第11話 妖精たち


歌を歌い終わった後も聖歌は瞳を閉じながら、暫く余韻に浸っていた。

こんなに気持ちよく思いきり歌えたのは本当に何年ぶりだろう。

それに不思議と身体が軽く、何だか生まれ変わったかのような心地だった。

ふーっと聖歌は息を吐き出した。その時だった。


マナだ』


『愛がいるよ!』


『なんて素敵な歌声だろう』


『久しぶりに現れた。愛しい子』


突然頭の中に色んな声が響いてきた。そう、それは聞こえるというより、直接頭に響いてくるような声。聖歌は驚いて目を開け、その光景にまたもや口を開けてポカンとしてしまった。

聖歌の周りーー、それどころか開けた空間いっぱいに小さな人、おそらく妖精と言われる生き物が漂っていたのだった。皆が一様に聖歌をみながら嬉しそうに何事か話しかけてくる。おそらく歓迎してくれているのだろうが、これはどういうことか。

歌を歌う前まではその姿を目に止めたこともなかった生き物がいきなり目の前いっぱいに広がって聖歌は混乱してしまった。


「おや、その様子だと妖精がみえるようになった様だな。今ほどではないが、最初からお前の周りに彼らは沢山居たぞ。この様子だと先程の歌声に引き寄せられて森一帯の妖精が集まってきているな。……みてみろ、セイカ」


聖歌の様子を横目でみたシルバがすぐ様状況を察して説明してくれた。そして徐に神木の方をみろと顎を抉った。


「あ……」


神木の幹には所々淡い光が灯っていた。

徐々に収まりつつある光の下から、ひび割れていた傷が塞がっていく様子がみえる。


「お主が歌っている間はもっと凄い勢いで傷が塞がっていた。やはり我の言ったとおりだったな。セイカは歴代の愛娘の中でも一番の能力かもしれん」


シルバが嬉しそうに尻尾を振る。

それに同調したように、周りの妖精達も凄い凄いと聖歌を称賛してくる。


大きくなってからは大勢の人に褒められる事に慣れていない聖歌は久しぶりの感覚に照れてしまう。


(そういえば、小さい頃は何度か大勢の前で歌う度に褒められてたな……。あの事があってから大勢の前で歌えなくなってしまったけれど)


少し寂しい気持ちに沈みそうになった聖歌に何人かの紫色の光をまとった小さな妖精が近づいてきた。よく見ると、周りにいる妖精の大半は紫色に光っている。中には水色や赤色など、違う色の光を纏った妖精がいることから考えると、光の色は属性を示しているのかもしれない。


マナ、わかりませんか?僕らは愛が森に入った時からずっと側にいました』


近づいてきた妖精の1人か聖歌に話しかける。


(ずっと……?)


『そうです。貴方が川の場所を探してるとわかってすぐに川の方向へと風を吹かせました。覚えていませんか?』


「あ……っ!」


そうだ。森に入ってすぐに川へ導く様に吹いた不思議な風。あれは妖精の仕業だったのか。姿を視認出来なかった時から既に、聖歌は彼らに助けられていたのだ。それに、目の前にいる妖精は聖歌の心の中で思った疑問に答えてくれた。おそらく妖精は心の中で思っていることもわかるのだろう。


「ありがとう。皆が川への道を教えてくれたお陰で無事に一夜を明かすことが出来たわ。本当にありがとう!」


『気にしないで下さい。僕らが好きでやった事です。役に立てたなら良かった』


『嬉しい?』


『愛、喜んでる?』


『だったら僕らも嬉しい』


周りの妖精達が聖歌の笑顔をみて嬉しそうに飛び回る。


「妖精の中にも僅かだが力の差が存在する。力の強いもの程理性的で、弱いもの程幼い子供のような言動をする。気をつけなければならないのは、弱いものに関しては、近くにいる人間の感情に引きずられる事が多いことだな。今セイカに話しかけていた彼はこの中でもかなり力の強い奴だ」


聖歌達のやり取りをみていたシルバが声をかけてくる。


そのシルバの説明を聞いて、目の前にいた妖精は誇らしげに胸を逸らした。


その様子に聖歌はふふっと笑ってしまう。


(小さい子みたいで、可愛い)


幼い子供が親に褒められた時のような動作が可愛く、笑ってしまう。すると目の前の妖精は急に怒った。


『失礼な!僕はこう見えても、愛よりずーっと長生きしてるんだぞ!』


「えっ、そうなの?ごめんね、でもあまりに可愛かったから……微笑ましくて、つい」


『……馬鹿にした訳じゃないなら、別に良い』


聖歌の顔から嘘ではないとわかったのか、彼は照れたような顔をして顔をプイっと背けた。


(やっぱり心の声が聞こえるんだ。それに、きっと嘘とかもわかるのかも)


『その通り!さすが愛は察しがいいね』


彼の後ろにいた別の妖精が今度は話しかけてきた。

それを切っ掛けにして他の妖精達も聖歌に話しかけようと更に近づいてきた。


「えっ、えっ、ちょ、ちょっと待って!順番に……」


どっと押し寄せてきた妖精達に流石に聖歌も慌てる。その時だった。


『お前達、落ち着きなさい。愛娘が困っているでしょう』


凛とした美しい声が辺りに響いた。

瞬間、集まっていた妖精達がさっと波が引くように周囲に散った。

そして声のした方に視線を向けると、神木の前に1人の美しい女性が浮かんでいた。

そう、浮かんでいたのだ。

彼女は姿形は妖精達にとても良く似ていたが、身体の大きさは人間と変わらない。妖精達と違って翼は見られないが飛んでいるし、耳の形も人とは少し違って尖っている。

そして何よりも凄く綺麗だ。整いすぎたその容貌はとても人とは思えない。隣でシルバが声をあげた。


「アネモス様!」


アネモス様……?あれ、それってたしか……

何処かで聞いたその名前を思い出そうと私は必死になる。


『シルバ、愛娘を連れてきてくれた事、感謝します。彼女の魔法のお陰でこの神木も無事力を取り戻す事ができました』


「とんでもないです。風の女神である貴方様のお力になれたこと、このシルバ、光栄に思います」


(えっ、女神!?)


予想していたが、そうだ。たしか自己紹介の時にもシルバが使えていると言っていた風の女神様の名前だ。


(あのシルバが敬語を使っている)


今まではどちらかというと不遜な態度をとっていたシルバが頭を垂れている様子が珍しくまじまじとその様子を見遣る。


『聖歌様』


「ハッハイッ!?」


急の呼びかけに驚いて思わず声が裏返ってしまった。

そんな私に女神様は優しい眼差しを向けていた。


『神の愛娘である貴方に、最大の感謝を。あなたのお陰で、この風の森は救われました』


そう言って、風の女神様は微笑んだ。


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