第7話 メイキング
「メイキング?」
ライディングウェアと言うには細すぎるレザーパンツを履いて、グリーンのハイネックニットを着たやせた男が、度の入っていないメガネのブリッジを右手の中指で上げながらそう言った。
「はい」
JDAのスキルデータベースの管理チームは、常に検索ワードを収集している。
誰かが、日本であらたなスキルオーブを入手した場合、通常はJDAのデータベースへ照合するからだ。
「また、適当な名前で検索したんじゃないの?」
「だと思うんですが、その一件しか検索されていないんです。そういう好奇心による検索だと普通はいくつか検索しませんか?」
「まあ、そうだな」
「やっぱり、会員制にして、探索者IDでログインさせた方がいいんじゃないですかね。IPと時間だけじゃ個人の特定も大変ですし」
「おいおい、怖いこと言うなぁ。個人の特定は法律的に微妙な所だからね」
「おっと、そうでした」
「一応、チェック対象スキルリストに掲載しておいてくれる。もし所有者がいたとしたら、Dカードのチェックでわかるでしょ。未知スキルの情報はできるだけ集めておく必要があるから」
「了解」
こうして、メイキングは、一般には公開されていない、監視対象スキルリストに掲載された。
◇◇◇◇◇◇◇◇
三好との食事の後、しばらくして早退した俺は、近くの公園のベンチに座って、ずっとスキル名を吟じていた。
「メイキング」
いや、これ、やっぱり厨二病みたいで、恥ずかしいって。なんだか、向こうを歩く人達がこっちを見てくすくす笑ってるような気さえしてきたぞ。
「くっそー……メイキング」
あー、うさんくさいって思われてるだろうなー。
子供でも遊んでいたりしたら、もう立派な不審者じゃないかな。幸いもう夜だし誰もいないけど。
「め、メイキング」
もう夜は寒いし、不届きなカップルもいない……と思いたい。
ぬぬぬ。雑音を払いたまへ、清めたまへ……
「メイキング」
世界の雑音をシャットアウトして、それを繰り返しているうちに、だんだん言葉の意味が飽和していき、その意味が失われていく。
そして、真っ白な状態で、ただの音としてその言葉を呟いた、ような気がした。
「メイキング」
その瞬間、目の前に半透明のタブレットが展開した。
「ええ?!」
突然声を上げて立ち上がる、どう見ても不審者然とした俺に、近くを歩いていた女性が早足で駆け出した。うっ、失礼な……とはいえ、これは。
展開したまま、公園を出て、繁華街に立ってみるが、特に誰にも気にされる様子がない。角を曲がるときコンビニのビルに表示が埋まっていったのを見る限り、これ、他人から見えていないだけでなく、物理的な空間も占有していないようだった。
俺はもう一度公園のベンチに戻ると、その表示を細かく調べ始めた。
それは、まさに古いRPGのキャラ作成画面によく似ていた。
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Name 芳村 圭吾
Rank 1 / SP 1200.03
HP 23.80
MP 23.80
STR 9 (+)
VIT 10 (+)
INT 13 (+)
AGI 8 (+)
DEX 11 (+)
LUC 9 (+)
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メイキングって、もしかして、making なのか!
誰だよ、May King とか言ったやつは! てか、国語審議会様の基準なら、メーキングだろうが! メーキング! はぁはぁはぁ。
閑話休題。
UI自体は、一般的なゲームとほとんど同じだし、それほど難解なところはなさそうだ。試しにSTRの+を一回押してみる。
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Name 芳村 圭吾
Rank 1 / SP 1199.03
HP 24.80 [23.80 → 24.80]
MP 23.80
STR 10 (+) [9 → 10]
VIT 10 (+)
INT 13 (+)
AGI 8 (+)
DEX 11 (+)
LUC 9 (+)
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まあ、そうなるよな。
要はSPを各ステータスに割り振って、結果としてHPとMPが何らかの計算式に基づいて増えていく、と、そういうわけだ。
SPはたぶん魔物を倒したら手にはいるのだろう。ランキングのベースはこの値なのかもな。(-)ボタンがないので、一度割り振ったらそれで終了か。
これで強くなると言う理屈はわかるけれど、じゃあ、メイキングのない人達は一体どうなっているんだろう? 全員にこの画面があるとは思えない。もしそうなら、ステータス画面自体がよく知られているはずだし、各パラメーターの検証が出回っているはずだ。
ま、考えても結論が出ないことはとりあえず横に置いておいて、後は、各値の関係がどうなっているのかの検証だな。特に危険なスキルってわけでもなさそうだし、あとは自宅でやるか。ちょっと楽しくなってきたぞ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
思考するときは手書き派だ。
俺は自宅に帰り、シャワーを浴びて、途中で買った明太子のおにぎりを囓りながら検証を進めた。そうして、今、無意識にシャーペンでソニックを決めながら、自分の書いた表を眺めている。
鼻息荒く検証に臨んだ割に、それはものすごく単純な構造をしていた。
各パラメーター毎に、HP、MPに加えるための値を算出する係数が存在していて、それをかけてHPやMPに加えるだけ。
実験から帰納的に得られた係数は次の通りだった。表の左側がHP係数で、右側がMP係数だ。
STR 1.0 0.0
VIT 1.4 0.0
INT 0.0 1.6
AGI 0.1 0.1
DEX 0.0 0.2
LUC 0.0 0.2
調査終了後、俺のパラメーターはこうなっている。
AGI以外は、変化がない部分があったので、つい五回も押しちゃったぜ。
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Name 芳村 圭吾
Rank 1 / SP 1173.03
HP 36.00
MP 33.00
STR 14 (+)
VIT 15 (+)
INT 18 (+)
AGI 10 (+)
DEX 16 (+)
LUC 14 (+)
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「しかし、これって、人間の能力の数値化だよな……」
もし、元のSTRが9の俺が、STRを90にしたら、力は十倍になるのかな?
うわー、パンチ力とか測定しながらSTRを1ずつ上げていきてぇ!(←研究者の性)
もしも、生理学的な計測までやったとしたら、ダンジョンによって強化されるパラメーターが計れたりしないかな?
しかし、そんな設備……まてよ? そういえば三好が……
『大学の時の先輩が、ガッコの産学連携本部で医療計測系のベンチャー作ってまして。一度そこに誘われたことがあるんです』
丁度明日は土曜日だ。そして、まだ二十二時前だ。俺はその場で三好に電話していた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「こんちはー」
「よう。よくきたな」
翌朝九時に三好が俺の家のドアを叩いた。会社ではあまりみない、可愛らしい恰好だ。
「先輩、良いところにお住まいですね」
「場所だけはな。建物は、築五十年オーバーのボロアパートだ」
「むしろこの場所にそんなアパートが残っていたことのほうが驚きです」
このアパートは、代々木八幡よりの元代々木に建っている。確かに場所だけは悪くなかった。
「今日はどうした? 可愛い恰好じゃん」
「え? だって、モリーユでご馳走してくれるんでしょう?」
「そんなこと言ったか?!」
モリーユは近所にあるフレンチで、フランスで修行してきたシェフが八幡で開いた、キノコ大好きなお店だ。
そういえば、そろそろキノコのブイヨンが美味しくなる季節だな。乾燥ものの独特の風味も悪くはないが、生のものはまた格別なのだ。もっとも、今の安月給では、そんなに頻繁にはいけないわけだが。
「モリーユでご馳走してくれるなら行きますって言ったら、どこでもいいからすぐ来いっていいましたー。一応星付きだし、ちゃんとした恰好をしてきました」
「おう。そんなことを……俺のバカ」
俺は仕方なく当日予約のメールを書いた。満席であることを祈りつつ。
「やったー。それで、メイキングの謎が解けたんですって?」
「ああ、まあな。で、これなんだけどな」
寝室のコタツの上に散らばっているメモ書きを集めて、三好へと手渡した。
三好はそれを集中してみている。床に座ると、スカートしわになるぞ。
「先輩。これってもしかして、人間の能力の数値化ですか?」
「まあ、そうなのかな。ダンジョンで強化されるパラメーターの値」
「メイキングって、パラメーターを数値化するスキルなんですか?!」
驚いたように三好が詰めよってくる。何をそんなに興奮してるんだ?
「ま、まあ、本来そう言う使い方をするものじゃなさそうだけどな。ちょっと面白そうだったから」
「面白そうって……先輩、これって国家機密レベルの話じゃないですか?」
「なんだよいきなり。計算式自体は凄く単純だぞ? 中学生レベルだ」
はぁ……とわざとらしく三好がため息をつく。
「先輩。それは数値を測れるスキルがあってこそ、でしょ?」
それは確かにそのとおりだ。数値化されていない状態で調べようとしても、まったく分からなかった自信がある。
「それに、この係数系の概念は、スキルオーブ界に変革を起こしますよ」
「なにそれ?」
「昨日連絡を貰ってから、オーブについて詳しく調べてみたんですよ」
そういって、三好は持ってきたバッグからモバイルノートを取り出すと、JDAのデータベースを呼びだした。
世の中はタブレットだが、俺たちの仕事はノートのほうが圧倒的に効率がいい。ふたりともモバイルノートの愛好者だ。三好はタブレットもバリバリ使うようだが。
どうやら、オーブの中には、効果のよく分からないものが結構あるらしい。
実際に使ってみても、いまひとつ実感がわかなくて、スキルも増えたりしないものだ。それらはハズレオーブと言われていた。
その中のひとつに、×HP+系と呼ばれるオーブ群があった。
「でもこの概念があればわかるんです。例えばこの――」
三好がデータベースの検索結果を指さした。
「AGI×HP+1とか、AGI×HP+2ってのは――」
「AGIのHP補正係数を増加させるのか」
「検証してみなければわかりませんけど、もし、+1で、先輩の言う係数が0・1増えるとしたら……」
「普通の人のAGIでは、HPが1か2増えるだけだから実感として気がつかない」
「そういうことです。数値化って凄いですよね」
いや、でもパラメーターが伸びてきたら全然違うことになるんじゃないのか? 0・1と0・2じゃ二倍だぞ?
