第13話 オーブ再び 10/7 (sun)

 今日も今日とて代々木ダンジョン一層だ。相も変わらず誰もいない。


 三好は土日も商業ライセンスの講習だ。ほんと、お疲れ様と言いたい。

俺はと言えば、いつもよりずっと奧へと移動していた。もしかしたら、あの二人が入り口付近で頑張ってるかも知れないからだ。


「邪魔しちゃ悪いし、ぽよん♪ シュッ♪ バン♪ っと。三十一匹目!」


 四十一匹目で、丁度トータルが、二百匹になる。そこで何かが起こるといいなぁ、と期待しているわけだ。


 次のスライムを、ぽよん♪ シュッ♪ バン♪ しながら、「しかし、ほんと代々木ダンジョンって広いよな」と、代々木の広さに思いをはせていた。


 確か、自衛隊の初期調査で、ざっとマップが作られたときは、半径五キロくらいの円状だったらしい。

 五キロって言うと、北は馬場の手前だし、南は武蔵小山くらいか。西だと永福町あたりで、東は……そういや山の手のこの辺って五キロちょっとしかないはずだから。新橋くらいまであるってことか。実際に東京の地下を占有していたら、地下鉄崩壊どころじゃないよな、これは。


 黙々と、ぽよん♪ シュッ♪ バン♪ を繰り返しながらそんなことを考えていると、突然先日と同じメニューが開いた。

手元の正の字を見ると、ちゃんと四十一匹目だった。


「来た!」


--------

スキルオーブ 物理耐性 1/ 100,000,000

スキルオーブ  水魔法 1/ 600,000,000

スキルオーブ  超回復 1/ 1,200,000,000

スキルオーブ  収納庫 1/ 7,000,000,000

スキルオーブ  保管庫 1/100,000,000,000 85,998,741

--------


 そこに表示された内容は、昨日とほとんど同じだったが、〈保管庫〉だけはグレーアウトして選択できなさそうだった。確率の先には何かの数字が表示され、今もカウントダウンされている。俺は素早くその数値をメモした。


 なんだろうこれ。保管庫が選択できない以上、一度取得したオーブは選べないか、そうでなければ――


「クールタイム……か?」


 クールタイムは、一度なにかの機能を使ったとき、次に使えるようになるまでにかかる時間で、どこかにリアルタイム性のあるゲームにはよくある仕様だ。

まあ、それは後で考えよう。今はこないだ三好と話し合った実験だ。


 俺は〈水魔法〉をタップした。

いつものように目の前に現れた珠を、俺は「保管庫」にしまいこんだ。


 結局、〈保管庫〉はメイキングの消失も覚悟して俺が使用した。


 三好の「先輩が言うラノベみたいに、時間が経過しないなんてトンデモだったら、スキルオーブも保管できるんじゃないでしょうか?」という台詞が決め手だった。


 オーブが出回らないのは、その希少性もさることながら、二十三時間五十六分四秒の壁が大きい。一生に一度の幸運を、現金に換えたいという探索者も多いはずだが、絶対の壁に阻まれて、あたりを付けられずに、涙を飲んだものもいるに違いない。


「ま、今考えても無駄か」


 おそらく百匹単位でこのスキルは発動する。

なら、今のうちに出来るだけ多くのオーブを貯めておこう。いつかスライムの乱獲が始まるかもしれないし。


「実際、こないだからスライム乱獲チームは三名になったしな」


 しかし二ヶ月後か。

 人間の最初のステータスって、成人した時点で各項目が大体10くらいに思える。サンプルは俺。

 いくらスライムが0・02とはいえ、一日十匹も倒せば、五日でステータス1くらいだろ? 二ヶ月あったら10は上がる。それを人間の経験二十数年分って考えると、あれ? 二十数年分……?


 しかも、この誰もいない上にスライムがうじゃうじゃしている代々木なら、「ぽよん♪ シュッ♪ バン♪」で、一日百匹も不可能じゃない。てことは……


 一日にステータスが2もあがる? それって、五十日で100?! 人生二百年分ってことか?……ちょっとまて。ばれたらやばくないか、それ。


 え? 俺、もしかして拙いことを教えたんじゃ……


「いやいやいやいや、出たり入ったりしなきゃだめだし、いくらまじめなやつらでも、そんなわけないよな!」


 そう韜晦した俺は、頭が真っ白になるまで、「ぽよん♪ シュッ♪ バン♪」を無心で繰り返した。


  ◇◇◇◇◇◇◇◇


「三好ー、お前、明日は仕事だろ? こんなところに居ていいのか?」


 うちのコタツに座って、三好がパスタをクルクルとフォークに巻き付けながら、今日のメモを眺めていた。


 十九時ごろ、突然に、お腹減りましたーとやってきて、仕方なくパスタを茹でて出したわけだが、時計はすでに二十時に近づいている。


「先輩、保管庫をゲットしたのって、十五時くらいでしたっけ?」

「ん? 確か、鳴瀬さんとの話が終わって時間を確認したのが、十五時前だったから、そのくらいだ」

「んー」


 こいつの頭の中はどうなってるのかよくわからないが、パターンの検出や計算の分野では、紛うかたなき天才の一人だった。俺には意味のない数字の羅列にしか見えないデータから、意味のあるパターンを見つけ出していく様は圧巻だ。


