第16話 聖歌と歌とシルバ
もうすぐ暗くなってしまうというのに、宿に泊まるお金が無い。
(折角町に着いたのにまた野宿とか悲惨過ぎる……! いや、待て。まだ可能性が……)
聖歌はチラリと横にいるシルバを見る。当然のように宿に向かったのはシルバだ。だとしたらお金を持っている可能性が高い。
「シルバ、お金……持ってるよね?」
「金? 人間共が勝手に価値をつけてやり取りしてるあの謎の紙や鉄の粒の事か?」
「!? いや、そうじゃなくて……いや、多分間違っては無いんだろうけど! 宿に泊まるにはそのお金が必要なの!」
「何だと!?」
「ていうか、何でシルバがそれを知らないの……?」
「……今までは最高位精霊であると言えば勝手に宿など用意して貰えたし、ケモノの姿では外で寝るのが普通だったからな。しかし、我は今セイカを守るために一緒にいる。故にお主一人を宿に泊まらせる理由にはいくまい……。だが困った。金か……完全に失念していた」
シルバの説明に成程と思う。
確かに最高位精霊となると魔法が精霊のお陰で使えるものだと理解されてる世界では有難がられてもてなされるものなのかもしれない。しかもシルバはアネモス様に使えていたのだ。一種の神獣みたいなものだと考えられていても不思議じゃない。
(うぅ、でも今は今夜泊まるためのお金を何とかしなきゃ……!!)
『お金?』
『
突然の声に驚いて顔を上げると、数人の妖精たちが宙に浮いてこちらを見ていた。
『だったら僕にいい考えがあるよ!』
「本当!?」
『うん! こっち! こっちに来て!』
「え、宿から離れるの?」
どうするべきか迷って聖歌はシルバを見る。
「付いて行くと良い。信用できる。妖精達は無条件に愛を愛するものだ。彼等がお前にとって都合の悪くなることをする筈などないからな」
その言葉に頷き、いい考えがあると言った妖精について行く。
すると、暫くして開けた広場の様な所に出た。中央に噴水がある広場で、所々に人集りが出来ていて、賑わっていた。
『ここ! 此処で愛が旋律を奏でればいいよ!』
「……え?」
「ああ、成程な。聖歌、あれを見ろ」
妖精の言っている意味がわからず首を傾げていると、シルバが遠くに出来ている人集りを見るように言ってきた。
不思議に思い見てみると、其処では恰幅の良い男が座っていくつかの小さな壺を前に笛を吹いていた。すると、男の笛の音に合わせて壺から蛇が出てきて踊りのような動きをし始めた。
(蛇使いだ……!!)
前の世界にいた頃に笛で蛇を操る人がいる映像をテレビで見たことがある。恐らくこれは男が蛇を操るショーのようなものをやっていて、この人集りはこれを見るために集まっていたのだろう。だが、一体これとお金に何の関係があるのだろう。不思議に思いつつもそのまま蛇使いのショーを見る。暫くの間踊っていた蛇はやがて笛の音色が変わったのに合わせて男の首を一周すると、元の入っていた壺へ戻っていった。
ショーはそれで終わりだったようで、ワッと拍手が起こる。男はにこやかに笑いながら徐に、蛇の戻って行ったものより更に一回り小さい壺を前に出した。
(そう言えばもう一つの壺には何の意味があるんだろ?)
すると、拍手をしていた人々が次々にお金を壺の中に入れていく。
(! そっか! これってつまり……!)
聖歌は思わず隣のシルバに顔を向ける。
するとシルバは聖歌の予想通りだとでも言うように笑って頷いた。
「その顔だと気づいたようだな? お主の考えている通りだ。ここの広場には所謂旅芸人のような者達が集まり、それぞれ芸を披露して金を稼いでいるのだ」
『人間達は気に入った見世物にはその価値に見合うと思っただけのお金を自由に入れていくの。愛が旋律を奏でればきっと沢山の人がお金をくれるよ!』
「そうだな。昼間聴いたお主の声は素晴らしいものだった。魔法として使わずともお主の紡ぐ旋律にはかなりの価値がある。ましてや愛の旋律など滅多に聴けるものではないからな」
シルバや妖精達がそう言うのならそれは正しい事で、聖歌の歌声にはお金を稼げる程の価値があるという事だろう。しかし、聖歌は気が進まない。
「でも、お金の為に歌を歌うなんて……」
聖歌は小さい頃のある出来事から歌を道具のように扱う事でお金を稼ぐ事に嫌な印象を抱いている。何よりその事がきっかけで、今の聖歌は人前で歌うことが出来ない。その出来事のせいで聖歌は人前で歌う時に酷い緊張感を感じてしまうようになってしまったのだ。
「……? 何を渋っているのだ? では、お主の世界では旋律は何の為に使われているのだ?」
「使われてるだなんて……! 歌は、人を楽しませたり、幸せにする為にあるもので……!私はその為に歌手を目指してるのに……!」
そこまで言って聖歌はハッとする。シルバの言っていることは何も可笑しなことではない。聖歌が元の世界でなりたかった歌手だって歌うことでお金を稼いでいたのだ。聖歌だって、作曲した曲が賞をとると、賞金を手にする事もあった。
何の思惑もなく、唯々不思議そうにこちらを見遣る紫水晶の瞳を前にして、初めて聖歌はその事に気がついた。
(そっか……。音楽にお金が発生するのはむしろ当然の事なのかも……)
その事実はストンと聖歌の胸の中に落ちた。同時に幼い頃の出来事を思い出す。あの事があってから歌にお金が絡む事で人前で歌う事に強い抵抗を覚えるようになってしまい、次第に歌声に自信がなくなった聖歌は緊張しやすくなり、益々人前で歌う事が出来なくなった。
(でも、今なら……)
聖歌はこの異世界で漸く音楽にお金が絡む事は何も不思議でないという事に気付く事が出来た。その事で、今なら人前でも歌う事が出来る気がした。
(もっと早く……、前の世界にいるときに気付きたかったな……。そしたら歌のテストの時だって……)
そこまで考えて聖歌は首を振る。
過去のことを振り返ってもしょうが無い。いつか帰れるその日まで、聖歌はこの世界で生きて、今もキルヒェンリートにいるリオーネ達を助けるのだ。
(その為にはまず今日の宿と食事の為にお金を手に入れないと……!)
聖歌は周囲を見回し……噴水の前に向かう。
昼間は魔法を使う為と言われてなんとなくそのままアカペラで歌っていたが、作曲をするようになってから聖歌は本来基本的には弾き語りのような形で歌を歌う事が多い。
(ギター、荷物にはなったけど、無事に城から持って来ることができて良かった……)
噴水の前にギターケースを置き、中のクラシックギターを取り出す。年季の入ったそのギターは幼い頃の聖歌の誕生日のお祝いに父が買ってくれた宝物だ。
「随分大きな荷物だと思っていたが……変わった物が入っておるな。何に使うものなのだ?旋律を紡ぐことと何か関係のあるものなのか?」
「えっ……シルバ、ギター知らないの!?」
「ぎたぁ? 聞いたことが無いな……」
周りの精霊達も不思議そうな顔をして、ギターを興味深げに見ている。
聖歌は先程の蛇使いが吹いていた笛を思い出す。あまりに当然のように笛を吹いていたものだから、この世界にも元の世界にあったような楽器はあるものだと考えていたのだが、シルバ達の反応をみると、そうでもないようだ。
(確かに、キルヒェンリートで音楽について調べた時に楽器をという記載を見て安心をしていたけど、確か"ある地域や一部の少数民族では……"って記載があったような……)
ということは、恐らくこの世界にも楽器というものはあるにはあるけれど、元の世界程の種類の楽器は存在していないのだろう。
(まぁ、歌が存在しない世界だもんね……。当然といえば当然か……)
「これはクラシックギターっていう楽器。昼間は使わなかったけれど、私は歌う時は大抵このギターを一緒に弾きながら歌うの。ギターにも色々種類はあるんだけど、それは割合するね。で、私が元にいた世界では楽器を奏でながら歌うことを弾き語りっていうんだけど、私は作曲とかもするから、普段は自然と弾き語りで歌を歌う事が多いの。それに、人前で改めて歌うとなると緊張しちゃうし……。この方がリラックスできるから」
「ほぉ……それは興味深いな。楽しみだ。」
シルバや妖精たちが聖歌の歌が聴けると期待したような瞳でこちらを見ている。
しかし、先程のシルバがとのやり取りで幼い頃の出来事による人前で歌う事に対してのトラウマは多少軽減されたような気はするが、人前で歌うとなるとやはり緊張することには変わりない。噴水の周りにある淵に座ってギターを抱えたものの、なかなか歌い出すことが出来ない聖歌。
すると聖歌の不安気な心を察したのか、シルバが優しい声で言った。
「聖歌、何も不安に思う事はない。自信を持て。昼間にお主の歌声を聞いた時、我だけではない、森中の精霊達がお前の歌声に惹かれ、幸福を感じ、感動していた。お主の歌には力がある。……それでも不安なら、目をつぶって好きなことを考えろ。人の視線など気にせず、お前の思うまま、自由に歌えばいい」
シルバの優しい声と瞳に聖歌は泣きそうにった。シルバが言ってくれた言葉は人前で緊張しがちな聖歌が求めていた言葉そのままだ。この目の前の精霊は、出会ってからまだ間もない。そう、まだ、たった一日。一日しか時間を共にしていないのだ。それなのに今日だけで聖歌に沢山のものを与えてくれた。
聖歌は急にシルバにこの溢れる感謝の気持ちを伝えたくなった。
その衝動と共に、頭の中に不思議と新しいフレーズが浮かんだ。聖歌はその衝動に身を任せ、そのまま自然と歌を紡ぎ出す。
そして夕日に照らされたポートル宿場町に美しい歌声が響き渡る。
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