第21話 絆


朝食後、部屋に戻って今朝の買い物の際に購入した地図を広げる。

世界地図はノートに書いているものの、流石に街道などのルートや小さな街などの細かい事まではわからない。

現にこの村の存在も知らなかった。

だから出立前に北西の土地に入っていることは確かだが、地図を見ながらどのルートを使って龍王国までいくかをシルバと相談しておきたいと思ったのだ。

それに疑問もある。


「思ったんだけど、瞬間移動とか、遠くへ一瞬で行けるような魔法はないの?」


「あるにはあるが、一般的には行ったことのある場所にしか使う事が許されておらぬ。国から国へ移動する際には必ず検問があり、身分を証明して初めてその国への滞在許可が降りる。例外が無いわけではないが、基本的に行ったことのない国への瞬間移動は禁止されている。使った場合は不法入国として処罰を受けることになっているのだ」


「へぇー、つまり魔法はあるけど、この世界のルール上、使ってはいけないってこと?」


「その通りだ」


シルバが神妙に頷く。

だったら仕方ない。急ぎたいのは山々だが流石に犯罪となってしまう手を使うわけにはいかないだろう。


「じゃあ、シルバから見てどのルートで行けば1番早く龍王国に着くと思う?」


龍王国は北西の土地の真ん中にある大国なだけあり、周りを様々な国で囲まれている。

私達が現在いるのは北西の土地において風の森のすぐそばにある三ヶ国の中で最も小さな国、レイノルド国の端にある宿場町だ。


「正直、大国であれば大国である程、検問に時間がかかる。入国の際に長蛇の列が出来てしまっておるし、検査が厳重なのだ。下手すると順番を待ちながら数日野営をする羽目になる。」


「うわぁ……」


マジか。何それ……。急いでる中で入国審査で時間を食うなんてもっての他だ。

レイノルド王国と龍王国の間には六ヶ国の国がある。内二ヶ国はなかなかに大きな国で、丁度レイノルド王国と龍王国の間に位置しているから、どちらか一つを通れば次は龍王国に着くことが出来るが、シルバの話を聞いた後では入国に時間がかかりそうであまり通る気には慣れない。

残りの四国は小さめの国で地図では右側……風の森と土の山を含んだ山脈の間に点在している。大国を避けて龍王国に行くとなると、この内の三国を通って行くルートが残される。


私の視線に気づき、シルバがニヤリと笑った。


「龍王国への道順は決まったな?」


「うん。次はライズ国に行こう。どれくらいかかりそう?」


「安心しろ。我なら一日かからずに到着できる」


流石すぎる。本当にシルバは頼りになる。

彼の行動や言葉には安心感がある。


「頼もしいなぁ……。本当、シルバに会えて良かった」


笑って言った私の言葉にシルバは照れたのかそっぽを向いてしまった。

だがその頬は赤く染まっていて、小さな返事が返ってきた。


「……我も、セイカに会えて良かった」


そして何事もなかったかのように行くぞ!と宿を出た。慌ててその後を追うと、街の出口を目指しながら私の腕を掴んで口を開いた。


「安心しろ。龍王国に着くまでは……いや、着いた後も、お主のことは我が守る。セイカはもう、我の主だからな」


シルバの言葉に目を見開く。

気の所為だろうか。今、主と聞こえた気が……。


「えっ……、シ、シルバ、主って何!?」


「昨夜、お主の歌を聴いた時に決めた。セイカ、我の思い違いでなければ、昨日の歌は我の為に歌ってくれた……違うか?」


シルバの紫瞳が私の顔を映す。

まさかバレていたとは。シルバの言葉に思わず顔を真っ赤にしてしまう。確かに昨日、私はシルバへの感謝の気持ちを歌にした。

私の顔をみてシルバは微笑んだ。


「愛娘の歌に込められた気持ちは聴いているものに自然と伝わる。昨日、お主の歌を聴いた時、胸の中が熱くなって、心地よい空間に包まれた。この世界に居るものにとって愛娘に一つの歌を捧げて貰えることはこれ以上なく栄誉なことであり、最上の喜びだ」


シルバの言葉になんと返せばいいのか、金魚の様に口をはくはくと動かす事しか出来ない。


「……我も、セイカの歌と気持ちがとても嬉しかった。だから、そのお礼としてセイカがこの世界にいるうちは、我はセイカを主とする。それに我はほっといてもあと千年は生きるのだ。その間のほんの一時、お主に仕えるだけだから、主が気にすることは何もない」


自信満々に言い切ったシルバであったが、私が驚き過ぎて言葉を返さないでいる様子に不安になったのか小さく「……嫌か……?」と聞いてきた。

不安そうに揺らぐ紫水晶の瞳。そんな目で見られて嫌だなんて言える人間なんて、いるはずがない。

それに先程からのシルバの言葉で顔どころか体中が熱くてたまらない。

きっと私は今、全身真っ赤だ。

でも恥ずかしい以上にシルバの気持ちが嬉しくてたまらない。


「ううん……。凄く……凄く嬉しい。ありがとう」


シルバの気持ちが嬉しくて。胸が感謝の気持ちで一杯になる。お陰で最後は涙声になってしまった。人は嬉しくても涙を流す。

この世界で初めて流した、嬉し涙だった。

シルバは本当に私を喜ばせる天才だ。

出会ってまだ二日目だと言うのに、私はこの銀色の精霊が大好きになってしまった。



暫くして私は漸く平常心を取り戻した。高校生にもなって人?前で泣いてしまった事が恥ずかしく、上手くシルバの顔を見れない。しかし愚図愚図している時間もないと狼の姿に戻ったシルバの背中に乗り、ライズ国を目指して走り出した。


(……だって本当に嬉しくて涙が止まらなかったんだから、仕方ない)


そう思いながら、私はシルバのふわふわの毛に顔を埋めた。



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