛び込んだ。

 水を流しながら、おそるおそるポケットから十円玉を取り出すと、親指と人差し指でゆっくりとそれを摘んだ。すると、十円玉は、なんの抵抗もなくまるでゴムで出来ているかのようにふたつに折れた。


「うそだろ……加減が全然分からないぞ」


 STRの影響がこれだけ出てるなら、ちょっと走ったつもりが瞬間移動に見えたり、ちょっとなでたつもりで犬の頭が吹っ飛んだりしかねない。

 トッププレイヤーは長いことかけて徐々に身体能力が上がるから、体のほうがそれに慣れて制御できるわけか。


「(-)の意味が、やっとわかったぜ」


 そう呟いて俺は、少し強くなった程度までパラメーターを低下させた。


--------

Name 芳村 圭吾

Rank 1 / SP 665.856


HP 75.00

MP 57.00


STR (-) 30 (+) [70]

VIT (-) 30 (+) [70]

INT (-) 30 (+) [70]

AGI (-) 30 (+) [70]

DEX (-) 30 (+) [70]

LUC (-) 100 (+)

--------


 LUCとINTは影響ないだろうとは思ったが、水魔法でやらかしそうなので、INTも下げておいた。流石にLUCは大丈夫だろう。


 そう思ったとき、俺の携帯が振動した。慌ててそれを取り出すと、相手は御劔さんだった。


「御劔さん?」


 俺はとりあえず画面をスワイプして通話を開始した。


「はい。芳村です」

「あ、芳村さんですか、御劔です」

「夕べはどうも。どうしたんですか?」

「あ、あの、そのことですけど……」


 彼女の話を聞くと、本当は昨日のお礼を言いたかったんだけど、あんなことしちゃったからなんだか恥ずかしくて、連絡できなかったんだそうだ。

 でも、今、なんだかよくわからないけど、どうしても掛けなきゃって気持ちになったらしかった。それって、もしかしてLUCのせいか?


「それで、やはりダンジョンでの特訓が作用しているんだと思うんですが、今、技術の部分を教えていただいてる先生に、記憶をなくした一流モデルみたいだって言われました」


 ああ、技術を学んでいないだけで、体は教えられたとおりに完璧に動くんだから、そうなるのかもしれないな。


「それで、思ったよりも進みが早いので、年内一杯、週五予定のレッスンが、週三になったんです」

「では仕事を始められるんですか?」

「いえ、具体的な活動は来年からですし、結構時間ができますから、こないだお約束したダンジョンに一緒に行ってもらいたいなと思いまして……」


 え、これってデートのお誘い? 場所はダンジョンだから、ロマンティックのカケラもないのだけれど。


「大丈夫ですよ。二十二日から数日留守にしますけど、それを除けば十二月の予定はまだ入っていませんから。お休みの日を教えていただければ、こちらで予定を調整してお知らせします」

「ありがとうございます! じゃ後で休日をメールしますね。お忙しいところすみませんでした」

「はい。それではまた」


 そうして電話を切ったが、洗面所の鏡に映る男の顔は、サプライズでプレゼントを貰った子供みたいににやけていた。

 おかげで、三好に散々突っ込まれることになった。


 三好はと言えば、鳴瀬所長となにやらデバイス開発の話をしたようだった。

 能力の数値化がもたらす功罪は表裏一体だろう。社会がそれをどう受け入れるのかはわからない。ともあれ研究者は出来ることをやるだけだ。その先は運用する人達が考えればいいことだからな。

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