「それでですね。重要なポイントは、このハズレオーブ群って、安いんですよ」
表示を見ると、大体が数十万円ってところだった。それでも充分高いのは、オーブの希少性というやつだろう。将来に備えて、今のうちに独占使用しておくって手はあるか。お金があれば、だけどな。
「もちろんどのみち保存できませんから、在庫があるわけでもないですし。単に知られると価値が上がるってだけですけどね」
そう言って、三好はデータベースからログオフした。そうして俺の書いたメモを指さしながら、ぼそりと呟いた。
「それにこれ、計測できたらものすごくお金になりますよ」
俺もそう思う。
各国の政府機関や民間の法人は確実に、フリーのダンジョンエクスプローラーだって、かなりの人数が購入するだろう。
「さすがは近江商人。実は三好を呼んだのはそのことなんだ」
「ほほう。詳しく聞きましょう」
「お前さ、昨日、大学のベンチャーで医療計測系の会社の偉い人に知り合いがいるとか言ってたろ?」
「はい、鳴瀬 翠さんっていう、研究室で可愛がっていただいた先輩が作った会社なんです」
「で、だな。俺のメイキングは、ステータスに値を割り振ることが出来る、というのが本来の能力なんだ」
「え? キャラメイクできるってことですか?!」
「まあそうだ」
「信じられませんが、それなら一個人の情報とはいえ、すでに計測対象は存在しているわけですよね? じゃあ、あとはそれに合うようにセンサーを選んだり、数値を調整するだけで計測の基盤がでそろう?」
「まあな。とはいえ、そもそも何を測定すればいいのかすらわからないわけだ。そこで――」
「翠先輩のところの計測機器で総合的に計測して、各パラメーターを後付けで推論するってことですか」
「どうだ」
「どうだって言われても……面白そうですけど、生理的な値は、体調や個人差で結構な幅がありますよ?」
「そこらへんの補正は、三好の専門だろ」
こいつは、数値解析の専門家だ。
「そう来ますか……結局、先輩のパラメーターを1上げる毎に、いろんな検査をやって数値を集めて、後で付き合わせて何か違うか確認しようってことでしょう?」
「まあそうだな」
「例えば、本当にパラメーターによって生理的な変化が起こると仮定しますと、例えば、STRが1上がって、計測可能なレベルで血中の何かの濃度が変化したりしたら、一〇〇もあがればホメオスタシスがブッこわれて死んじゃいませんか?」
ダンジョン探索の最先端にいる軍人達が、異常に筋肉ムキムキになったりしていないことは確かだ。もし筋肉量がそれほど増えていないのに力が倍になったりするのなら、何かの生理的な変化が起こっている可能性は充分にある。
だから、三好が心配しているような問題が起きる可能性は確かにある。
「そこは少しずつやるから。あまりに変化が激しいようなら、しばらく置いてもいいしな」
「まあそれなら連絡はしてみますが……先輩、スキルのことは内緒ですよね?」
「できれば」
「断続的に、総合的な検査をするなんて、何て説明しましょうか」
「うーん。新開発のクスリの検査とか」
「治験の許可も取らずに、いきなり臨床試験なんかやったら、手が後ろに回りますよ!」
「なにか特殊なアイテムの検査で、人体への影響を把握したい、とかかな?」
「それだと相手先に大きなメリットがないですから、検査費は取られると思いますよ。例えば計測器の共同開発なんてところまで行けば別でしょうけど」
「今の段階でそれをするとスキルの説明が必要になる、か」
そもそも、まだ計測できるかどうかすらわからないから、共同開発もくそもないんだけどな。
「ま、それは先の話だ。何にも変わらないなんて結果が出るかも知れないし」
「まあそうですね。一応翠先輩には連絡してみます」
そう言って、三好は、メールを書いて送信していた。相変わらずフットワークの軽いヤツだ。
「――それで、もしうまくいったらな」
「はい?」
「いや、その計測器とかがものになりそうだったら、三好が売りだせばいいさ。特許を取得すれば結構稼げそうだろ」
「そうですね。そのときは先輩と一緒に登録しておきます。でもこれ、検証はそうとう揉めるとおもいますよ。なにしろベースになる理論がオープンにできませんから」
「外部から見たらあくまでも帰納的な結果として存在する製品だもんなぁ」
「温度計とかもそんな感じですし、自然科学はほとんどが観察の結果帰納的に作られたようなものですから、最終的には受け入れられるとおもいますけど」
「だといいな」
「それより先輩! もうお昼ですよ、お昼! どっか行きましょう」
「お、お手柔らかにな。モリーユの当日予約通っちゃったし」
俺の端末には、予約OKのメールが到着していて、財布のピンチを象徴するかのように点滅していた。
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