第19話 幕間 -龍王国にて-
ラスタバン龍王国。
この世界で三本の指に入る大国であり、最も豊かだとされているこの国は様々な人種が入り乱れた北西の地の中心に位置している。
その龍王国の中心にある西洋の物語に出てきそうな白亜の城の中の一室。そこで先程まで一心不乱に机に向かって書類仕事をしていた男が徐に立ち上がり、窓辺へと近づいて行った。
その部屋は現世では一般家庭の住居ひとつ分はありそうな広さである。美しい外観とは違い、仕事に重きを置く為にか余計な装飾はされていない。しかしそれでも机や椅子自体が一目で最上級な物であるとわかる。
側の机で男と同じように書類整理をしていた補佐官が男の珍しい行動に驚く。
自身の君主でもある目の前の男ーー、ラスタバン龍王国の王子は何時も一度仕事に集中し出すとこちらが休憩にしましょうと声をかけるまで机から離れようともしない、ワーカーホリック気味な困った人物なのである。
そんな常にない主の行動に驚いて窓の向こう目を向ける。
そこには広大な山のむこうに沈みかけた夕陽に染まる城下町と次第に夜の色に染まりつつある空が広がっていた。
美しくはあるが、普段と変わった所は見受けられない。
不意に窓辺にいた男が口元に笑みを浮かべた。
男は瞠目する。
(これはまた、本当に珍しい……)
この王子は前王が大分年老いてからようやく生まれた子供であった事から、幼い頃から次代の王になるべくとして厳しく教育を受けてきた。今や王子の身でありながら既にこの国に無くてはならない人物となり、政治の一旦を担っている。
しかし幼い頃に普通の子供らしい経験や生活をしていなかった為か、なかなか表情を変えないことから一見無愛想に見えてしまうのだ。さらに龍の血を濃く引いているため、醸し出される威圧感から寡黙で怖い人物だと敬遠されがちなのが悩みどころであった。
本人もそれを気にしていてなかなか人前に姿を表さない。
そんな無表情が標準装備化してしまっている男が珍しく笑みを浮かべたのだ。驚くなという方が難しい。
「な、なにか良いものでも見えましたか?」
驚いて思わず声をかけてしまう。
男はいや……と声を零したが、少しの間目を瞑っていたかと思うと徐に口を開いた。
「遠くから……美しい旋律が聴こえた気がしたんだが……」
気の所為かもしれないなと呟くとまた机に戻り、仕事に取り掛かった。だが気の所為と言っていた割にはその日の王子は終始御機嫌で、常無い王子の様子に一体どうされたのだと使用人達の間に戸惑いがうまれてしまったことを、本人だけが知らずにいた。
その日から彼は度々執務中に徐に窓辺に近づいたかと思うと同じように暫く目を瞑るといった行動をする事が増えた。
そうした日の彼はやはり同じ様に機嫌が良くなる事が多く、無表情でなかなか感情を表に出さない王子の小さな変化に城の者達は戸惑いつつも良い傾向だと受け入れていく。そして次第に敬遠されがちだった王子と親しげに接する者達が日を増す事に増えていったのである。
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