「今日の水魔法も同じくらいの時間ですか?」

「たしかそんくらいか、もうちょっと前のはずだ」


「これが、先輩の言うとおりクールタイムなんだとしたら、出現確率の逆数を一億で割った日数みたいですね。しかも秒表記」

「つまり?」

「〈保管庫〉が次に取得できるのは千日――あ、今は九百九十八日か――後ってことですね」


 三年に一度しか手に入らないスキルってことか。

もっとも普通に探していたら、一千万人が毎日十匹狩り続けて、見つけられるのは三年に一人ってところなんだけどな。


 そう考えると、意外といけそうな気もするが、スライムがそんなにいるとは思えない。


「じゃあ、水魔法は――」

「六日後、のはずです」


「もし、明日の十五時を過ぎても、保管庫の中のオーブが消えなければ、一大流通革命だな」

「その検証で、ヘタをしたら八千万を棒に振るかもしれない、先輩も先輩ですけどね」

「失業中なのになぁ」

「まったくですよ」


 最後のパスタを口に入れると、南アルプスの天然水に、サンガリアの超炭酸を半分加えた、超お安いなんちゃって微炭酸ミネラルウォーターを飲み干した。


「ご馳走様でした。先輩、料理もいけるんですね」

「一人暮らしが長いからな」

「はー、さみしい……」

「大きなお世話だ」


「だけど、この検証が成功して、〈保管庫〉がおおっぴらになったら、先輩は世界中の政府や組織から狙われることになるんですよね」


 いや、お前。

何をさらっと、ハリウッド映画のストーリーみたいな話をしてんの。


「そうして私は大金持ちに……ああ、美味しいご飯食べ放題」

「三好、三好、お前目が¥になってるぞ」


「もう、私も退職したいですー! 何ですかあのプロジェクト。先輩がいないと、なーんにも進まないんですよ?!」

「榎木はどうしたんだよ」

「あんなの、居ないほうがましですよ。あーもう、思い出しただけでイライラします!」

「わ、わかった、俺が悪かった。だけど今のうちじゃ、給料なんか出せないぞ?」

「明日、もしそのオーブが消えなかったら、辞めてもいいですか?」


 うーん。まあ、もしマジックナンバーの検証結果が誤っていたとしても、当座の資金には困らなくなるか……検査費は未だに無理だが。


「そんなに辞めたいのか?」

「こっちのほうが、面白そうなんですもん」

「わかった、もし消えなかったら、な」

「よろしくおねがいします」


 こないだやった実験じゃ、買って来たハーゲンダッツのバニラは一時間経ってもカチカチのままだった。だから少しは希望があるのだ。それを食べる三好を見ながら、時計やスマホを入れればすぐ分かったんじゃないのと思わないでもなかったが。


 それでも、ダンジョン産の不思議アイテムにそのルールが適用されるかどうかは、実際にやってみなければわからない。


 その時俺の携帯が振動した。


「ん? 電話? だれだろう」


 どうやら非通知の番号らしく、番号は表示されていなかった。

不思議に思いながら、振動しているスマホを取り上げて、電話を取った。


「はい」

「こんばんは、御劔です。芳村さんですか?」

「ああ。非通知だから誰かと思いましたよ」

「あれ? そうでしたか。すみません。今度からは通知してかけます」

「いえいえ、それでどうされました?」

「ボトルがそろそろ無くなりそうなので、譲っていただければと思いまして」


 え、もう使い切りそうなのか。


「分かりました。いつが良いですか?」

「明日でも大丈夫でしょうか」

「構いませんよ。場所は代々木で? 時間はどうします?」

「はい、それで結構です。できれば午前中、入ダン前がありがたいのですが……」

「了解です。では、十時に代々ダンのYDカフェでお待ちしています」

「ありがとうございます。それで、お値段は……」

「少々お待ち下さい」


 そういえば、あのボトルっていくらで作ってるんだ?


「なあ三好」

「なんです?」

「あのナントカビームのボトルって、コストどのくらいなんだ?」

「あ、あれですか? たぶん三千円くらいじゃないですかね?」

「三千円? マキロンって、一本五百円くらいしなかったか? あのボトル、一リットルくらい入りそうだけど……」

「富士フイルム和光純薬のファーストグレードなら、五百グラムで二万円もしないですから」

「よくわからんが、損しないんならいいんだ」


「お待たせしました。一本三千円だそうです」

「わかりました。できれば数本分いただけると助かります」

「了解です。では」

「はい、お休みなさい」


「先輩、あれ、誰かに売ったんですか?」

「成り行きでな。講習会の時、俺達の前にいた二人のこと、覚えてるか?」

「ああ、あの『美人』二人組」

「なんだかトゲを感じた気もするけど、そう。実は彼女たちとさ――」


 俺は三好に先日のことを詳しく話した。


「はー、相変わらず先輩は甘いですよね」

「そうか? ちゃんと口止めはしといたし、なんか、けなげじゃん。ただなぁ、ちょっと後悔もしてるんだよ」

「なんです?」

「いや、俺、大変なことをしちゃったんじゃないかと、スライム叩きながら考えちゃってさ」


 そうして、「ぽよん♪ シュッ♪ バン♪」で、二ヶ月後どうなるのかの考察を三好に話してみた。


「今頃何を言ってるんですか、とも思いますけど……多分大丈夫なんじゃないでしょうか?」

「なんで?」

「先輩と違って、数値で客観的に確認することができませんから」

「いや、ほら、ヘタするとランキング上位に入っちゃうかも、だし」

「いくら上がるって言っても、二ヶ月でトリプルまでは無理でしょう? フォースくらいなら、エリア12の匿名エクスプローラーもそれなりにいますから、そう派手に目立ったりはしないんじゃないかと」

「そうか……そうかもな!」


 そのとき俺たちは、人類全体の一〇〇〇位というものが、どのくらい注目を浴びるものなのかよくわかっていなかった。

 しかも、早期から管理されていた日本が主体になっている、エリア12の匿名エクスプローラーの上位ランカーに、国がどんなに注目していたのかも、よく分かっていなかったのだ。

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