第27話 事務所の引っ越しと探索依頼 11/12 (mon)
そうして、十二日。俺たちは新しい事務所へと引っ越した。
「うわあ、なんだこれ……」
二階にある自分の部屋の玄関の扉を開けた俺は、思わずそう呟いた。
「北欧風ですね」と、ちらりと覗いて行った三好が言った。
確かにシンプルに纏めて欲しいとは言った。
そして言葉通りにシンプルで家具も少なめ、きれいに纏められている。
「しかしなぁ……」
俺はダイニングテーブルの上から下がっている蓑虫みたいなライトを眺めながら、あまりにオサレな空間に尻込みしていた。どうにも落ち着かない。
「ま、住めば都か」
その一言であきらめた俺は、少ない持ち物の整理を始めた。
リビングの壁一面に設置されている重厚な本棚は、分厚くて重たい専門書で埋まれば格好よさそうだ。専門書あんまり持ってないけれど。
持ってきた荷物が少なすぎて、三十分もしないうちに整理が終わってしまった俺は、玄関を出て一階の事務所へと足を運んだ。
「一階は、三好の趣味の部屋みたいだな」
「へへへ。いいでしょう」
ダイニングにはユーロカーヴのレヴェラシオンが三台並んでいた。中身はまだ……あれ? 早速、ちょっと埋まってるな。
「自分の部屋のダイニングに置くのかと思ってたよ」
「自分の部屋でそんなガバガバ飲みませんよ!」
つまり、事務所のダイニングでは飲む気なんかい! とは突っ込まないのがうまくやるコツだ。そのはずだ。
すでに事務所然としているリビング側を覗くと、奧にあるL字型をした三好の大きなデスクの上には、三〇インチクラスのモニタが三台並んで、すでにメモ用紙が散乱していた。
隣には、どうやら俺のデスクっぽいものが置かれていたので、その椅子に腰掛けてみた。
うん、いいね。
「先輩、荷物の整理は終わったんですか?」
「ああ、服と本くらいしかないしな」
「え? 食器とか細かいものは?」
「前の家」
「前のって……向こうのアパートはどうするんです?」
「面倒だから、しばらく放置」
「うわー、金満ですね!」
まあ、確かに。いかに面倒でも、以前なら必死ですぐに引き払っていただろう。
ボロとは言え、家賃は特段安くもないのだ。いや、もちろんまわりに比べれば安いのだが。
「これも心の余裕のなせる業?」
「単にグータラだと思います」
はい。その通りです。
「そういう三好はどうしてるんだよ」
「私はもう引っ越しましたよ?」
「は? 何にもしてないような気がするんだが」
「完全お委せお引っ越し便を頼みました。なにもしなくても、あーら不思議。勝手に梱包されて、運ばれて、あっという間に元通りの部屋に復元されるんですよ。いやー、コーディネーターと言い、世の中にはいろんな魔法があるんですね」
「そんな便利なものが……知らなかった」
「世界はお金持ちに甘いんですよ。目から鱗がぽろぽろです」
「ちっ。まあ、おいおい移動させて、綺麗になったら引き払うよ」
「これはずっと維持しちゃうヤツですね」
「うっせ」
そんなやりとりをしていたら、玄関の呼び鈴が鳴った。
三好がPCの画面をちらりと確認すると、「鳴瀬さんです」と言った。
「あ、お引っ越しおめでとうございます。これ、お祝いです」
鳴瀬さんは大きな胡蝶蘭の鉢植えを抱えていた。大輪四十個クラスの結構大きなやつだ。普通は配送して貰いそうなものだけど。
しかし胡蝶蘭って育てるの難しいんじゃなかったっけなどと考えながら、お礼を言って受け取った。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「あの、お引っ越しが一段落したところで、専任管理監としてお願いが」
引越祝いの挨拶もすませ、(コンビニの)蕎麦も一応お気持ちで食べた後、コーヒーを入れて雑談をしている最中に、突然居住まいを正して、鳴瀬さんがそう切り出してきた。
いつになく緊張しているような鳴瀬さんを見て、三好がフランクに答える。
「なんです改まって? いいですよ、できることでしたら」
「あ、あの。とあるオーブを探していただきたいんです」
「オーブを、探す?」
俺と三好は、顔を見合わせた。一体どういうことだろう?
