第20話 早朝、市場にて



朝靄が薄らと漂う早朝から聖歌は町中の市場を歩いていた。

ちなみにシルバはまだ宿で休んでいる。

何しろ昨日1日走っていてくれたのはシルバなのだ。早朝に起こすのは忍びない。それに比べれば移動中その背中に乗っていただけの聖歌は体力に余裕がある為、ある目的を持って市場に訪れていた。


(昨日の時点である程度予想していたとはいえ、やっぱりシルバも通貨については知らなかったか……)


そう、昨日の宿の件で既に判明していたが、今までお金を使う機会がなかったシルバは当然ながらこの世界の通貨についての知識はなかった。

幸い昨日の夕食の席でも私の歌を聞きに来てくれていた人が多くいた事から田舎から来たということにして基本的な事は聞くことが出来た。


そこで解ったのはこの世界の通貨はヒェルトというものであること(単位も同じである)。

通貨には銅製の3種類の大きさの物と銀製の2種類の大きさの物、そして金貨がある。

銅製の1番小さいものが1ヒェルト、中くらいの物が10ヒェルト、大きい物が100ヒェルトであるらしい。

銀製の小さいものが1000ヒェルト、大きい物が10000ヒェルトで金貨は100000ヒェルトにあたるらしいがそんな高価な物はなかなか無いから、金貨を使うのは貴族か王族くらいのものだと言っていた。

通貨の値はわかったが大体の相場の方も知っておいた方が良いだろうと思い、こうして市場に足を運んでみたわけである。


(ついでに旅の間の食料とか、必要そうなものがあったら買っておこう)


とは言っても小さな町だから、売ってるものはそんなに多くない。

食料品のお店が殆どで、あとは日用品や服飾品の店が幾つかある程度だ。変わったものだと武具を取り扱っているお店もあって、やっぱり異世界であるということを実感する。


武具のお店も興味がないといえば嘘になるが、今は相場の確認が先決だと食料品や服をみていく。

ちなみに昨夜お金の確認をしたところ、細かいお金ばかりなので量は多いものの、合計でなんと30000ヒェルトもあった。

多いか少ないかはわからないけど、1回歌っただけの金額にしてはかなり多いのではないかと思う。

私の歌を聴いただけでこんなにお金が稼げることに驚きしかない。そんなことを考えながら次々とお店をみていく。


(……なんというか)


野菜は単価で50~90ヒェルト、袋売りで100~500ヒェルトと様々で、服は安いもので700ヒェルト、高級なものだと5000ヒェルトと大分多岐に分かれていた。

だが見ていて感じたことは1つ。


(なんか、日本での金銭感覚に近いかも?)


単位のヒェルトを円に変えて考えてしまえば通貨が一風変わってるだけで、金銭感覚は大差無いように感じだ。

あまり大きく金銭感覚が違って戸惑わないか心配していただけに、これなら全然大丈夫そうだなと拍子抜けした聖歌だった。


昨日寝る前にシルバから渡された本で既に空間魔法を取得していた聖歌はとりあえず旅の間の食料品にとパンや野菜やお肉を買い込んでいく。

空間魔法は使い手の魔力に応じて収納出来る大きさは様々らしいが、シルバや聖歌の魔力からすると最早無限とも言える広さの空間を使用出来るらしい。

また、その空間では時間の経過が無いために腐る心配なども無用とのこと。つくづく魔法とは万能なものである。


(お米はやっぱり見当たらないな……。日本人としてはやっぱりお米が食べたい。この世界にもあると良いけど……。機会があったら無いか調べてみよう。あとは調理器具とかも出来れば欲しいな)


いくら魔法があるとはいえ、慣れないうちは調理器具を使った方が良いだろう。それに魔法がなくても出来る事なら使わない方が良い。いくら便利だとはいえ、そればかりに頼るわけにはいかないし、魔法では出来ない事もあるかもしれないのだ。


(というか魔法ばかりに頼ってたらなんかダメな人間になる気がする……)


「ん?」


調理器具として鍋や包丁などを粗方買い、次に持ち運び出来るというコンロを見ていると不思議な物を見つけた。

鍋を置くであろう場所に石の様なものが埋め込まれているのだ。それに何より不思議なのは火加減を調節する様なものが見当たらない事である。

使い方がわからず、お店の人に聞いてみると逆に驚かれてしまった。


「貴女、魔法石を見たことがないの?」


「魔法石?」


説明を聞くと、魔法石とは魔力を流す事で様々な効能を発揮する名前の通りの石らしい。

旋律などを必要とせず、魔力を流すだけで済む事から、一般的にはこの石を通して魔法のような力を使う人が多いらしい。


ちなみにコンロの底にある魔法石は魔力を流し込むと熱を発するものらしい。火加減も流し込む魔力の量で調節するという事で聖歌は初めてみる道具に興味津々となってしまった。


(……ということは、コンセントとかの心配がないってことだよね。まぁ、まずこの世界では電気が通ってないだろうから当たり前だろうけど。でも凄い便利)


やはり魔力や魔法は万能である。この世界は地球での科学的進歩を魔法で補っているのだろう。

一応火の魔法を使えば料理は出来るのだが、折角だからコンロも買うことにした。何しろ小さく売れ残っていたものだそうで500ヒェルトと安かったのだ。

着替え用の服も幾つか買いこんだ所で漸く辺りが明るくなり始めた。

そろそろ宿に戻れば丁度シルバも起きているだろうし、朝食を食べて直ぐに町を出よう。


追手がいる可能性もあるし、何より少しでも早くリオーネ達を助けに行くという目的がある限り、あまりゆっくりはしていられない。この世界をもっとゆっくり楽しみたい気持ちはあるけれど、今は一刻も早く龍王国に辿りついて助けを得ることが先決だ。

登り始める朝日を背に、聖歌は宿への道を足早にかけていった。



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