第4話 未登録スキルと世界一位
オーブを掴んでバッグに入れると、俺はすぐにその場を立ち去った。
なにしろトレーラが斜めに半分土に埋まっているのだ。穴はいつの間にか無くなっていたが、亀裂はトレーラーを飲み込んだまま残っていた。
すでに全身濡れ鼠だったし、スキルオーブをあちこち持ち歩くのも嫌だったから、すぐに会社に早退の連絡を入れた。
電話の向こうで、榎木課長が俺を罵倒していたが、はい、はい、と機械的に相づちを打って電話を切った。
そうして一時間後。シャワーから出た俺は、自分の部屋で、年中ベッドの横に置いてある、コタツの前に腰掛けていた。
「さてさて、これ、いくらくらいになるんだろうな」
オーブに触れると、その名称が分かる。
その下にある謎の数字――オーブカウントと呼ばれていた――は、どうやら発見からの経過時間を表しているらしく、数値が 1436 になったあたりで消滅することがすでに知られていた。
「メイキング / 0074 ね。五月の王ってのは、なかなな凄そうだが……農業関係かな?」
俺はノートPCを立ち上げると、JDAのオーブ購入リストにアクセスして、メイキングと入力してみた。が、結果は「なし」だった。
オーブ購入リストは、さまざまな会社や組織や個人が、特定のオーブをいくらで購入したいという希望を記したリストで、発見者はそれに応募することでJDAを介した取引が行われる。
なにしろ一日しか猶予がない代物だ。いつ発見されるのかもわからないし、普通の店のように並んでいる商品を選んで購入する、なんてことは不可能だし、オークションを行う時間もないため、購入希望者との直接対話による売買が普通なのだ。
「仕方ない。じゃ、どんな機能かだけでもチェックして――」
そう言いながら俺は、JDAのスキルデータベースにアクセスして、メイキングを検索した。――が、検索結果はやはり「なし」だった。
「おいおい、未登録スキルなのか? これ」
JDAのデータベースは当然WDAに繋がっている。ここに登録がないってことは、世界中で今まで見つかったことがないスキルだってことだ。
機能がはっきりしない未登録スキルは、販売チャンネルがほぼない。何しろ値段が付けられないからだ。調べている時間や交渉する時間も当然、ない。
「まいったな……せっかく一攫千金をゲットして、会社を辞められるかと思ったのに」
俺はがっくりと肩を落として、明日の出社後に巻き込まれる面倒事を想像した。
あまりの鬱な想像に、おもわず頭を左右に振って、お湯を沸かすために台所へと立ち上がった。そうして、コンロにヤカンをかけながら、気分を変えようと、少し良いお茶を戸棚から取り出した。
「星野村の玉露は、最高ですってね」
少し沸騰させた後、コンロから下ろして、お湯の温度が下がるのを待っている間、もう一度机の上のオーブに目をやった。
「やっぱり自分で使うしか、ないか」
八女の玉露を丁寧に入れて、カップに注いでコタツまで持って行くと、まずはそれを一口飲んだ。
「ん? なんだかいつもより旨味が強く感じられるけど……何かしたっけ?」
一瞬疑問に感じたが、ま、うまいのならいいか、と特に深く考えず、オーブを手にとった。
「やっぱりここはお約束だよな」
俺はそう呟くと、小さく叫びながらオーブを使った。
「おれは人間を辞めるぞ!」
それは不思議な感覚だった。
何かが体にしみ通ってくるような、体が一度バラバラにされて、再構成されていくような――気味は悪かったが気分は悪くなかった。
「ん……」
俺は、目を開くと、手を握ったり開いたりしながら、その感触を確かめた。
特に何かが変わった、といった感じはしない。世界が劇的に変わって見えるかもと考えていた俺は、少し落胆した。
「ま、Hと同じで、経験してしまえば、どってことないのかもな。……だが、スキルってどうやって使えばいいんだ?」
困ったときのインターネットだ。
とりあえず、スキルを使ったヤツの体験談を検索してみた。もちろんそれが、嘘かホントかは判断のしようがないのだが。
「なんだかなぁ。どれを読んでも、要約すれば『なんとなくわかる』だよ。なんとなく。なんとなくねぇ……」
目を閉じたり、腕を組んだり、残った茶を飲んだりしたが、結果は――
「……さっぱりわからん」だった。
もしかして、取得に失敗した?
そう考えた俺は、Dカードのことを思い出した。確か、Dカードには、取得スキルが記載されるはずだ。
「って、カード、何処に置いたっけな。確か、はいてたズボンのポケットに……」
脱衣場のカゴからそれを取り出すと、ポケットをあさって、くすんだ銀色のカードを取り出した。
「あった、あった。さて、スキルはっと……」
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Area 12 / 芳村 圭吾
Rank 1
メイキング
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「なんだ、ちゃんと追加されて……」
俺は余りのことに、カードを二度見直した。
「は?」
目がおかしくなったのかとばかりに、右手の親指と人差し指で、目頭を揉み解したあと、もう一度カードを見直しても結果に変わりはなかった。
「ら、らんく、いち?」
そこには Rank 1 の文字が燦然と輝いていた。
「待て待て待て待て、九千九百万くらいだったろ、確か?!」
しかし何度見直したところで、一位は一位だ。
仮定通り、モンスターを倒して得た経験値による順位だとすると……
「鉄筋を落とした後、しばらくして聞こえてきた、あの不気味な声、か?」
それ以外に心当たりはない。
帰りの車で、いつの間にか、何かを轢いたりしていない限り。
俺はふと気がついて顔を上げた。
「一位って強いよな?」
ダンジョンがこの世界に登場してから、すでに三年。
軍の連中なら、最初からそこに潜らされていたはずだ。今は一般の探索者もいるけれど、おそらく上位の連中は大抵軍か警察関係だろう。そんな連中の、三年分の経験をごぼう抜き?
とはいえ実感はまるでなかった。
「強くなったって感じは全然しないんだよな。別段、ドアノブをひねりつぶせるわけでもないし」
力一杯玄関のノブを握りしめてみたが、別になにも起こりはしなかった。
「なら、魔法か? ――って、あれはスキルだったっけ。関係なさそうだな……」
その日、俺は、いつまでもPCに向かって無駄な検索を繰り返していた。
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