第35話 ないとう 11/18 (sun)
アークヒルズサウスタワーに入って、一階へ。
「ああ! 翠さんが白衣じゃない?!」
「ですよねっ」
三好が拳を握って賛同してくれる。
「なんだ、お前、理系メガネ白衣女子萌えだったのか?」
「いえ、違います」
「そこでいきなり素になるなよ!」
翠さんと俺がアホなやりとりをしているあいだに、三好は、俺の隣にいる御劔さんにお祝いの挨拶をしていた。
「あ、御劔さんこんにちはー。オーディション合格おめでとうございます」
「ありがとうございます。今日はずうずうしくもついてきちゃいました」
「先輩が誘ったんでしょ? 柄にもなくナンパなんかしちゃって」
「ちがっ! 対スライムチームの仲間としてだな!」
「ほらほら、行きますよ」
くっ、スルーされた。
まるで行き止まりに見える場所へと進むと、実は突き当たりの手前に左へ入る通路がある。入り口の自動ドアをくぐれば、すぐに会場だ。
しかし、関係ない人は絶対に通らないロケーション(*1)だよな、ここ。
『おお! 芳村、三好、良く来てくれた。お前達は我が家の恩人だ!』
角まで行ったところで、店の前にいたアーメッドさんが、こちらに気付いてハグしてきた。このオッサン、結構力が強くて苦しい。
『私達だけではありませんよ。JDAの鳴瀬さんには、陰に日向に手厚いサポートを頂きましたし』
『もちろんだ。きめ細かなフォローには感謝している。それで、そちらの美しいお嬢さん達は?』
『こちらが、鳴瀬さんの妹さんで、翠さん。医療機械の開発会社をやっています。今うちと一緒に時々仕事をして貰ってるんです』
『ベンチャーのオーナーなのかね?』
『そうです』
『始めまして、鳴瀬翠と申します。今日は直接呼ばれてもいないのにお邪魔させていただいて恐縮です』
『いや、あなたの姉さんにはとてもお世話になった。楽しんで下さい』
『ありがとうございます』
こうしてみてると、翠さんって黙って立っていれば、デキル女って感じが半端ないな。スーツ姿も格好いいし。
「いつもあれだと翠先輩も格好いいんですけどねぇ」
「いや、お前、身も蓋もないことを言うなよ。俺もそう思ったけど」
『それで、こちらが御劔遥さんです。来年から、fiversity ブランドの専属モデルになる新進気鋭のモデルさんです』
『始めまして。まだ、英語がうまくない。すみません』
『それはおめでとう。英語は大丈夫。ちゃんとわかるよ。芳村君の彼女なのかね?』
『だと嬉しいんですが。残念ながら彼女もうちの関係者ですよ』
そのとき御劔さんの頬に、少し赤みが差した気がした。
『ほう、ダンジョンに潜るのかい?』
『はい、少し』
『それは仕事の役に立つ?』
『とても』
『なるほど、関係者のようだ』
アーメッドさんは笑って、店の入り口から店内に入っていった。
店内はL字型のカウンターのみで、結構狭かった。別室もあるみたいだが、もちろん今日は使われない。
『ケーゴ!』
『アーシャ。今日はご招待ありがとう』
「はい、先輩。これ」
「お。了解」
俺は三好からうけとったジュエリーの箱を、彼女に差し出した。
アーシャの服は三好の見立て通りだった。流石だ。
『アーシャ、全快のお祝い。俺たちから』
『え? ありがとう! 開けても?』
『もちろん』
『わあっ、素敵なピアス! 今すぐ付けられないのは残念だけど』
『ちゃんとした医療機関であけて貰うと良いよ。今日のところは、こちらのペンダントで我慢していただきたい』
『あら、付けていただけるのかしら?』
『仰せのままに』
(先輩、いつから英語でそんな言い回しが出来るようになったんですか?)
(昨日ネットで覚えた。間違ってないか?)
(定型句ですから、大丈夫ですよ)
アーシャが向こうを向いて、髪を軽くかき上げたところで、ペンダントのチェーンを回して、フックをかけた。髪を下ろして振り返った彼女の胸元で、ダイヤに縁取られた小さな赤いルビーが美しく輝いていた。
『うん、とてもよく似合うよ』
『ありがとう。大切にする!』
そうして俺たちは席につくと、大いに食事を楽しんだ。
翠さんが「うまっ、アンキモすげぇ、うまっ」といっておかわりしながら、日本酒をきゅっと飲んでいたのが印象的だ。左党だったのか。
「アンコウの肝は十二月頃から肥大するんですけど、ここのところ、早い時期からとれる事が多いんですよ。これは美味しくなった走りのものです」とご主人が説明していた。
鳴瀬@JDAさんは、完全にそれを見ないふりで、三好やアーメッドさんと話をしている。
俺は、アーシャと御劔さんに挟まれて、楽しい時間を過ごしていた。
二人の会話は、外国人が日本語を使って、日本人が英語を使う奇妙なシチュエーションだったけど、意外とあるあるなのだ。
「ケーゴ、これ、美味しい。ほら」
『アーシャ、それはあーんというポーズで、意味、親しい』
「したしい? so good! Do I have to say 'earn'?」
『私、見せる。手本』
「はい、芳村さん。あーん」
「ちょ、まっ」
「せ、先輩がもてている」
「あれはオモチャにされているって言うんですよ」
良い感じにアルコールも入ってますしね、と言って、鳴瀬さんはくいっとぐい呑みを呷った。姉の方もイケるくちだったのか。
「それでも、片やボリウッド女優もかくやと言わんばかりの美女で、片やブランドに抜擢された新進気鋭のファッションモデルですよ!」
「改めてそう言われると、凄い気がしますね」
「フォーカスし放題です!」
三好が不穏なことを言う。
こいつの恐ろしいところは、何処までが本気でどこからが冗談なのか、よく分からないってところなのだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
『今日はご馳走様でした』
『ケーゴ』
『アーシャも元気でね』
そういうとアーシャは、こちらに近寄ってきて、俺をハグした。
え、インドって、身体的接触ってありだっけ?? と焦っていると、フイと離れた彼女が『いつかまた、ね』と言った。
『うん。また』
俺たちは、すぐにまた会える友達同士のような、挨拶をした。
『いまや世界は、会おうと思えばいつでも会える程度には狭いさ』
そういって笑うアーメッドさんの笑顔はちょっと怖かった。これが親バカパワーというものか。
『今後、何か困ったことがあったら私に連絡してくれ。必ず力になろう』
『ありがとうございます』
そう言ってやたらと豪華な名刺をもらい、ことさら力の入った握手(痛い)を交わした後、アーメッドさんたちと手を振って別れた。
翠先輩は、三好のところに泊まるそうなので、一緒にハイヤーに乗り込んだ。
途中、御劔さんを下ろすところで、用意していたプレゼントを渡した。
大きな一粒の真珠のピアスをお願いしたら、店員が選んでくれたのは、少しモダンなデザインの、Mという文字をベースにしたものだった。
少しの酔いも手伝って、感極まった御劔さんは、ハイヤーを降りたところで、俺にキスをしてくれた。もちろん頬だったのだけれど。
「おーおー、デビュー前にフォーカスされちゃいますよ?」
そんな風に、別れた後のハイヤーの中で三好に囃された。
「無名の人間を張るほど暇じゃないだろ」と冷静なフリをして見せたが、その時、俺はちょっと、舞い上がっていた。
--------
*1) 実はトイレがあるのでそうでもない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます