第8話 風の森
最高位精霊。
今目の前の狼は自分のことを最高位精霊と言わなかったか?いや、他にも有り得ない自己紹介をされた気がするが……。
(え、さっきの説明を聞く限り、最高位精霊ってあんまりいない、希少な精霊だよね?)
「え、お、狼さん……」
「シルバだ。お主の名も教えろ」
「あ、ハイ。桐谷聖歌です」
「……キリタ……長い上に言い難いな?」
「あ、聖歌で良いです」
「ふむ。ではセイカと呼ばせて貰おう」
「あ、ハイ、よろしくお願いします……。……ってそうじゃなくて!!」
「むむっ!?な、なんだ!?」
私のツッコミにシルバが大きな身体をビクッを震わせた。
(あ、可愛い……て、そうじゃないでしょ!しっかりしろ、私!)
「あの、さっきの話を聞く限り、上位精霊ってあまりいないんじゃ……」
「いや、そうでもないぞ。属性にもよるが、風において言うなら今代は上位神が1人しかいない反動なのか、私が知るだけでも7匹いる。内5匹は私を含め今代唯一の風の上位神、女神アネモス様の補佐をしている」
(いや、十分少ないと思うけど……)
「す、すいません上位精霊であるとは知らなかったものの、その、なんというか、シルバ……様に随分ご無礼を……」
「気にするな。寧ろ先程までのままでいて欲しい。愛娘にそんな態度を取られては悲しい」
「え、でも……」
対応に困って遠慮し続ける私に、シルバが悲しそうな目を向ける。
(う……っ!)
「頼む。我が許すのだ。先程までのままで接せ。敬称もつけるな」
「では、よろしく……シルバ?」
「うむ。それで良い」
散々悩んだが、もふもふの前には、私は無力だった……。まぁ、シルバが嬉しそうに尻尾を振ってるから、とりあえずは良しとしよう。
「あ、あとそうだ、女神様も気になるのですが、風の森って何ですか?」
「今我々がいる森の名称だ。この世界にはそれぞれの属性の名がついた場所がある。ここの他には……」
「あ、ちょっと待ってください」
私はギターケースの前ポケットのような所からゴソゴソとノートを取り出す。
図書館で調べた時にこの世界の大まかな地図も書き写しておいたのだ。
それをシルバにも見えるようにする。
「えーと、今いるのが、この辺りで、ここが風の森であってますか?」
「うむ。その通りだ。それはお主が描いたのか?とても良く出来ておるな」
「いや〜、それ程でも……あ、どうぞ続けて下さい」
褒められたことに照れながらも、ノートの地図の上に風の森と書いておく。最高位精霊に褒められるとは、頑張って描き写した甲斐がある。
「その地図の丁度中央に幾つか集まっている山の1つが火の山である。その山のどれかに最高神の住まう山があるとも聞いているが、真意は定かではない。北西の地の横にある山脈が土の山だ。そして北東の地と南東の地の間にあるのが水の森だ。光や闇属性の地は特にないな。あとは北西の地の端にある草原に雷属性の神が住んでいると聞いたことがある。氷属性の神は水の森の中にあるどこかの洞窟が住処だった筈だが、我も詳しくは知らぬ」
「ふむふむ、なるほど……、それぞれの場所にその名前の通りの属性の上位神や上位精霊がいるということでいいのでしょうか?」
地図に名前を書き込みながらも、質問を続ける。
「そうだな。基本的に決まっているわけでもないのだが、名前の通りそれぞれの属性にとって住みやすい場所であるのは確かだ。だからその属性の精霊が住んでいる傾向は強い。土地を納めるために上位神と最高位精霊も最低1人ずつは居るはずだ。だが、上位神に会う方法としては直接行く他にもある。北西、北東、南東の地にある国々のいくつかには魔法の神々を祀った神殿もある。そこに出向けば会うこともできるから、わざわざ会いに行くものは少ないな。精霊にしても、南西の地以外には一定数が国や町にもいる。寧ろそれが普通の状態なのだ」
「それは……南西の人の嫌われ具合がよくわかりますね……」
当然といえば当然の報いだとシルバは言う。話をしているうちにこの目の前の狼が存外表情豊かである事に気づいた。不遜な顔で呟く様子が妙に可愛く見えるから困る。
「それで、私にお願いというのは一体……?」
「ああ、それなのだが……、いや、その前に確かめたいのだが、主はこれからどうするのだ?」
「どうするとは?」
質問の意図が解らず、私は首を傾げた。
「先程の話を聞く限り、主は南西の地にはもう戻らんのだろう?いや、行くという場合は我が止めるがな。これから行く場所は決まっているのか?」
「ああ、それでしたら……」
私は地図を見ながら指を指す。城の図書室で調べていた時からなんとなくそこへ行きたいと思っていたのだ。具体的に決まっている訳では無いが、目指す土地は一つだ。
それをみてシルバが呟く。
「北西の地か」
「はい。私、せっかくこの世界に来たのにまだ他種族にも会えていないし、文献で調べただけで外の世界を実際に見たわけでもないんです。だったら色んな種族が集まっている北西に行って、この世界を実際に見てみたい。場所も、丁度この森を抜けた先の様ですし」
「成程。だったら丁度良い。主の願いの為には一度この森の中心にある神木まで来てもらう必要があるのだ。そこでお主にしか出来ないことを頼みたい」
「私にしか出来ないこと、ですか?」
「うむ。まぁ、どうせ主の目的地の途中にあるのだ。向かいながら話すとしよう」
そう言うと、シルバは立ち上がり私に背を向けて上体を屈ませた。所謂伏せの様な状態だ。私は意図が解らず、首を傾げる。動き出さずにいる私に痺れを切らしたのか、シルバが呆れた顔をこちらに向ける。
「我の背に乗れ。送っていくと言ってるのだ」
え。
「え!?いや、でも最高位精霊様の背中に乗るなんて流石に恐れおおいというか、「我が許すと言っているのだ。遠慮などいらん」……ハイ」
私が背に跨ると漸くシルバは満足気な顔で頷いた。
「光栄に思えよ、セイカ。我が背中に人を乗せたのは、お主が初めてだ」
そう言って笑うと、シルバは私を乗せたまま、森の中央へ向かって走り出した。
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