第10話 伝説現る 10/5 (fri)

「さて、今日も元気にスライムをせん滅しますかね」


 俺は、人の流れを無視して、一層の奧へと向かっていった。

特に防具も身につけず、リュックだけを背負って、すたすたと一層の奧に向かう俺を、二層へと向かう連中が奇異な目で見ていたことには、まるで気付かなかった。


 少し階段から離れれば、誰もいないだけあって、スライムは豊富にいる。


「なんとかビーム!」


 すでにニウムがビームになっていたが、どうせ誰も気にしない。


「ハンマーアタック!」


 ひねりもクソもないが、どうせ誰も……あれ?

倒したスライムのSPが、0・02だった。んん? 不思議に思いながらも、次のスライムを倒すと、0・01。


仮説1 毎日リセットされる。

仮説2 ダンジョンに入る度にリセットされる。


 すぐに仮説を検証するために、俺は急いで外へ出た。そして、再び入ダン手続きをするともう一度ダンジョンへと戻った。そうして最初に倒したスライムの経験値は、0・02だったのだ。


 興奮した俺は、そのまま二層へと降りる階段付近まで歩いていった。がスライム以外はみつからない。仕方がないのでそのまま二層へ降りていこうとして、はたと気がついた。


「そういや、俺、防具もないし、武器もハンマーひとつだし。ナントカビームはスライム以外に通用しないよな……」


 今日のところは、スライムで検証できる範囲のテストにとどめておくか。


「ふ、戦場ここじゃ、冷静さをなくしたヤツからいなくなるのさ」


 なんて台詞を呟きながら、またまた一層の奧を目指して歩き始める俺を、二層に降りていく連中が奇妙なものを見る目で見ていたような気がしたが、それはたぶん気のせいだろう。


 それから十四回、出たり入ったりを繰り返したが、うち一回は0・01だった。

 そのときは、ダンジョンの入り口を出てすぐのところから、ダンジョン内に引き返したのだ。それからの五回は、その仮説の検証だ。でてしばらく時間を空けたり、少しずつ距離を離していったり……


 結果、どうやらダンジョンが影響を及ぼす範囲から出れば、経験値の減少がリセットされるということが判明した。

 ダンジョンの入り口から、入ダン受付までの通路の丁度半分くらいの位置に、その境界があるようだった。時間の方は、特に関係なさそうだった。


 検証に満足した俺が、もう一度ダンジョンに入ろうとしたとき、知らない声に呼び止められた。


「あの……失礼ですが」


 そこにはJDAの制服を着た、小柄で整った顔立ちの女性が立っていた。


  ◇◇◇◇◇◇◇◇


「は? 自殺?」

「ええ、そうなんです」


 女性は、JDAの鳴瀬と名乗った。

彼女に、代々木ダンジョンのYDカフェ(もちろん代々木ダンジョンカフェだ)に連れて行かれた俺は、そこで予想もしなかった話を聞かされた。


「なんの装備も身につけず、ダンジョンに入り、すぐに出てきては、また入るを繰り返している男性がいると通報がありまして」

「はあ」

「もしかしたら、ダンジョン内で自殺しようとしていて、でも思い切れず、を繰り返しているのではないかと」


 彼女は、ライセンスカードを俺に返しながらそう言った。

街中にいるような普段着で、ダンジョンの入り口付近を行ったり来たりしていれば、確かにそう見えてもおかしくないのかも知れない。


「それはまた、なんというか……お手数をおかけしました」


 俺は素直に頭を下げた。


「いえ、そうでなければいいんです」


 鳴瀬さんは笑って、カフェオレを一口飲むと、まっすぐに俺を見た。


「それで、芳村さんは一体何を?」


 自殺じゃないなら、一体何をしていたのかは、確かに気になるところだろう。


「あ、いえ。ちょっとした検証でして」

「どんな検証です?」

「あ、あー。その辺りはまだ公開できないもので。すみません」

「公開できない? どこかの企業の方ですか?」

「いえ。研究職なのは確かですけれども……なにか公開する義務とかがあるんでしょうか?」

「いえ、そんなことはありません。ただ、何も知らない人が見ると誤解をするかも知れないので、簡単な装備は身につけられた方がいいかもしれませんね。一応受付には伝えておきますけど」

「はい。気をつけます」


 ここで、装備って高いんですよね、とは言えないよな。


「代々木ダンジョンには、アウトレット商品を取り扱っているショップもありますから、よろしければどうぞ」

「あ、わかりました。ありがとうございます」

「では私はこれで」


 そう言って立ち上がると、ぐぐっと俺に近寄って、いい笑顔で「公開できるようになったら、ちゃあんと教えて下さいね」と念を押してから、彼女はYDカフェを出て行った。


「鳴瀬さんか。なんか時々迫力のある人だったな」


 ついでに今日の記録のメモを整理しようと手帳を開いてみると、昨日と合わせてどうやら九十九匹目を倒したところだったらしい。時計を見ると、十五時にもにもなっていなかった。


