第25話 サイモンとのやりとり 11/10 (sat)

「お二人は、英語は大丈夫ですか?」


 JDAの廊下を歩きながら、鳴瀬さんに聞かれた。


 今日の相手は、サイモン=ガーシュウィンだ。世界三位のオーラを見てみたいとミーハーな気分に浸っていたら、相手がアメリカ人だってことをさっきまで忘れていた。まあ、ただの取引だし、なんとかなるだろ。


「論文英語なら、まあなんとか」

「私も、人並みには。でもきっともうダメかな?」

「使わないと錆びるよな」

「ですよねー」


「そういうわけで、取引の細かいニュアンスの部分には不安が残りますので、その場合は鳴瀬さん、お願いします」

「承りました」


 ドアを開けると、そこには、おそらく世界No.1のダンジョン探索チームが待っていた。


「Hi there. I'm Simon Gershwin.」


 均整のとれた体つきの、いかにも軍人ですというクルーカットな男が、それと同時に手を挙げた。


「Hi. Mr.Simon. It's my pleasure to meet you. I'm Azusa MIYOSHI. Let me confirm the ID of this transaction.」

「You got it.」


 彼は、彼の秘密鍵で暗号化された符丁の入ったメモリカードを差し出した。

三好はそれを受け取ると、自分のモバイルノートに差し込んで、彼の公開鍵で展開し、符丁が正しいことを確認した。


※以下『』は英語でお送りします。


(おお、三好、やるじゃん)

(無駄な会話をしないのが、英語が出来ないことをごまかすコツです)


『確かに。では、こちらをご確認下さい』


 そういって、三好はチタン製の蓋を開けて、オーブを見せると、前回と同様、JDAの立会人に向かって差し出した。


 鳴瀬さんは神妙な顔で、そのオーブに触れて、内容を確認した。


『確認しました。JDAはこれを物理耐性のスキルオーブだと保証します。オーブカウントは、六〇未満です』

『六〇未満だと?』


 サイモンの隣に座っていた、背の高いアッシュブロンドの男が、驚いたように言った。みんなここで驚くよな。


『間違いありません』


 鳴瀬さんが頷きながらそう答えた。


『どうぞ、お振り込みを』


 三好がそう言うと、サイモンが差し出された端末を操作した。


『確認してくれ』

『確かに。振り込みを確認しました』


 件の手数料と税金で、実際に振り込まれるのは、二八億三七六〇万円だ。

三好は、そのまま、サイモンの目の前に先のケースを差し出した。


『どうぞ』


 サイモンはそれに軽く触れると、僅かに頷いて言った。


『確かに』


 そうして鳴瀬さんが、取引の終了を宣言した。


『ではこれで、取引は終了です。みなさまありがとうございました』


 俺は三好に目で合図を送り、そそくさと会議室から退室しようと席を立った。

しかし、それを遮るように後ろから声がかかった。くっ、俺たちは回り込まれてしまった!ってやつだ。


『ちょっとまってくれ』

『なんです?』

『いや、少し話がしたいんだ』

『あー、私、英語、少し、できない』


「何ですか、先輩、そのいい加減な英語は」

「いや、英語ができないほうがごまかせそうだろ?」

「あら、それなら大丈夫よ。私は十二歳まで横須賀で育ったから」


 げっ。


「私はナタリー。よろしくね」


 ブロンド碧眼で、日本人が考える典型的なコーカソイドの特徴なのに、日本育ちとか反則だろ。


「はあ……」

「ま、ここはあきらめたほうが良さそうですね」


 三好が、そういって、もう一度会議室の椅子を引いてくれた。

 仕方なく俺たちがそこに座ると、鳴瀬さんが、コーヒーマシンのボタンを押して、会議室内に香ばしいコーヒーの香りが漂い始めた。


『それで、どういった御用ですか?』

『なんだ、巧いじゃないか』

『論文英語ですけどね』

『意味が通じれば充分だ。で、君たち、いったいどうやったんだ?』

『なんのことです?』


「どうやって、カウント六〇未満でこのオーブをここまで持ってきたのかって聞いたのよ」


 ナタリーがちゃんと日本語でフォローしてくる。分からないふりはさせないってことですかね。


『あー、偶然、一時間ほど前に手に入れることができたんですよ』

『偶然?』

『ええ、そりゃあもう。詐欺にならなくてよかった』


『じゃ、この、いかにも何かありそうな魔法陣はなんなんだい? あ、僕はジョシュアだ。よろしくね』


 ジョシュアと名乗った、アッシュブロンドの背の高い男は、オーブの蓋の裏を見ながらそう尋ねてきた。


『んー、雰囲気ですかね?』


 俺は何事もないような顔で、肩をすくめながらそう答えた。


『雰囲気』

『そう。メイドインジャパンは細かいところにもこだわるものなんですよ』


 その後も、彼らは主に代々木ダンジョンに関する雑談に混ぜて、いろんな質問をしてきた。しばらく東京にいて、代々木ダンジョンにも潜ってみたいから案内を頼めないかと言われたときは、俺たちは一層しか潜ったことがないので無理だと断った。


『一層だけ?』

『二層へ降りる階段までは行きましたけどね』

『キミはどのくらい潜ってるんだ?』

『一ヶ月未満ですよ』

『それでどうやって……いや、わかった。他を当たってみるよ』


 どうやってオーブを、と言いかけたんだろうな。


 案内は自衛隊じゃなければ、カゲロウとか、渋チーとか呼ばれるチームがあるみたいだから、その辺に頼めばいいだろう。みんな喜んで案内してくれると思う。


 ふと話がとぎれたところで、三好がうまく割り込んできた。


『では、話題も尽きませんが、そろそろ次がありますのでこの辺で失礼します』

『ああ、またいずれ会うこともあるだろう。そのときはよろしくな』

『こちらこそ。今日はお話しできて光栄でした』


 営業スマイル全開でサイモン達と握手した三好と俺が、退室しようとドアを開けたタイミングで、サイモンが再び声を掛けてきた。


『すまない、あと1つだけ』


 あんたはLAPDの殺人課の警部補か。(*1)


『最近、エリア12のエクスプローラーが、突然WDAランキングの、世界ランク一位になったんだが――』


 俺はドアを開けたまま振り返って答えた。


『らしいですね。それが?』

『――君たちの知り合い?』


 このオヤジ、全然目が笑ってねぇ。


『まさか』


 そう言って肩をすくめると、そのまま会議室を出て扉を閉めた。


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*1)刑事コロンボ

"Just one more thing" が定番の台詞。

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