第15話 森を抜けて


シルバの背に乗りながら朝と同じように森を駆け抜けていく。神木の元を去ってから暫く、私が速さに慣れて来た頃合を見計らってシルバはさらにそのスピードを上げていた。飛んでいく景色を認識するのも難しい。これは尋常じゃない速さが出ているに違いない。

まあそのスピードに慣れ始めてる私も普通じゃないかも知れないが。結界に守られているという安心感からか、特に不安を感じずに済んでいる。慣れとは恐ろしいものだ。


「このスピードで行けば夕方までには森をぬけて直ぐの所にある最初の街に着くことが出来るな」


「本当!?良かった……」


「普通の人間がこの森をぬけようとしたらひと月はかかる。その前に迷わずに抜けられるかという問題もあるがな」


「うわぁ……確かに。シルバが仲間になってくれて本当に良かったよ。ありがとう」


私の言葉にシルバが「当然だな」と誇らしそうに胸を張る。表情がどことなく嬉しそうでホントに可愛い。思わず微笑ましい気持ちになってしまう。恐ろしい速度のスピードとは正反対に私達のやり取りはのほほんとしている。

シルバの背中に乗りながら森を出た先にある街のことや、私がまだ知らないこの世界の事について話していく。

シルバは本当に博識だ。彼のお陰でこの世界についての情報がどんどん増えていく。

私は森を出た先にあるこの世界に着いてから初めて安心して過ごすことが出来るであろう国の最初の町、ポートル宿場町に着くのを心待ちにしていた。


「見えたぞ!」


そうこうしているうちに、遂に森の出口が見えてきた。


(いよいよだ……!)


「わぁ……」


森を出た先の景色は辺り1面の麦畑だった。

綺麗に整備されている麦畑はそれだけでも美しい景色だった。遠くに目をやると、まだ小さいが壁に囲まれた町が見える。おそらくあれがポートル宿場町だろう。

畑で作業している人々が凄いスピードで走り去る私達を見て驚いているのが見える。って、そうだよ!


「シ、シルバ!森を出たのにこのまま走ってて大丈夫!?」


普通に考えれば最高位精霊であるシルバはとんでもなく珍しい生き物だ。驚くのも無理は無い。


(というか、そんな最高位精霊の背中に乗せて貰ってる私って普通に考えるとやばいんじゃ……)


「安心しろ。珍しいからこそしっかり見なければそうだと気づかれはせん。数こそ少ないが人間の中には狼等を使役してその背に乗って移動する者も居るのだ。獣人のいる国なら尚更な。このまま進んでも問題は無い」


「ええ……? 本当……? それにしてはなんか騒がれてるような気がするんだけど?」


そう話している間にも宿場町にたどり着く。どんどん近づいて行く街にシルバの走行スピードの速さを改めて思い知るのだった。


宿場町の入口より少し手前でシルバは止まると私に降りるように催した。


「ふむ……この規模の街だとこのままの姿でいるのは少々不便かもしれぬな。セイカ、暫し待っていろ」


そう言うとシルバは瞳を閉じ何事かを呟いた、その瞬間、シルバの身体が強い光に包まれる。


「えっ、ちょっ……シルバ!?」


あまりの眩しさに私は目をつぶる。

それから直ぐに光が弱まったのを感じているとシルバの「もう目を開けても良いぞ」という声が聞こえ、目を開けてシルバを見ると……

絶世の美男子がいた。


「……え?」


「どうした?」


「いやいや……え?」


「何をしている。さっさと町に入るぞ」


青年の頭に生えた獣耳がピクリと動く。


……まさか、


「シ、シルバ?……なの?」


「何を当たり前の事を言っている」


「いや!普通に驚くからね!?ていうか……うわー……美青年だあ……」


人間でいうと二十歳手前といった年齢のように見える。

白銀の長髪は腰まで伸びていて、キラキラと光っている。見るからにサラサラだ。瞳の色はは紫水晶。頭には獣耳、後ろには尻尾も生えている。そして額には小さいが、狼姿の時と同じ紫の水晶石がある。色は狼姿の時そのままだ。それにしたってかなりの整った容貌。イケメンに耐性の無い身としては眩しく見える。