 なんだか切りが悪く感じたので、もう少しだけ潜って帰ろう。そう思って席を立ったことが、次の騒動への引き金だった。


  ◇◇◇◇◇◇◇◇


「ほい。百匹目!」


 俺は百匹目――たぶんSP0・02を取得する――のスライムコアに向かってハンマーを振り下ろした。


 その瞬間、メイキング画面に何かの一覧が表示された。


「は?」


 スキルには固有の機能がいくつか存在していて、その機能を解放するためには、何らかの条件を満たさなければならないということは今でも知られていた。それは言ってみれば、使える魔法のレベルが上がっていくようなものだ。


 メイキングの初期機能はステータスの割り振りだったが、ここにきてスライムを百匹倒したことで新たな機能の解放が起こったようだった。しかし、その内容が……


 そこには、百匹目のスライムを倒したから、スキルを選べと言った内容が表示されていたのだ。


「なんだ、これ」


--------

スキルオーブ 物理耐性 1/ 100,000,000

スキルオーブ  水魔法 1/ 600,000,000

スキルオーブ  超回復 1/ 1,200,000,000

スキルオーブ  収納庫 1/ 7,000,000,000

スキルオーブ  保管庫 1/100,000,000,000

--------


 そこには、いかにもスライムが持っていそうな能力が羅列されていた。

もしかして、スライムが落とす可能性があるスキルオーブのリスト、なのか?

俺は必死になってその内容をメモした。


 おそらくオーブ名に続く数字は出現確率だろう。

そうだとすると、ものすごく稀少なのは、どう見ても最後の〈保管庫〉だ。文字通り桁が違う。数字を信じるなら、スライムを一千億匹倒して、一度発生するかどうかってところだ。


 〈収納庫〉と〈保管庫〉の何が違うのかはよくわからない。

レアリティが高ければ有用と言えるかどうかもわからない。それはおそらく、スライムがその機能を持っていることがレアっていう意味だろうからだ。


「ま、それでもレアリティの高いのを選んじゃうのが、欲深いゲーマーの性ってもんだよな」


 そう呟いて、俺は〈保管庫〉をタップした。

 目の前にオーブが出現する。それは、最初にメイキングを得たときと同じ現象だった。

 俺は急いで、それをバックパックにしまい込んだ。誰にも見られてはいないと思うが、念のためだ。


 問題はこの機能の発生条件だ。

 すぐに百一匹目のスライムを探して倒してみたが、単に0・01のSPを得ただけだった。仮説を立てようにも可能性がありすぎる。俺は三好にメールを送信すると、すぐに撤収を開始した。


  ◇◇◇◇◇◇◇◇


 夕方、ドアをノックする音が聞こえて、玄関に出ると、そこには三好が息を切らせながら立っていて、開口一番こういった。


「で、本当にスキルオーブが出たんですか?」

「まあ、落ち着けよ。とにかく入れ」


 三好はいつものコタツに座ると、瞳をキラキラさせながらこちらを見ていた。

俺は苦笑いしながら、黙ってオーブを取り出した。


「へー、これがスキルオーブなんですね」


 三好がそれをおそるおそるつついた。


「わっ、オーブってこんな風に認識されるんですね! これが発見してからの時間の表示かぁ。便利だけど地味に焦らせるみたいで趣味が悪いですよね」


 しかもカウントは増加タイプだ。減少タイプなら残り時間の表示だとすぐにわかったはずなのに、いやらしいにも程がある。


 ついでに説明も書いておいてくれればいいのになぁ、なんてぼやいている彼女を尻目に、俺はお茶を入れていた。


 三好は、すぐにノートPCを開いて、JDAのデータベースに接続したらしく〈保管庫〉を検索していた。


「やっぱり未登録ですね」

「ドロップ確率が一千億分の1じゃなぁ」

「いっせんおくぶんのいち? なんですそれ」

「ほら」


--------

スキルオーブ 物理耐性 1/ 100,000,000

スキルオーブ  水魔法 1/ 600,000,000

スキルオーブ  超回復 1/ 1,200,000,000

スキルオーブ  収納庫 1/ 7,000,000,000

スキルオーブ  保管庫 1/100,000,000,000

--------


 俺は昨日メモしたオーブの一覧を三好に渡して、新しく発現したメイキングの機能について説明した。

 呆然とそれを聞いていた彼女は、ため息をついて言った。


「はぁ。場合によってはこれだけで世界がひっくり返りますね」

「可能性がありすぎて、はっきりしないことが多すぎる。まだまだ検証はこれからだよ」

「スキルの発生条件が、同一種の数なのか連続の数なのか、単に討伐したモンスターの数なのか。マジックナンバーにしたって、今後も百匹単位なのか、なにか別の数列なのか、もしかしたら百匹目だけの特典なのか……確かに分からないことだらけですね」

