第22話 街道にて
移動中、シルバの背中に乗りながら私は魔法書を片手に簡単な魔法の練習をしている。こういうものは実際に使った方が早く覚えられるのだ。
それに移動中ただシルバの毛並みを堪能しているだけというのは勿体ないし、何より乗せてくれているシルバに申し訳ない気がする(それはそれでとても楽しいが)。
「セイカ、ある程度の生活魔法はもう十分であろう?それにそれらは必要になった時にまた調べれば良い。今はそれよりも先に簡単な防御や攻撃魔法などを非常事態に備えて覚えておくべきだ。もちろん治癒の魔法などもな。この世界には魔物もいる。主には追手がいるのだから尚更だ。我も守るつもりではあるが、ある程度の力はつけておくに越したことはない」
「えっ、わ、わかった」
シルバの言うことは最もだ。だが、これまで順調過ぎるほどに順調な旅のおかげかあまり危機感がなかった。
何しろシルバに会えてからの私といえばもっぱらこの背中に乗っているだけなのだ。あとはたまに休憩時に食事を作ったり夜は野営をしたり。でもその時もシルバが辺りを警戒したり結界を張ったりしてくれているため、不安を抱くこともない。
確かに油断し過ぎかもな……それに考えてみればシルバに頼ってばかりだ。
彼に会えずにいたら私はまだ風の森で迷子になってるか、下手をすれば野垂れ死にだ。
そう考えて背中がゾッとした。
これから先、いざという時シルバがいないことなんていくらでも想定できる。
シルバの言う通りだ。
(自分の身は、自分で守れるようにしないと……)
シルバは流石と言うか、膨大な量の魔法書を持っていた。なんでも女神リオーネ様のもとに膨大な書庫のような空間があり、仕えているものは誰でも自由に観覧できるようになっているらしい。
今は私を主にしているシルバだがリオーネ様の許可は降りているらしく、今現在も離れた状態でも話せるようにと、神獣としての絆を宿したままでいるらしい。
いつか、シルバがまたリオーネ様のもとに戻りたいと思った時にいつでもまた戻れるようにと。
(少し、羨ましいな……)
きっとシルバにとってリオーネ様の元にいることは当たり前で、彼女の存在に敬意は勿論だけど、安らぎや幸福を感じていたのだろう。
(私も、シルバにとってそんな存在になりたい)
だって私にとってのシルバが既にそうだから。
今はこの世界について知らないことばかりで迷惑をかけてばっかりだけど、少しでもお互いに頼り頼られる存在に、シルバに相応しい主になりたい。
そう考えながら、新たな魔法書を片手に次々と新しい魔法を覚えていく。
シルバはそんな聖歌の気配を背中に感じながら笑みを浮かべると、上機嫌になる気持ちをそのままに更にその速度を上げるのであった。
「シルバ、そろそろ一度休憩にしない?お腹空いたでしょう?」
「ム、それもそうだな……しばし待て」
今進んでいる街道沿いは同じような旅人や商人がよく使う道である為、かなり広い。
そして便利なことに、ある程度の間隔に道の脇に休憩や野営に使えるような空き地があるのだ。
そんな道であるから当然人とすれ違う。そしてその度にありえないスピードで道を行く私達はギョッとした顔を向けられる。
まぁ、まだ小国に向かっているためすれ違う人々も少ないほうではあるのだが。
暫くしてみえた空き地でお昼にする。
「街まであとどれくらい掛かりそう?」
「流石に森と違って人目がある分、スピードを抑えてはいるが、この調子ならあと四、五時間といった所だな」
「やっぱ森では相当のスピードだったんだね……それでも十分凄い目で見られてるけど」
「我の感覚だと今の倍のスピードで漸く標準と言った所だがな。まぁ、背中にセイカが乗っているのだ。本気を出して走ることはそうそう無かろうよ。結界が張ってあるとはいえ、怯えさせるつもりは無い」
「ふふっ、ありがとう……はい、お昼ご飯できましたよ〜」
コンロの上、大きめのフライパンで作ったジャーマンポテト。流石に旅の途中だから残念ながらそんなに手の込んだものはつくれない。あとは先日の夜に作り置きしといた野菜たっぷりのミネストローネだ。
そして火魔法を使った焚き火の中に肉食であろうシルバの為に香辛料たっぷりの鶏の丸焼きがある。
「上手い!やはりセイカは料理上手だな!」
「いや……旅中な分、凄く手抜きなんだけど……でもそう言ってもらえると嬉しい。ありがとね」
シルバは豪快に鶏肉とジャーマンポテトを食べ終えると、一度変化して人の姿になってからミネストローネも味わって食べてくれた。流石に汁物を獣姿で食べるのは毛並みが汚れる為に抵抗があるらしい。
神獣としての気品を考えた振る舞いは流石としか言いようがない。確かにシルバの振る舞いは何処と無く美しい。人の姿になるとそれがより一層顕著になる。美しい所作でスープを味わうシルバを横目にみて、私も見習おうと密かに心の中で決意した。
料理を片付け、旅支度を終えて再び出発して暫くした時だった。
シルバが耳をピクリと動かしたかと鼻をヒクつかせ、顔を顰めて呟いた。
「妙だな……、僅かだが、何かが焼ける……焦げた匂いがする……」
「え?」
その言葉に本から顔を上げて前方に目を走らせた時だった。
遠くの方に、煙が上がっているのが見えた。
僅かだが、燃え上がる炎の色も。
「……っ!シルバ……!!!」
「わかっている!振り落とされないようにしっかり捕まっておけ!!」
私の焦ったような声にシルバはすぐ様スピードを上げると、炎の燃え上がる場所を目指して走り出した。
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