第13話 決意



「リオーネさんが危ないって……どういうことですか!?」


『キルヒェンリート王国が愛娘を召喚しようとしたのは、何かにその力を利用する為なのは間違いありません。つまり、近いうちに愛娘の力をいざ利用しようとした時、間違いなくそのリオーネという娘が本当は愛娘ではないことが露見してしまいます……。あの国がその時どんな手段に出るかなど、火をみるより明らかなこと』


「あれは南西の地の中でも特に非道な国だ。自分達で勝手に誤解した事を棚に上げてそのリオーネのいう娘に騙された等と罪を擦り付け、処刑する事は間違いない。そして奴らは必ず聖歌を連れ戻そうとするだろう」


「リオーネさんが……処刑……?」


(そんな、だって彼女は私に巻き込まれてこの世界に来てしまっただけなのに……!)


呆然と立ち尽くす聖歌のことを、アネモスは痛ましそうに見遣る。


『南西の地の中でも毎年あの国では特に多くの命が失われます。これまでの歴史を省みてもキルヒェンリート王国の王族は人の命の重さを理解しようとはせず、消耗品のように扱ってきました……』


「そ、そんな……!」


焦る私を、シルバが静かに見つめてきた。


「セイカ。お主はどうしたいのだ?」


「え……?」


「リオーネという娘はお主にとって助けたいと思うほど大切な存在なのか?お主に聞いた話の中では特に仲が良かったという訳でもなく、どちらかというと苦手としていたのでは無かったのか?他の者達だって同じこと。リオーネという娘が殺されるとしたら、その者達も唯では済まないだろう。少しは長く生きられるかも知れぬが、利用するだけ利用した後は同じ様に殺されるやもしれん」


シルバの言うことは正しい。アネモス様の言うことが本当なら、あの国は人より魔力が優れた渡り人という存在をすぐには殺さないとしても利用して用済みになったらどうするかなんて明らかだ。妖精がいないあの国で魔法を使い続けるとしたら、いつかは限界が来てしまう。


頭の中にこちらへ転移してしまった時にみた皆の不安そうな顔が過ぎる。









『桐谷さんも。怪我はない?』






突然、こちらへ渡ってしまって直ぐに聖歌の身を案じてくれたリオーネの声と顔が頭に木霊した。



不安そうに、でもそれ以上に心配そうにこちらを見遣る、優しい太陽の光を宿したような瞳。



(そうだ……。あの時、リオーネさんは私のことも心配してくれていた……)


そこでふと、城での数日間の食事風景を思い出す。

取り巻き達はリオーネにばかり構ってる中で、彼女は時々聖歌になにか話したそうに視線を向けてくることがあった。

もしかしたらあれは、他の皆とは違って食事時以外は姿を見せない聖歌の事を心配していたのかもしれない。


「私のこと……心配してくれたんです……」


聖歌は小さく呟いた。


「確かに……こちらに来る前も、今も特に仲が良かった訳でもないし、寧ろ転移する前に至っては私にはない色んなものを持っているくせに何故か私に突っかかってくる彼女の事は嫌いでした。でも……嫌いだけど……それ以上に、ずっと憧れてた……」


俯きながらも自分の感情と向き合っていく聖歌をシルバの紫水晶の瞳が静かに見つめる。


「私には無いものを沢山持ってて、人前でも堂々と綺麗な声を響かせて歌を歌う彼女が羨ましくて……ずっと憧れてた。だから、こちらに飛ばされた時、私の事も心配して声をかけてくれたことが……私、嬉しかった」


そうだ、あの時は驚きばかりが勝っていて気づかなかったけれど、いつも突っかかってきたり嫌味ばかり言ってくる彼女が自分のことを心配してくれたことが、純粋に嬉しかったのだ。


「皆を助けたいのは、私のせいで巻き込まれたからっていう気持ちが大きいのは確かです。帰れないかも知れないという不安を感じているのは私だけじゃないし、放って置けない。多分だけど、恐らく、キルヒェンリート王国は戦争を起こそうとしている。このままだと皆は利用するだけ利用されて死んでしまう。それに……」


聖歌は目を瞑る。

学院に入ったばかりの頃、いつも、遠くから見ていた金色の髪をもつ少女。

彼女は何時だって光を浴びていて、俯いているばかりの自分とは正反対に堂々としていた。沢山の人に囲まれていた彼女。初めての歌の発表会では彼女の美しい歌声に魅了された。沢山の人がいる中でも思いっきり歌うことができる彼女のことを自分は尊敬して、憧れていた。それに何より……


「私、リオーネさんの歌声が好きなんです。いつも遠くから見てるばかりだったけど……本当はずっと友達ななりたいって思ってた……」


(まぁ、初対面で酷いこと言われて嫌われてると思ってからはそんなことは夢のまた夢だと思うようになったんだけど……)


苦い記憶が思い起こされる。今でもなぜ初対面の時にいきなりあんな事を言われたのかはわからない。あの時は正真正銘の初対面だったし、彼女に嫌われるような事をした覚えもないのにだ。

でも、こちらに飛ばされてから自分のことを見遣るリオーネの視線は、純粋に私の事を案じるようなものばかりだった。


(ううん……もしかしたら、こちらに飛ばされる前から彼女は私の事を嫌っていたわけじゃないのかも……)


思い起こせば、彼女は声をかけて来る時は酷いことを言って来るばかりだが、何処かいつも自信満々な彼女にしてはぎこちなくて、途中に何か口ごもる事も多かった。今にして思えば何故かは知らないが彼女は緊張していて、嫌味よりも何よりも他に私に何か伝えようとしていたのかもしれない。こちらに飛ばされた日だって、機嫌が悪くてさっさと帰ろうとした私を珍しく引き止めて必死に何かを伝えようとしていた。結局、彼女が何を伝えようとしていたのかはわからずじまいだが。


(でも、本当に嫌われていたわけじゃなかったなら……?)


だったら私はーー


"お主はどうしたいのだ?"


聖歌はシルバの瞳を真っ直ぐに見返す。




「私は、皆を……リオーネさんを、助けたい」



シルバは最初から私の答えがわかっていたのか、不遜な顔を向けた後に嬉しそうな笑みを返すだけだった。



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