「どんなモンスターがドロップするんです?」
「わかりません」
「え?」
「えーっと、代々木でドロップするんですよね?」
「それもわかりません」
「ええ……」
「そのオーブ『異界言語理解』は、世界でたった一個、ロシアのキリヤス=クリエガンダンジョンでドロップしました。ただしどのモンスターからドロップしたのかは公開されていないんです」
異界言語理解とはまた、すごい名前のスキルオーブだな。
「それで、なんでそのオーブが必要なんですか?」
鳴瀬さんはため息をひとつつくと、極秘事項なのですがと口止めをした後、説明してくれた。
「つまり、そのスキルの効果でダンジョン碑文の翻訳が行われたけれど、その翻訳の内容に嘘がないかどうかは現時点ではわからないということですか」
「そうです。その検証のために、世界中の国がそのオーブを探しています」
「先輩、ちょー儲かりそうですよ!」
近江商人が目を¥にして、飛び上がった。
「え? 仮に手に入ったとして、オークションに出しちゃって良いものなの?」
「あ、そうか……」
「私としましてはJDAに譲っていただけると大変助かるのですが……」
「自由経済って、そういう点では縛りが多くて大変ですよね」
俺は笑いながら、そう言った。
「そのキリヤスダンジョンでしたっけ? の、モンスター構成はわかりますよね。それは代々木にも?」
鳴瀬さんは頷いた。
代々木は非常に広くて、モンスターの多様性については世界でも屈指のダンジョンだ。ひとつのフロアの中に、いくつかの環境セクションがあるフロアも確認されている。フロアボスだけでなく、各セクションのボスみたいなモンスターまで存在していた。
「ほとんどは確認されています」
そういって、キリヤスダンジョンにいるモンスターの一覧を渡してくれた。
俺は三好とそのリストを追いかけた。
「言語理解ってことは、なにか喋りそうな知性のあるモンスターですかね?」
「バンパイアみたいなタイプか?」
「そうそう、そんなの」
因みにバンパイアは今のところ見つかっていない。まあ、そう言う可能性もあるだろうが……
「たぶんこれだな」と、俺は一匹のモンスターを指さした。
ブラッドクランシャーマン。
ゴートマンのように社会性の高いモンスターは、特定の地域でクランを作っていることがある。そのクランの中で、魔法を操る職業の代表格だ。
三好が不思議そうな顔で聞いた。
「なんでわかるんです?」
「不思議だと思わないか?」
「なにがですか?」
「鳴瀬さん、モンスターの名前は誰が付けてるんです?」
「一般的なものは、発見者や国が適当に付けたものを、WDAが正式名称として発表します。ただし、素材アイテムがドロップした場合は、大抵名称が書かれていますので、その名称に修正されますね」
「そこですよ」
「?」
「大抵のモンスターは、地球の神話や、それを引いたゲームの世界などから名前が付けられているように見えます」
「はい、概ね」
「アイテムに付いていた正式な名称は、言ってみればダンジョンが指定したものです。にも関わらず、いままでドロップしたオーブは、大抵がそのモンスターが落としてもおかしくない範囲の効果を持っていた」
「そう、ですね」
「どうしてそのモンスターが落としそうだと、我々が考えるオーブがちゃんと落ちるんでしょうね?」
俺はスライムのドロップ可能性があるオーブを見たとき、とても不思議に感じていた。それはまるで、日本人がドロップアイテムを決めたかのようなラインナップだったからだ。
異世界?から来た、スライムと名前を付けられた未知の生物が、どうして日本のゲームのスライムと、名前を付けられたときにはまるで知られていないはずの性質までが一致しているのだろう?
