第26話 異界言語理解 11/10 (sat)
「失礼します」
Dパワーズとサイモンの取引の仲介をした翌日、JDAオフィスに連絡のために戻ってきた鳴瀬は、斎賀課長に会議室へと呼び出された。
「斎賀課長、それでどういったお話でしょうか?」
「まあ、そう構えるな」
いや、いきなり呼び出されたら何事かって思うよね、と考えながら、指し示された椅子に座った。
「鳴瀬。お前、なぜDパワーズに専任が着いたのか、わかるか」
「凄い利益を叩き出すパーティに恩を売る、と言いたいところですが、実際は、オーブ保存技術を始めとする未知の技術の調査、といったところでしょうか」
「まあ、それもなくはない」
「他にも?」
「お前、ダンジョン=パッセージ説を知っているか」
「え? ええ、まあ一応。トンデモ本で読んだことはありますが」
「先日、あれの証拠がロシアから発表された」
「……は?」
「まだ、公になっていないから喋るなよ」
「はい……」
「しかし、とある事情があって世界中の関連機関はそれを検証できない。説得力はある。しかし、言っていることが本当かどうかはわからない。現状、そう言ったところだ」
「はぁ」
「時に、Dパワーズは、あれだけの数のオーブを売りに出しているにもかかわらず、その出所が全く分かっていない」
「消去法的に代々木でしかあり得ないと思いますが、芳村さんに下の階層に降りる気配はありませんし、三好さんに到っては、ダンジョンに潜っているという様子すらありません。一番可能性が高いのが、誰かからの買い取りです」
「そうだな。つまり、現象だけを見るなら、どこからともなくオーブを都合出来て、それを適切なタイミングで提供できるなんらかの方法がある。と考える以外ないことになる」
「そう……かもしれません」
「そこで、先の検証だ」
「?」
そう言われても、鳴瀬には課長が何が言いたいのかまるでわからなかった。
「検証には、とあるスキルオーブが必要だ」
「まさか」
「そう。そのオーブ――異界言語理解、を彼らに都合して貰えないだろうか、という話だ」
異界言語理解。
最近ロシアのキリヤス=クリエガンダンジョンでドロップしたそのオーブは、利用者にダンジョン産の異界言語で書かれている碑文を読む力を与えるものだそうだ。
それを手に入れた研究所は、早速知られている碑文の一部を翻訳して発表した。
「センセーショナルな内容だったんですか?」
「世界中の国家が目の色を変える程度にはな。しかし他の研究者には、そもそもその内容を検証できない」
翻訳内容と碑文を付き合わせて、解読を試みてもいるが、そもそも単語が一対一に対応しているわけでもなければ、知られていない名詞も数多くある。
かの国が訳文を正しく公開したのかどうか、なにか伏せられている情報がないのか、そう言った事柄に関しては検証不可能な状態らしい。
「二個目のオーブが見つかったとき、もしも内容がデタラメだったら国際的な信用をなくすだろうから、完全にデタラメということはないだろう。しかし、なにか重要な情報を伏せて利を得ようとしている可能性は充分以上にある。なにしろ発表された翻訳は碑文の一部だったそうだ」
「なんだか、面倒ですね」
国家の思惑が絡んだ瞬間、世界はあっという間に複雑化していく。
「それで、どのモンスターがドロップするんですか?」
「分かっていない」
「は?」
「それでも、未登録オーブをあれほどほいほいと見つけてくる彼らなら、可能性があると思わないか?」
「それをなんとなく誘導しろと?」
「まあ、そうだ」
「そんな無茶苦茶な……」
Dパワーズには何か秘密がある。それは確かだ。
それなりに受け入れられているような気もするから、少しくらいは信頼もあるかもしれない。しかしいきなりこのオーダー。もし引き受けてしまえば、オーブを取得する方法や保存する方法があると証明するようなものなのだ。
「……理由を聞かれたら喋っても良いんですか?」
「んー、そこは仕方がないか。口止めはしておけよ」
「わかりました。でも期待しないで下さいよ?」
「いや、期待はするさ」
鳴瀬はそれを聞いて大きくため息をついた。
「……それで、条件はどうするんです?」
何しろさっきの話が本当なら、世界中の国家が喉から手が出るほど欲しがっているオーブなのだ。先のオークションにでもかけたりしたら、どのくらいの価格が付くか見当も付かないが、途方もないという事だけは確実だろう。
「条件は……お友達のお願いって事で、なんとかならんか?」
「なるわけないでしょう!」
実に日本人的でありがちな手段だが、ビジネスの世界でそんなものが通用するはずがない。しかも途方もないビッグビジネスなのだ。
「だよなぁ……だが、この案件が達成されたときに得られるであろう適正な金額は、JDAの年間予算でも無理だろう。端的に言えば払えんな」
「家を注文して建てさせた後に、お金がありませんごめんなさい、なんて言っても許して貰えないと思いますけど」
「まあな……ま、その件は上に掛け合って国に用意させるしかないだろう。当面は、経費+適価で買い取るって感じで進めておいてくれ」
「わかりました。でも適価が用意できなかったときは、JDAの信用が地に落ちますよ」
「その場合は、例のオークションにでもかければ元だけは取れるさ、確実に」
そんなことをしたら、命が危ない案件なんじゃないのと思ったが、その言葉は飲み込んだ。なにしろオーブが見つからない可能性のほうが遥かに高いのだ。
斎賀は立ち上がってブラインドに指を引っかけて表を眺めると、さりげなく言った。
「それにな、どこの誰だか分からない、エリア12の世界ランク一位の影が、あそこにちらつく気がしないか?」
「未知の三人目、ですか?」
がしゃっと音を立ててブラインドを元に戻すと、彼は鳴瀬の方を振り返った。
「そういえば、USDA(アメリカダンジョン協会)から連絡が来てな」
「はい」
「明日からしばらくサイモンチームが代々木に潜るそうだ」
「はい?」
「対抗したのかどうかはしらんが、習志野から君津二尉のチームも潜ると連絡があった」
「君津って、伊織さんですか?」
君津伊織は、世界ランク一八位。日本のエースエクスプローラーだ。
「そうだ。明日から代々木は最上位エクスプローラーのそろい踏みだ。管理課も忙しくなるな」
「私もお手伝いに……」
「君はDパワーズに張り付いていろ。この一ヶ月で、きっと何かが起こる。『異界言語理解』の件はよろしく頼む」
そういうと斎賀は会議室を出て行った。残された鳴瀬は思わず呟いた。
「よろしく頼むって言われても……なぁ」
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