第23話 魔物
振り落とされないようにしっかりとシルバの背中に捕まり、ギュッと目を閉じる。
結界で護られている筈なのに、風切り音のような音が僅かに聞こえる。
きっとシルバは今迄で一番早いスピードで駆けている。
暫くしてからシルバが「セイカ」と声をかけてくれたのに反応して目を開けると、道の先に大勢の人々が走って来るのが見えた。
「!シルバ、一旦止まって!」
近づくにつれ、人々の服装がボロボロであることや所々に傷が見える事から、嫌な予感が的中した事に気付き、一度話を聞いてから炎の場所へ向かうべきだと咄嗟にシルバに声をかけた。
(間違いない、煙が上がっていた所は町で、この人達は逃げて来たんだ……!)
「何があったんです!?」
物凄いスピードで近づいてきたかと思えば急に止まって声をかけた私と白い狼姿のシルバを見て、人々は一瞬とても驚いていたが、私が再度声をかけると、ハッと気を取り戻して、次々と声を上げた。
「ま、町に、魔物が現れたんです!!」
「突然のことに対処も出来ず、襲われる中で火事になり炎が広がってしまい、着の身着のままで逃げて来たんだ!!」
(魔物……!?)
背中に嫌な汗が流れる。
この世界に来てからまだ一度も姿を見ていない生き物。だが、本やシルバの話から得た知識だけでもこの世界で最も驚異であると言える生き物である事を既に聖歌は知っている。
焦りと不安から知らず、ゴクリと唾を呑み込んだ。
そんな中、小さな女の子が涙を流しながら狼姿のシルバに怯えながらも懸命に近づき、口を開いた。
「お、お兄ちゃんが……お兄ちゃんが、まだ、村にいるの……!私達が無事逃げられるように、時間を稼ぐって……!!」
「!」
ということは、やはりまだ町には人がいる。
少女の言葉に続けて他の人々も息子や夫が……!と口々に涙を流しながら訴えかける。
「わかりました。……皆さんはこの先にある野営地で身体を休めて下さい。魔物は、私達が、何とかします。……シルバ!」
「ああ、町は直ぐだ!」
私が話し終わるやいなや、シルバはまた猛スピードで駆け始める。私はもう目を瞑ることもなく近づいてくる炎を目に焼き付ける。
まだ攻撃魔法は少ししか覚えていない。でも覚えた中には上級魔法も幾つかあった。
全く歯が立たないということはない筈だ。
私が不安に思っている事を悟ったのだろう、シルバが安心させるように口を開く。
「セイカ、お主の側には我がいる。何も心配はいらん」
「……うん、ありがとう、シルバ」
そして遠くに街が見えてきた。
「酷い……」
「建物はもう殆ど駄目であろうな……セイカ、お前の魔力量なら視認さえ出来れば魔法は使える筈だ」
「!、わかった!」
(とにかく、まずは炎を何とかしないと……!)
遠くにいる街の上に向かって手を翳す。
今から使うのは覚えた中でも数少ない極大魔法の一つだ。成功するかはわからない、でも、やるしかない。
一度瞳を閉じてから周りにいるであろう、妖精達に呼びかける。
(水の精霊様……!近くにいるのなら、どうか、力を貸して下さい……!)
暖かい光を感じて目を開くと、いつの間にか周りには水色の光を纏った妖精が集まり、優しい瞳で微笑んでこちらを見ていた。
その笑顔に励まされ、小さくありがとうと呟き、魔法の旋律を紡ぐ。
「我、天候を司る者。空の雫よ、大地に降り注げ!」
瞬間、町の上空に雨曇が集まったかと思うと、町の範囲にだけ大粒の雨が降り注いだ。
(やった……!)
シルバはククッと喉の奥で笑うと一瞬背中に乗る私に視線を向けた。
「まさか初っ端から極大魔法を使うとは……末恐ろしいな、セイカは」
「褒めてるの?それ……」
「勿論だ。さあ、町に着くぞ……結果は張ってあるが、気を引き締めろ。魔物を目にしたら直ぐに攻撃魔法だ!わかったな」
「うん……!」
町に着くと同時に丁度雨が止んだ。大粒の雨のお陰で炎は瞬く間に鎮火していた。
崩れ落ちた屋根や瓦礫の山。酷い惨状だが今はそれに目を移している暇はない。
(魔物は何処に……)
直ぐに見つかるだろうと思ったがなかなか見えない。
やがて槍や武器の代わりであろう農具を構え、血だらけになっている人々が見えてきた。しかも殆どの人は既に倒れている。
あまりのことに声も出せずにいたが、人々に気を向けていられたのは一瞬だった。
(何……あれ……)
まだ残っている建物よりも背丈のある、熊のような、猿のような、獣。
禍々しい黒い霧のような物に包まれた生き物は体中に槍や矢じりの類が刺さっているのに、全く効いている様子はない。それどころか未だ果敢に挑む人々を道端に転がる石ころかのように鷲掴んでいる。
「セイカ!!」
シルバの声にすぐ様手を手を魔物の方へ翳す。魔物に最も有効なのは、光魔法だ。
「降り注ぐ光の刃よ、我の敵を打ち砕かん!」
旋律を紡ぐと同時に光の矢のような物が天から山のように魔物に向かって降り注いだ。
「グゥアアアアアッ!!!」
光の矢をもろに浴びた魔物は雄叫びを上げるとそのまま崩れ落ちる。
(しまった!人が下敷きに……!)
焦る私にシルバが「案ずるな」と声をかけてきた。
すると下敷きになる筈だった人々が姿を消したかと思うと、魔物が崩れ落ちた方向とは逆の場所に現れ、突然のことに目を白黒とさせていた。
流石はシルバだ。恐らく転移系の魔法で人々を移動させたのだろう。
(しかも魔法詠唱なしとか……流石は最高位精霊……)
「どうやら、魔物は一体だけの様だな……しかし、火の周りが速かった為に被害が甚大になってしまったようだ」
シルバの声を聞きながら私は慌てて背中から降りると傷だらけの人々の元へ足を走らせる。
突然現れた私達に人々が戸惑いの目を向けるが気にしていられない。今はそれよりもまずしなければならない事があるのだから。
瞳を閉じ、息を吸い込む。一刻も早く、町にいる人々の傷が治るようにと祈りを込めて、歌を、紡ぐ。
雨曇が去り、雲の隙間から光が降り注ぎ始めた町に、聖歌の歌声が響き渡る。
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