「このゲームをデザインしたやつは、地球の文化をよく理解しています。非常に詳しいと言っても良い」
鳴瀬さんは唖然とした顔で聞いていた。
「そこで、考えられる可能性は三つ」
俺は三本目の指を立てた。
「一つ目は、たんなる偶然」
確率的にはありえないけどな。
「二つ目は、プラトン言うところのイデアの存在」
それにしたって、名称が一致するというのはどうだろう。
ダンジョンカードはネイティブ言語で表示される。だからモンスターの名称も認識の上で置換されている、と考えることはできるかもしれないが。
「そうして、三つ目は、ダンジョンのデザインをしたのは、地球人だという可能性でしょうか」
「そんな馬鹿な……」
「そうですか? そう考えるのが一番しっくり来るんですけどね」
俺は冗談っぽく笑いながら、コーヒーを口にした。
「ともかくそう考えた場合、地球の神話、とくにケルトあたりでは、言葉や文字を操ることは、それ自体が魔法と同義です」
「社会性のあるモンスターの中で魔法を操るものは、言葉や文字に関わるスキルを持っているってことですか?」
三好が核心を突く。
「そう。リストを見る限り、クランを作るほどに社会性のあるモンスターは、ゴートマン系だけだ」
鳴瀬さんは代々木のモンスターリストを取り出した。
「残念ながら、ブラッドクランは代々木にはありませんが、ムーンクランがあります」
ゴートマン系ムーンクラン。
代々木十四層の奧、これまた十五層への階段とは反対方向の、いかにも過疎りそうな場所にあるセクションだにいるモンスターだ。
「でも先輩。同一クランにシャーマンがそんな沢山いますか?」
「そこだよな。でも、いなくなったらすぐに他の個体がシャーマンに変異するんじゃないかと思うんだ」
「根拠ないですよ?」
「まあな。でも自然界では結構あるだろ、そういうの」
大抵は雄雌とか、女王とかだが。
「あとは、十四層まで行ったり来たりするのって、すごい時間がかかりそうですよね」
それには鳴瀬さんが答えてくれた。
「標準的な直行ルートだと二日ですね」
「どっかに拠点を作るしかないな」
「エクスペディションスタイルですか?」
エクスペディションスタイルは、登山用語から来た言葉だ。
ダンジョンの中にベースキャンプを作り、そこからいくつか層を降りる度にキャンプを設営して、複数のサポート隊員がキャンプ間で物資を運搬し、冒険を支える方法だ。対して、少人数のパーティだけで攻略する方法が、アドベンチャラースタイルだ。
「いや、アドベンチャラースタイルで行くことになるとおもう」
「え? 本当に?」
驚いたように言う鳴瀬さんに向かうと、適当にごまかした。
「まあ、お願いは了解しました。ちょっと探してみますよ」
「あの……無理はしないで下さいね」
「もちろんです。グータラ生きていけるのが一番ですから。ではちょっと準備がありますので、今日はこの辺で」
「わかりました。一応課長への報告もありますので、私は一旦JDAに戻ります」
「さっきのシャーマン予想については、まだ報告しないで下さい。面倒が増えると嫌なので」
「わかりました。一応お引き受けいただいたことだけ伝えさせていただきます」
「余り期待しないように言っておいて下さいね」
「お疲れ様ー」
俺たち二人は、JDAに戻っていく鳴瀬さんを見送った。
携帯で報告すればいいだけのような気もするが、何かあるのかも知れない。
「先輩、本当に行くんですか? 十四層。私たちまだ二層に降りたこともありませんよ?」
「まあ、なんとかなるんじゃないかな」
「あ、そういえば先輩の世界ランクって一位だったんですよね。全然そんな感じがしないから、すっかり忘れてましたけど」
「失礼なヤツだな。もっとも、俺もそんな感じはしないから忘れてたんだけど」
俺たちは顔を見あわせて吹き出した。
「まあ、やばそうならすぐに逃げ帰ろう。それでさ――」
俺は三好にあるものの調達を頼んだ。三好は驚いた顔をしたが、探しておきますと請け負ってくれた。
「後な……」
俺は目の前に四つのオーブを取り出した。〈収納庫〉、〈超回復〉、〈水魔法〉、〈物理耐性〉だ。
「先輩、これ……」
「まあ、どうせ〈収納庫〉と〈超回復〉は試してみなきゃだしな。〈収納庫〉はともかく〈超回復〉は十一月の半ばにもうひとつ追加できるし、俺には〈保管庫〉があるから、これは三好が使っとけ」
「わかりました。残りは――」
「その四個を除けば、〈超回復〉が二個と〈水魔法〉が三個。〈物理耐性〉が七個だな」
「〈物理耐性〉はヘタすると毎日一個とれますからねぇ」