「マジックナンバーの探索なんて、あまりに漠然としすぎて論理的な検証のしようがないしな。とりあえず後百匹連続でスライムを倒してみる」


「その後はゴブリンを連続で百匹狩ってみるとかですか?」

「まあ、その辺かな。うまくすれば検査の資金も出そうだろ?」

「スライムのオーブリストの中なら、水魔法に値段が付きそうですよ。他は全部未登録スキルですね」


 すばやく他のオーブを検索した三好がそう言った。


「へー、物理耐性が未登録って、ちょっと意外だな」

「えーっと水魔法のオーブは……八千万くらいですね」

「八千万!?」

「それも買い手の言い値ですから。時間さえあれば何処まで上がるか。軍が絡めば安い戦闘機一機分くらいになってもおかしくないですよね。費用対効果を考えれば」


 そのスキルの機能にどんなものがあるかは分からないが、場合によってはミサイルディフェンス網なんかを骨抜きに出来たりするかも知れないわけだし、どんな金額になってもおかしくはないか。


「税金は?」

「WDA商業ライセンスによる売買は、ダンジョン税に統一されていますから一〇%ですね」

「え、なにそれ、税率低くないか?」

「他にもJDA管理費が一〇%かかりますし。累進になってないのは振興策の一環でしょうね。それに株と違って繰越控除みたいなのもありませんし」

「繰り越しって、対象はなんだよ?」

「命じゃないですか」

「……そりゃ、繰り越しようがないな」


 そんな話をしながら、三好は、コタツの上のオーブをつついていた。


「ねえ、先輩」

「ん?」

「ずっと考えていたんですけど、これって、やっぱり……」


 そう。実は俺もそう思っていた。


「ああ、フィクションの定番。絶対の存在。アイテムボックスだろ。たぶん」


 三好がため息をついて、ベッドに背をもたせかけた。


「同じリストに収納庫ってのがあるみたいですから、どちらかがそれなのは間違いなさそうですけど。だけどこのリスト……公開されたら、スライムの乱獲が起こるんじゃないですか?」


 それまでゴミだと思われていたスライムが、幻のアイテムボックスを含む五種類のオーブをドロップすることが分かったのだ。


「とはいえ、一番確率が高い物理耐性でも一億分の1だからなぁ……」

「だから乱獲されるんじゃないですか」

「し、しかしスライムは倒すのが面倒だから、放置されているわけだろ?」

「代々木の1階なら、ダンジョン中にガソリンをまいて火を付けるような輩が出ても驚きませんけど」

「な、なるほど……」


 代々木の一層は、三年間放置され続けた結果、圧倒的とも言える、スライム密度を誇っている。


 なにしろ誰も積極的に狩ろうとしないのだ。特に天敵もいそうにないし、言ってみればスライム天国だ。範囲攻撃の魔法でも持っていた日には、一度に数百匹を狩れる場所があってもおかしくない。


「しばらく公開するのはやめとこう」

「賛成です。どうやって調べたのかも説明できませんし。スライム溶解液はどうします?」

「この情報が公開されたらバカ売れするだろうけど、そうでなきゃスライムを狩るヤツなんていないし。それもしばらくは様子を見るか」

「わかりました」


「で、これ、どうする?」


 俺は、テーブルの上のスキルオーブを指さした。


「どうする、といいますと?」

「三好、使うか? フィクションの世界じゃ、商人御用達だろ?」

「でも、もし想像通りのスキルだとしたら、ダンジョンに行く先輩のほうが必要なんじゃないかと思うのですが」

「かもしれないが……スキルって複数取得できるのか? 前のが消えたりしないか?」

「できないって報告はないみたいですけれど、なにしろ先例が少ないですからなんとも……」


 もしもスキルの取得数に制限があったら、メイキングの機能も宝の持ち腐れってことになる。オーブが選べる以上、上書きを確認するUIくらいはついていると思いたいが……


「しかし冷静に考えてみると、ラノベみたいな中世レベルの世界ならともかく、現代日本でアイテムボックスなんて、そんなに必要ない気もするな」

「そうですね。持てない荷物は大抵誰かが運んでくれるし。災害対策もすぐ自衛隊が来てくれるし。便利に使いそうなのは強盗か、そうでなきゃ密……輸?」


「おい、なんだか、これ、凄くヤバイスキルな気がしてきたぞ」

「ちょっと前に話題になった、消費税目当ての金密輸なんかやりたい放題じゃないですか? 一回八百万どころじゃないのでは……」


 しかもスキルを持っていることが知られたら、疑われ放題?


「このまま放置で、闇に葬るとか?」

「それはそれで、もったいないですよ……」


 実際の効果を確かめてもいないというのに、俺たちは二人してテーブルの上の珠を挟んで呻り続けていた。

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