(え……このイケメンの隣歩く勇気無いんだけど……。普通に無理……)


こんな絶世の美青年の隣に私のような平々凡々な女が歩いてたら当然やっかみを受けるだろう。せめてリオーネの様な美人だったなら話は別だろうが。


「何を心配しているのかと思えば……お主は案外自覚が無いのだな?そうだ、この町に入る前に瞳の色を元に戻しておいたらどうだ?万が一キルヒェンリートから追っ手が出た場合、少しでも容貌の特徴が違った方が都合が良いだろう」


「! 確かに。ちょっと待ってて」


呆れたような声の後に続けられた言葉に納得する。確かに、追っ手が出ている可能性は高い。城でもカラーコンタクトをつけ続けていた彼等は私の瞳は黒色だと思ったままだろう。シルバに背を向けて久しぶりにカラーコンタクトをとる。あー、スッキリした。久しぶりの開放感だ。

その様子をシルバが不思議そうに見ている。


「何をしている?む、それが瞳の色を変えていたものの正体か?」


そう言って手の平の上にあるコンタクトレンズをまじまじと覗き込み、元の蒼色に戻った私の瞳と交互に見やると「まさか……」と呟いた。


「まさかとは思うが、先程までこれを直接目に入れていたのか!?」


「え、そうだけど……」


「そちらの世界の人間は恐ろしい物を考えるのだな……」


驚愕の表情で叫んだ後にシルバは恐ろしいものを見るような目で私を見てきた。

その反応にちょっとむっとしてしまうが、狼から人間の姿になれる世界だ。普通に瞳の色も魔法で変えられる世界の人?からすれば確かにコンタクトレンズは恐ろしいものに見えるかもしれない。私も初めてつける時はめちゃくちゃ怖かったし。


手の平の上のコンタクトレンズをどうするか一瞬悩んだが、魔法で瞳の色を変えられる以上、もう使う事もないだろうと捨てることにした。


「さて、では町に入るとするか」


そう言いながら入口のすぐそばにいる門番のような人の元に向かうシルバに慌てて付いて行く。


「旅の方ですね。ではこの許可証を持ってお入り下さい」


門番は最初怪しげに私達を見ていたが、シルバがアネモス様の使いで旅をしている者だというと、納得した様な顔をしてすんなり通してくれた。こんな所でも女神の名前は効果を発揮するらしい。アネモス様凄い。

話しながら渡されたコインの様なものをみる。これが許可証らしい。無くさないようにしなくては。


「良いの?あんな適当なこと言っちゃって……」


「獣人族だとしらをきることも出来るが、姿を変えるところを見られておるしな。それに我とお主の瞳の色では疑う者もいないだろう。だが街の中では我は獣人族であるふりをしておく。目立たないに越したことはないからな」


(それは既に手遅れな気もするけど……)


シルバの姿を認めて何人もの女の人がこちらをチラチラと見ているのがわかる。正直気まずい。中には男の人までいる。美形パワー凄まじいな……。


「阿呆。半分はお主をみているに決まっとろう。少しは自覚しろ」


「え?私の目の色ってそんな変わってるの?」


「そういう意味ではないのだが……。まあ、確かに蒼い瞳も珍しいかもしれんがな。知っての通り風の魔力の色は紫色だが、水属性の者は水色の瞳を持つものが多い。しかし、セイカほど濃い澄んだ蒼色の瞳はなかなかないだろう。まぁ、お主の場合は愛娘であるから瞳の色は関係ないだろうが……。魔力持ちは一般的には変わった目の色をしている者が多い」


(成程。だから門番の人はシルバと私の目の色を見て納得したのか)


シルバの話を聞きながら町を歩き宿を探すことにする。しかし、私はそこで重大なことに気づいた。


(どうしよう)


宿に掲げてある料金表を見て真っ青になる。


「お金……持ってないんだけど……!」


新たなる問題が私達に襲いかかるのであった。


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