「三好と俺で一個ずつ。自分達で使う分だけ残しておけば、後は全部売ってもいいよ。段々値段も下がるだろう」
「分かりました。じゃ、次のオークションには、〈物理耐性〉を三個と、〈超回復〉を一個を出しておきましょう」
「月二回、四個ずつか。悪くないな」
「いや、先輩。去年の代々木ダンジョンから出たオーブは、公称四個ですから」
あ、そう言えばあの四角い人が何かそんなことを言っていたような……
「と、ともかく、十四層に行くんなら使っとけ。あと使用レポートもよろしくな」
「スキル取得の最大数テストみたいになってきましたね」
三好は引きつった笑いを浮かべながら、〈収納庫〉に触れた。
「初めて使うときは『おれは人間を辞めるぞ!』って言うのがルールだぞ」
「何、言ってんですか、やめませんよ」
触れていたオーブが、光になって拡散し、触れていた部分からまとわりつくように三好の体に吸い込まれていった。オーブの使用を外から見たのは初めてだったが、こんな風に見えるのか。
「で、どうだ?」
「んー、なんか体が再構築されたような、変な感じです」
そうそう。そんな感じだった。
「先輩も準備するでしょう?」
「そうだな」
俺は自分の〈物理耐性〉と〈水魔法〉、それに〈超回復〉を取り出した。
「急に取得しすぎて、頭がバーン!ってなったりしないかな」
「スキャナーズですか! やめて下さいよ、部屋が汚れますから」
「そこかよ!」
そうして俺たちは、残りのオーブを取り込んだ。
幸い頭は破裂しなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「げっ。あれは……」
まだ時間があったから、取得したばかりのスキルの確認をしようと代々木までやってきた俺は、ちょうど向こうを歩いているサイモン達を見つけてしまった。
何でこんな時間にサイモンがここに? 潜るにしたって、もっと早い時間からなんじゃ……
『ふーん、ここが代々木か。随分きれいに開発されてるな』
『都心のど真ん中にあるダンジョンだからね。浅い層は娯楽色も強いらしいよ』
サイモンが感心するように言うと、ナタリーが代々木のパンフレットを開きながら答えた。
「おい、あれ、サイモンチームじゃないのか?」
「ええ? え? 本物? ファルコンインダストリーのサイモンモデルじゃなくて、オリジナル?」
そんな話を俺の隣にいた二人組が、それなりの声量で話したために、サイモンがこちらを振り返りやがった。カクテルパーティ効果ってやつだ。
『お? 芳村じゃないか!』
サイモンのやつは、超有名人とは思えないくらいフレンドリーだ。
右手をブンブンと振ってこちらに向かってくる。となりの二人が驚いたような顔をしてこちらを振り返った。ヤメロ、目立つだろ!
『や、やあ、サイモンこないだぶり』
近づいてきたサイモンは、俺の格好を見ると開口一番こういった。
『芳村。あんたその格好でダンジョンに潜るのか?』
『ああ、いつもこの格好だ』
『クレイジー。あんた、命はいらないのか?』
『いるよ! 死にそうなところには行かないから大丈夫なんだよ!』
サイモンは呆れたように、『ダンジョンじゃ、何が起こるかわからないだろう?』というが、何が起こるか分からないような場所には行かないんだって。
そんなやりとりをしていると、入り口付近がざわついた。
そこには「凛とした」という言葉を体現するような女性がこちらに向かって歩いてきていた。
君津伊織。習志野駐屯地所属の2尉で、ダンジョン探索では、押しも押されもせぬ日本のエースだ。
近づいてくる彼女を見て、サイモンが焦ったように言った。
『やべ。そういやあんた等、またオーブを売りに出したそうだな。かなり興味があるが、今のところはサヨナラだ』
微妙に焦ったようにそう言うと、『俺はイオリが苦手なんだよ』とウィンクしながら手を振って去っていった。なんともお茶目なヤツだ。
「ずいぶん親しそうだったけど、あなたサイモンの知り合いなの?」
そのすぐ後に、俺の所まで来た君津二尉が、話しかけてきた。知り合いだけど、アメリカのスパイじゃないですよー。
「ええ、まあ。伊織さんですよね。今日は頑張って下さい」
そう声を掛けて逃げようとしたら、「あなた、その格好でダンジョンに潜るの?」と回り込まれてしまった。Oh……
それを向こうから見ていたサイモンが、ほらみろと言った顔で笑いながら、サムズアップしてダンジョンへ降りていった。訳知り顔が、少しむかついた。
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