第12話 認めざるを得ない真実



「いえ、そんな……、私はただ歌を歌っただけですし!」


『それが有難いのです。愛娘様は旋律を奏でる中でこの神木が良くなるようにと願いを込めて下さいました。神の愛娘である貴方の旋律はこの世界において最大級の魔法と同義。愛娘様の願いや気持ちに呼応して魔法は作用されるのです。今この森はこの神木だけではなく、森全体が愛娘様の歌声によって今迄になく生気に満ちた状態になっています。本当に有難うございます』


私の言葉に対して明らかに偉い立場に居るであろう女神様に頭を下げられ、私は更に慌てるしかない。


「セイカ、そんなに動揺するな。……我からも礼を言わせて欲しい。ここ数年は神木が力を失いつつある状況を食い止めるのが精一杯でアネモス様は姿を表すことなど到底不可能な状態だったのだ。しかし、今はもう依然のように力が漲って居られるのが解る。お主のお陰だ。有難う」


シルバまでもがそう言って、私に向かって頭を下げてきた。周りの妖精達もそれに同調したかのように頭を下げてくるものだから私としてはたまったものではない。


「えっ、ちょ……っ! お願いだから、頭を上げて!」


「そうもいかぬ」


「お願いだからーっ!!」


私の必死の叫びによってようやくアネモス様とシルバ、妖精達も頭を上げてくれた。

ほっとする私の様子をみてアネモス様が笑みを浮かべる。


『それにしても名前呼びだなんて……、愛娘様はシルバに随分と心を許して下さっているのね?』


「えっ、いや、様付とか慣れてないですし……あの、アネモス様も、様付とかしないで下さい、本当柄じゃないので……」


『貴方がそう仰るなら、そうしましょう。有難う、聖歌。神の愛娘である貴方はその名前が示す通り、私達にとっては愛すべき娘のような存在です。だから、どうか貴方にもこの世界を、この世界に住む私達の事を愛して欲しいのです。この世界の生まれでは無い貴方にとっては難しいかもしれないけれど……』


アネモス様のいきなりの言葉に驚く。でも聖歌は心の何処かで、自分がこの世界を既に好きになれるような気がしていた。自分の意思など関係なく召喚されてしまったというのに。だが、アネモス様の言葉は一つの真実を自分に伝えている。


(それはつまり、私はもう元の世界に帰ることは出来ないということ……?)


聖歌は、心の何処かでまだ元の世界に帰ることを諦められずにいる。キルヒェンリート王国には存在しなかった帰る方法も、他の国なら、この世界の何処かになら、きっとあると今も信じているのだ。


『私の知る限りでは……この世界に来た渡り人が元の世界に帰ることができたという話は聞いたことがないのです……』


聖歌の心の声を受け取ったのであろう、アネモスが痛ましそうな表情で聖歌を見つめながら伝える。だが、続けてこう言った。


『しかし、全く可能性がないとも言えないのです。……特に、愛娘である貴方なら、尚更のこと』


「本当ですか!?」


アネモス様の言葉に思わず聖歌は身を乗り出すようにして問いかけた。


『神の愛娘の力は自分の望みを旋律にのせることで叶えることができるものです。それがどんな願いでも、妖精達が力を貸してくれる限り、そして愛娘の魔力に見合うものなら、どんな願いも恐らくは叶えることが出来るはず。それはつまり、貴方が本気で帰りたいと願いながら旋律を奏でれば、帰れる可能性があることを意味します。ですがーー』


「現実的に考えればそれは不可能と言える……。世界を渡る程の魔法など、人間一人の魔力量で足りるものでは無い。愛娘であるお前なら、精霊達の力を借りることで自分が持つ何倍もの魔力を使うことが出来るだろう。だがそれでも命の保証は出来ないのだ。実際にーー」


アネモス様の言葉に続けるようにして話していたシルバがそこで1度言いにくそうに言葉を濁した。


「……お主が召喚された日に、キルヒェンリートでは何人もの術者が死んだ。お主が達を召喚する為に大勢の人間で強力な魔法を行使したのだろう。その魔法は間違いなく禁術と言われるものだ。妖精の力を借りれぬ南西の者達が禁術とされるほどの魔法を使う場合、どんなに大人数であっても魔力量が足りる筈が無いのだ。自身の魔力量に見合わぬ魔法を行使すれば、足りない分はその命を削る事で賄われる……。生き残った者達も、もう長くはないだろうな」


