第37話 a sequel / とある社交パーティで
「あの美しい女性は誰だい? 見たことがないな」
柔らかなクリーム色のドレスを纏ったその女性は、少女から女に変わる一瞬の美しさを見事に体現していた。
ルビーをあしらったピアスとペンダントが華やかな笑顔をひきたてていて、少女と女性の狭間のアンバランスな魅力を危ういところで保っていた。
「ああ、あれはアーメッド氏のお嬢さんだ」
「アーメッド? というと、ムンバイの? あそこのお嬢さんと言えば……なんというかタブーじゃなかったのか? 兄妹がいたとは知らなかったな」
「いや、その当人らしい」
「なんだって?」
「先日、日本に行って、戻ってきたときにはああなっていたんだそうだ。こっちの社交界じゃ、その奇跡の噂で持ちきりだよ」
「知らなかったな。腕の良い整形外科医でもいたのかい?」
「なくなった手足を作り出せる医者がいるとしたら、そいつは悪魔と契約してるに違いない」
「移植……か?」
「あんなにそろった美しい手足を見つけるのは難しいどころではないだろうし、顔はもっと不可能だ。そんなことができるのならとっくに実行していたろう。仮にそうだとしても回復が早すぎる。一年はリハビリが必要だ」
「じゃ、ポーションか?」
「以前試したときはダメだったらしい」
「つまりはどういうことなんだ?」
「日本で魔法使いにあったんだよ」
二人が話している場に、立派な口ひげをたたえた男が割り込んだ。
アーメッド=ラフール=ジェイン。インド有数の大富豪だ。
「アーメッドさん?! これは失礼しました」
「いや、今は何処に行っても、その話ばかりだからね」
アーメッドはおかしそうに笑った。特に気にしてはいないようだ。
「それにしても魔法使いとは、何かの比喩ですか?」
「いや、他に形容する言葉がない、というだけかな。とても信じられない一日だったよ」
「一日? お嬢さんは一日で回復されたんですか?」
「体はね」
「信じがたい」
「まったくだね。心の方は、その僅か二日後に……まあ、あのピアスとペンダントのおかげかな」
陽光に時折光るそのアクセサリーは、確かにいいものだったが、ハイジュエリーではなく、普通のコレクションのデザインだった。
「ハリーウィンストンですか……確かにいいものですが、アーメッドさんなら一点もののハイジュエリーでも簡単に用意できるでしょう?」
「まあね。だけど、魔法がかかったアクセサリーには、別の価値があるのさ」
彼はそう言って笑うと、手を振って、次のゲストに向かって歩いていった。
「どう思う?」
「日本に行って、魔法使いにあえば失った手足や美貌がとりもどせる。ついでに魔法のかかったジュエリーで心のケアも万全だ、ってことだろ」
「そのままじゃないか」
「だから、そのままなんだろ。他に形容のしようがないから魔法なんだろ」
「そんなことが出来るなら、体や美貌を損なった、元一線級の連中が大挙して日本に押し寄せかねないな。スポーツしかりモデルやアクトレスしかり、あとは軍人もそうか」
彼らの話を隣で黙って聞いていた、小柄な男が、その話に割って入った。
「実は、面白い噂があるんだ」
「なんだい?」
「アーメッド氏が訪日する前、日本で奇妙なオークションが開かれたんだ」
「オークション? クリスティーズかい?」
「いや、メジャーなオークションハウスじゃないから、特殊な業界以外の人間には、ほとんど知られていない」
「なんだ、ずいぶんと、もったいぶるじゃないか」
「開催された回数は、いまだ僅かに二回だけ、取引された商品はどちらも4点だけだったが――」
「が?」
「売り上げはざっと二億ドルだ」
「ちょっとまってくれよ。1点二千五百万ドルもする商品が、メジャーでないオークションハウスで行われたのかい? 良く落札されたね」
「その商品は、世界中のオークションハウスにとっても、垂涎の的なんだ。ただし、どんなオークションハウスもそれを取り扱うことができなかった」
「どうして?」
「この世界に現れた瞬間から、わずか二十三時間五十六分四秒後に消えて無くなるからさ」
「まさか」
「そう。そのオークションハウス――というより個人の売買サイトみたいなものなんだが――は、スキルオーブを取り扱ったんだ。しかも落札期間は三日間だ」
「そんな馬鹿な……」
「当然誰もが詐欺だと思った。だが、そのサイトはWDAライセンスで運営されていて、今でも閉鎖されていない」
「つまり、正常な商取引が行われているってことかい?」
「WDAを信じるならね」
「余り知られていないと言っていたけど、もしそれが事実なら、オーブを買える世界中の金持ちが大挙して押し寄せるんじゃないか?」
「まあね。今は、ミリタリー関係者が落札しているんだろうし、大半は様子見ってところだろう」
「とても信じられない」
「まったくだ」
「話が面白くなるのはここからなんだ」
「なんだって? もうお腹いっぱいだよ」
「まあまあ。少し前に行われた二回目のオークションで、ひとつの未登録スキルが販売されたんだ」
「それで?」
「その名称が〈超回復〉。落札されたのは、アーメッド氏が訪日した二日後だ。どう思う?」
最初に話していたふたりは顔を見合わせた。
その後、背の高い方の男が、割り込んできた小柄な男に向かって言った。
「話としては凄く面白いよ。だけど、その娘さんが事故にあったのはダンジョンが現れる前だろ?」
「そうだ」
「Dカードはどうするのさ。あれの条件は、独力でモンスターを倒すことだろ?」
「そうなんだよ。そこがこの話の弱点なんだ」
小柄な男は悔しそうに言った。
両腕と片足がなく、何年も車いすの上で過ごした人間が、ダンジョンに入って独力でモンスターを倒す? 人の体は海水に浮く。ドーバーを泳いで渡れと言われる方が現実的だ。
「きっと日本の魔法使いのチームがどうにかしたんだろうさ」
「なかなか夢のある話だった。そういえば――」
そうして、話題は、EUを離脱するイギリスのごたごたへと移っていった。
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