「……そ、んな……」


考えてもなかった事実に聖歌はそれ以上何も言うことが出来なかった。自分がこの世界に来たことで大勢の人間が死んでいたなど考えもしなかったのだ。一体どれ程の術者がその魔法を行使したのかはわからないが、死んだ人は恐らく自分が予想しているより多いだろう。なぜなら、この世界に呼ばれたのは聖歌一人では無いのだ。リオーネとその取り巻き達……キリヒェンリートの人達が望む以上の人数が召喚されたのだ。だとしたら使われた魔力は何倍にもなった筈。


そこまで考えて、聖歌は嫌な事実に気づいた。それはシルバの話を聞いた時には既に気づいていてーー、だが、目を背けていたものだ。


「……キルヒェンリート王国の人達が禁術を使用したのは、巫女姫と呼ばれる存在を召喚する為だと言っていました……」


『巫女姫……そう言えば、確か、神の愛娘を遠く昔、一部の人はそう呼んでいたと聞いたことがあります』



アネモス様の言葉で聖歌は自分の考えを確信した。やはり、巫女姫とは神の愛娘の事を言っていたのだと。そしてそれはこの事実が間違いないという証拠でもある。


(実感はわかないけれど、色んな事実から私が神の愛娘であることはもう間違いない)


「この世界に召喚されたのは私一人じゃない。でもシルバは突然現れた愛娘の気配は私一人のものだと言ってました……。それは、つまり、私一人のせいで関係ない何人もの人が同じ様にこの世界に召喚されて、元の世界に帰れなくなってしまったということで……」


聖歌は俯きながら、誰に言うわけでもなく、独り言の様に自分の考えを呟いた。


(リオーネさんは巫女姫じゃない……彼女は、その取り巻きの皆も、私のせいで、この世界に一緒に召喚されてしまった……)


「私一人のせいで、関係のない人達まで巻き込まれて……そのせいで余計多くの人が死んでしまった……っ!」


聖歌は何処かで否定し続けていたその事実を初めて認めた事で気が付いたら涙を流していた。

聖歌の感情に影響を受けてしまったのか、幼い妖精達も気が付くと悲しそうな顔をしていて、中には同じ様に泣き出してしまう子まで現れていた。


『落ち着きなさい、聖歌。愛しい子、どうかお願いです。周りの子達が貴方の感情に呼応して狼狽えてしまっています。それより、貴方の考えを聞いていた所……、キルヒェンリート王国ではリオーネという子が、巫女姫だと誤解されている……と考えて良いのかしら?』


アネモス様の力強い言葉で意識を取り戻した聖歌は、そのまま何処か焦った様な様子でリオーネの名を口にしたアネモスの言葉に驚く。恐らく先程の聖歌が心の中で考えていた思考から読み取ったのだろう。だが、何故そこまで焦るのかがわからず、困惑する。


「は、はい……。森に召喚された際、迎えに来たキルヒェンリート王国の王子がリオーネさんをみてそう判断したようでして……伝承によると巫女姫は美しい容姿をしているそうなので」


そう言いながら、聖歌はリオーネの美しい容姿を頭に思い浮かべた。


「なるほど、確かに整った容姿をしておるな。だが我はセイカ、お主の瞳の色の方が気になる。その黒い瞳は本当の色ではないであろう?魔法で変えているわけでもなさそうだが……どうなっておるのだ?」


聖歌の思考からリオーネの容姿を読み取ったのか、シルバがそう呟いた。そこで初めて聖歌は自分がコンタクトを付けっぱなしでいたことに気づいた。城では目立つのを防ぐためにカラーコンタクトをつけ続けていたが、目薬もなくなって来ていて正直隠すことに限界を感じていたのだ。


(そっか、魔法で変える方法もあるんだ!盲点だった……!でも城を出た以上、もう隠す必要もないかな?)


呑気にそんなことを考えていた聖歌の思考をアネモスの深刻そうな声が引き戻した。


『……なんてこと……。愛娘であることに容姿など関係ありません。ですが、それが本当なら、そのリオーネという子の命が危ういかもしれません』


全く予想していなかったアネモスのその言葉に、聖歌の頭は一瞬真っ白になった。



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